第14話 『捜索中の金星』



 突撃線からの200㍍は、他のメンバーに合わせて時速20㌔、秒速にして5.5㍍で駆け抜けた。


 一方、警戒中だったゴムル20騎の内、消失6騎、中破2騎、小破2騎と云う壊滅的損害を瞬く間に受けたカシバリ郡の部隊は混乱に陥っていた。 


 しかも、カシバリ郡の部隊がターナベル砦の方に意識を向けていた為に、発見される事なく俺たちは横撃に成功した。

 最初の犠牲者となったゴムルは身体を分断されて初めて俺に気付いたほどだった。


 

 カシバリ郡のゴムルもカシワール郡のゴムル同様に俺のゴムルの胸くらいまでしか無い。

 それとカシバリ郡のゴムルが装備している防具はトーラークスもしくはロリカそっくりだ。


 トーラークスは紀元前8世紀から紀元前3世紀まで使われたギリシャの青銅製の鎧だ。胸部と背部の前後2ピースで身体を包むようにして装備する。外見上の特徴はムキムキの筋肉を模している事だ。マッチョ好きには堪らない一品かもしれないが、個人的には装備したくないな。恥ずかしさの方が先に来そうだ。


 ちなみに当然と言えば当然だが、トーラークスはオーダーメイドで作られた。

 ロリカはそれのローマ版だ。

 ただし、こちらの世界ではどんな金属で作られているかは不明だ。見た感じでは鉄では無さそうだ。

 強いて言うなら10円玉そっくりの色なので青銅かもしれないな。


 

 俺の右側をウードーが追い越して行った。頭に血が昇っているらしく、周りが見えていない。現に彼目掛けて1騎のゴムルが追いすがりながら右斜め後ろから切り掛かろうとしている事にも気付いていない。

 俺は一気に間合いを詰めて、そのゴムルを切り捨てたが、ウードーを見失ってしまった。


 戦場が混戦模様となって来たので見通しが利かないせいも有るが、まっすぐ走って行かなかったのだろう。


『ミラ10級士、ウードー10級士がどっちに行ったか分かるか?』

『あちらの方向です』


 訊けばすぐに答えが返って来た。

 ちなみに何時の方角と云う言い方は俺たち4兄弟の間でしか通用しない。

 時計という物を見て育っていないと、感覚として実感出来ないからだ。

 実物も無しでこちらの世界の人間にそれを強いる事は意味が余り無い。

 それなら最初からミル公差を教えた方が有意義だ。


 まあ、弓矢くらいしか遠距離攻撃の手段が無い現状ではそこまで厳密なものは必要とされないので、実際は普通科の隊員が使っている『前方の小屋から指2本分左、200ヤド(約140㍍)』という指示が多い。

 


