第15話 『降伏』




「しかし、いきなり前衛をられた時にはパニックになったぜ」



 いやいや、殺してないぞ。

 カシバリ郡のゴムル遣いが操っていたゴムルを遠距離から16式機動戦闘車キドセンの52口径105mmライフル砲で砲撃しただけだ。


 現にゴムル遣いに戦死者は1人も出ていない。



「どうせ、教えてくれんのだろうが、どうやったら1撃でゴムルを消失させられるんだ?」



 今、俺たちの前で悪びれた表情も見せずに穀物酒ムギルダサカを豪快に飲んでるオヤジが、カシバリ郡の領主ヘアナンド・ダン・カシバリその人だ。


 御歳おんとし51歳。親父よりも16歳も上だ。

 だが、長身で鍛えられた肉体は、まだまだ現役だと云う事を主張しているかの様だ。


 会った人間のほとんどが、日本で言う『ちょい悪オヤジ』と云う言葉を思い浮かべるであろう風貌をしている。

 まあ、なんだ。幼児なら泣き出しそそうな眼光をしているな。顔の下半分に生えた無精ひげも良い味を出している。


 そのちょい悪オヤジが、捕虜にも係わらずにソファにどっかりと座って、木製のジョッキを口元に運びながら俺を見ている。


 戦闘終了後、ティオ・ダン・ジオ副将が捕虜として連れて来たが、その時に、『おお、同じ顔が4つも並ぶとさすがに壮観だな!』とのたまった事から、その性格はお察しだ。


 大物過ぎて、その場で降伏の神誓をする事は作法上避けざるを得なかった為にターナベル砦まで連れて来たが、捕虜と云う立場なのに最初に要求したのが穀物酒ムギルダサカだった。


 しかも『俺はハツシベ酒造の辛口しか口に合わんぞ』と続けたのだから、性格は以下略だ。

 ちなみに、穀物酒ムギルダサカは小麦に似た穀物のムギルだけを発酵させたアルコール度数10%超えの濃い褐色のビールの様な飲み物だ。

 味は辛口で深いコクが有るらしい。

 似た飲み物にムギルコサカという軽めの穀物酒が有るが、こちらの方が日本で飲んでいたビールに近い色合いだ。

 味はムギルダサカよりもサッパリとしていて、ゴクゴク行くならムギルコサカ一択だ。らしい。

 

 

「そう言えば雷が落ちた音がしていたので、落雷にでも当たったのでしょう。不運だったとしか言えませんね」

「くわー、喰えねえなぁ。本当に成人前か?」

「前後左右、上から見ても下から見てもお分かりの通り、成人前ですよ」

「はん。しかしカズンの奴が羨ましいぜ。領民からも慕わられて、まつりごとにも手腕を発揮して、ゴムル遣いとしても超一流。そんな息子が4人も居るんだ。不公平だと思わんか?」


 そう言った時の表情は呆れていると云う感情が入っていた。そしてそれ以上に羨望が混じっていた。


 ヘアナンド・ダン・カシバリには後を継ぐべき嫡男が居ないからだ。

 一人娘だけだ。


「お前らの内の誰でも良いからウチに婿入りしないか? 親の俺が言うのもなんだが、俺の一人娘は器量良しで、性格も良し、授かった恩恵も嫁にするなら文句無しだぞ?」



 俺が集めた情報でも、ヘアナンド・ダン・カシバリは40歳を超えてから生まれた一人娘を溺愛しているらしい。その一人娘は去年10歳になっていた。

 

「ほう、それは魅力的なお話ですね。それで、その娘さんはどんな恩恵を授かったんですか? 確か去年に恩恵の儀を受けた筈ですが」

「聞いて驚け。『料理技能』だ。結婚すれば毎日旨い飯が食えるぞ」

「家庭的な恩恵で良いですねぇ」

「だろ! だからアディを嫁に出すなんて、絶対に認めん。で、誰が婿入りしてくれるんだ?」



 アダリズ・ヌ・カシバリと云う名前が、今話題となっている一人娘の名前だ。

 調べた限り、箱入り娘の様で目撃情報はさほど出回っていなかった。

 とは言え、恩恵の儀には出席しないといけないので、その時の目撃情報だけは拾えた。


 曰く、小動物的な可愛さだった…


 曰く、背は高くなかった…


 曰く、物静かだった…


 曰く、授かった恩恵を聞いた後で両親の方を振り向いた時の笑顔が天使の様だった…


 うん、目の前のちょい悪オヤジからは、どんな少女かは想像出来ないな。

 確かに彼女の婚約者は決まっていない。

 嫁に出したくないと云う事も有るのだろうが、めとると漏れなくちょい悪オヤジと義理の親子関係になる事も阻害要因になっている気がしないでもない。



「そういう話は、父上と話し合って下さい。自分たちは成人前の半人前ですからね」

「うわ、やっぱり、かわいくねえ」


 

 ノックの音がして、廊下に控えていた先輩ゴムル遣いが声を掛けて来た。


「領主様が御着きです」

「了解しました」


 迎え入れる為に、立ち上がったタイミングで親父が入室して来た。

 一瞬俺たちを見た親父の視線には誇らしげな色が在った。

 それから座ったままのヘアナンド・ダン・カシバリに向けられた。


「ほお、捕虜として捕えたという報告は本当だった様だな」

「おう、お邪魔してるぜ」

 

 ジョッキを顔の高さまで持ち上げて、ちょい悪オヤジがそのまま口に持って行った。

 そのままグイっと飲んだ。


 親父の為の場所を開ける為に、苦笑を浮かべた俺たち4人はソファの後ろ側に移動した。

 


「今も言っていたんだが、お前さんの息子を1人分けてくれんか? 婿入りしてくれるなら、カシバリ郡を差し出すぜ」

「えらく殊勝な申し出だな。態度はともかく」

「なーに、簡単な理由だ。お前さんとこの坊主たちに勝てる奴なんて想像が付かんからな。俺なんかたった2撃で金色の奴にられたんだぜ。思わず呆然として逃げるのも忘れちまったぜ。だから、さっさと負けを認めて軍門に下った方が後から得られる実入りが大きいだろうと云う計算さ。まあ、アディの婿にふさわしいと云うのが1番だな」

「分かった。そちらの提案を飲もう。誰を婿入りさせるかは家族会議で決めるので待ってもらうがな」

「もちろん、それで構わん」



 そう言うと、ヘアナンド・ダン・カシバリはどっこいしょ、と言いながらソファから立ち上がって場所を移動して床に片膝を付いた。


 親父も立ち上がって、その前に立った。


「ヘアナンド・ダン・カシバリは誓いの神・ヅーラの名のもと、カズン・ダン・カシワールに完全降伏をする。以降、もと、裏切らず、忠誠を尽くす事をここに誓う」

「カズン・ダン・カシワールはヘアナンド・ダン・カシバリの誓いを、誓いの神・ヅーラの名の下、確かにうけたまわった」



 近隣地域を驚愕させる事になる、カシワール郡によるカシバリ郡併合はこうして成立した…




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