 ウードー本人はすぐ横に居るが、戦っている最中はゴムルに全神経を投入しているせいで、下手に本人に訊けない。

 身体の方に意識を戻すと、途端にゴムルのコントロールが悪くなって危険だからだ。


 この辺りは俺たち4兄弟と他のみんなとの違いの1つだ。

 現に長谷川二曹と大橋三曹は話し合いながらゴムルを操っている。

 山中士長の表現を借りると、マルチタスクの能力が根本的に違うそうだ。

 例えば、こちらのゴムル遣いに16式機動戦闘車キドセンの召喚能力が授けられたとしても、戦力としてはかなり制限的なものにしかならないだろうと言っていた。


 操縦だけ、照準だけ、装填だけ、周囲警戒だけ、と云う具合に1つ1つの段階を踏んで操らないといけないだろうと云う事だ。

 それでは遠距離砲台としてなら戦力になるが、総合能力としては格段に落ちる運用しか出来ない。

 やはり俺たちは『チート』なんだろう。


『ありがとう』

『いえ』


 ウードーを探しながら追掛けたが、中々追い付けなかった。


 理由はカシバリ郡のゴムルと遭遇する頻度が高い為だ。

 そりゃあ、金ピカで巨大なゴムルは目立つわな。

 俺のゴムルを討ち取れれば大金星間違い無しだ。

 それに対して、俺は時間を掛けたく無い為に、確実に1撃で倒していく。出しても2撃までだ。


 やっとウードーのゴムルを発見したのは4騎目のゴムルを倒した直後だった。1分は経っていた。

 しかも、彼はカシバリ軍の正規のゴムル2騎を相手にしている。

 その奥には3騎で編成された小隊も見える。



『見つけた。急ぐぞ』

『はい』


 俺の後方で援護に回っているミラに声を掛けた後、ダッシュを掛ける。

 瞬間的な加速は膂力がモノを言うので、どうしてもミラは出遅れるが、彼女なら1人にしてもあまり心配をせずに済む。


 彼女は防御勘に優れているからだ。

 より具体的に言うと距離感が抜群に良い。

 相手の間合いを読むのが上手く、その間合いを出たり入ったりする事で自分のペースに持って行く能力は天才的だ。ボクサーで言うとアウトボクサーと云うところだろう。


 一気に距離を潰して、気付かれる前に手前と奥のゴムル2騎の腹部を1撃で両断する事にした。

 まあ、これまでの手応えから防具の素材が青銅相当と見切っているから可能な荒業だ。

 ついでに言うと、俺たち兄弟が装備している剣が特殊と云う事も関係している。



 実はこの世界では今も青銅製の剣が根強く現役だ。


 理由は簡単だ。地球と違って、銅の埋蔵量が豊富だからだ。地質学は苦手なのでうろ覚えだが、地球の鉄鉱石は1兆㌧が採掘可能なのに対して銅は6億㌧くらいだった筈だ。死ぬ前には確か後数十年で資源が枯渇するという記事を読んだ気がする。


 そして、何故か銅鉱石の純度が高い。50%から60%と云うバカげた含有量を誇る。地球では1%から2%だったから、比較にもならない。そのおかげも有り鉱毒問題も起きていない。


 対して、こちらの世界は鉄の採掘が低調だ。産出量は銅よりも少ない。だから鉄製品は高価になりがちだ。

 しかも銅は鉄よりも低い融点で加工も容易いとなれば、青銅文明が続いていても確かにおかしくない。


 小さな集落でも銅と錫の鉱石さえ手に入れば自分たちで精錬・加工出来るのだから。 


 そして、俺たち兄弟の剣が特殊と云う理由は、一品物の鋼鉄製という点だ。


 『カシワールの金銀4騎にふさわしい剣を』と云う事で、鋼鉄製の全長4㍍にも達する剣を制作すると云う事は最初から決まっていた。

 何度かプロトタイプを試作し、やっと製造方法が固まって造ったのだが、ゴムルに装備させる前に行った試験でおかしな事実が判明した。

 試作で作った時は普通の鋼鉄製だったのだが、本番で造った剣は手入れを怠っても錆びなかったのだ。その特徴から考えると日本でも包丁に使われていたステンレス鋼の様な気がするのだが、実は詳しくは分かっていない。

 なにせ、同じ製法で5本目以降を作っても再現出来ないからだ。


 推測だが、加護が掛かっているのかもしれない。

 


 さすがに2騎同時に叩き切ろうとすると、かなりの抵抗が有った。刃が斜めに進もうとするがそれを強引に捻じ伏せる。

 やっとウードーと合流出来たが、何故か決闘する流れになってしまった。

 カシバリ郡の7等騎士と云う事はそれなりのベテランか、それなりにゴムル遣いを輩出して来た家出身と云う所だろう。 

 実際に手合わせをした感じだと、ベテラン騎士が正解だった。


 周りを見渡すと、戦闘は終わっていた。

 ぱっと見たところ、ほぼ完勝と言って良いだろう。


 

 さて、何人のゴムル遣いと降伏の神誓をしないといけないのだろう?

 ティオ・ダン・ジオ副将に押し付ける算段をどうしようか…





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