第10話 『ゴムルと16式機動戦闘車の違い』



 3年近い士官学校の在籍期間中に何十回となく16式機動戦闘車キドセンとゴムルを召喚して来た。


 当たり前だが、両者はかなり違う。


 視力に当たる解像度は16式機動戦闘車キドセンが劣る。

 その代わりに16式機動戦闘車キドセンは視覚系の加工された情報が多い。

 これは16式機動戦闘車キドセンに搭載されている可視光センサーと赤外線センサーと優秀なFCS《火器管制システム》のおかげだ。両方の光学センサーが共にズームが可能な事もちょっとした違いになっている。


 16式機動戦闘車キドセンで索敵すると、画像から色々な対象をピックアップしてくれる。

 建物や竜車などの人工物、人間、動物、ゴムル、などなどだ。

 その中から、脅威度を基に対象物を色分けして教えてくれる。


 そういえば何度も演習をこなしたおかげか、最初は低レベルの脅威度と判定していたゴムルを最上位の脅威度に認識する様になったが、16式機動戦闘車キドセンのFCSのプログラムが勝手にアップデートされたという事なのだろうか?

 山中士長の仮説では『技の神・セーラ』あたりがバージョンアップしてくれたのでは? という話だ。SE《システムエンジニア》ぽい事をする神様というのもおかしい気もするが、『異世界だから』の一言で終わるのだろう。


 ゴムルでは意識するだけで視界が変わるが(最近では後ろも常に見えている。集中度の違いで通常は前面の方が情報量が多いが、動きが有ればすぐに分かるのは本当に便利だ)、16式機動戦闘車キドセンの場合は車長用サイトを旋回させる必要が有る事も違いだな。


 車長用サイトで思い出したが、もう1つ装備されている砲手用サイトとは別に認識出来るのは助かる。砲手用サイトで照準を合わせながら車長用サイトで周囲の警戒が出来るから死角が減って、本当に助かっている。


 あと、起倒式環境センサーで風向と風圧を感じる事が出来るのも16式機動戦闘車キドセンならではの面白い感覚だ。なんせ、風向風圧の変化に合わせて照準が自動で修正されるのは味わった事の無い感覚だ。ゴムルの感覚では風が吹いている事は辛うじて分かるが、強さなど分からんからな。


 運動性能と言うか、機動力に関しては一長一短だ。

 16式機動戦闘車キドセンは未舗装の街道でもララ竜の全速並みの時速70㌔は叩き出せる。普通のゴムルは全装備状態では時速20㌔が限界で、俺のゴムルでも30㌔なかばだ。だから機動力と云う面では16式機動戦闘車キドセンはゴムルの倍と言えなくもない。


 ただし地形によっては16式機動戦闘車キドセンではお手上げな場面は多いだろう。

 例えば、急角度の登坂能力に関しては、16式機動戦闘車キドセンは装輪の為に能力はお察しだ。

 そういう場面ではゴムルの方が有利だ。なんせゴムルは16式機動戦闘車キドセンよりも圧倒的に軽いし、2足歩行だから環境の対応力が高いからな。


 森や林の中を移動するのもゴムルの方が圧倒的に有利だ。なんせ人型と云う事は縦型と云う事だ。対する16式機動戦闘車キドセンは横型だ。よほど整備されていない限り木に邪魔されて動けなくなる事は簡単に想像出来る。


 防御力に関しては意外とどっこいどっこいの気がする。条件によって優劣が分かれると云うやつだ。


 例えば、弓矢に関しての防御力は16式機動戦闘車キドセンが圧倒している。

 実際に剣戟や矢を受けた後に損傷を調べると、ゴムルの材質は1円玉と同じ純アルミに近い気がする(比重は計測の結果2くらいだったので未知の金属なのは確実だが)。

 他の金属を添加したアルミ合金でさえ鉄に比べてやわいのに、純アルミの場合はもっとやわい。俺の知識では鉄の1/3くらいの強度しかなかったはずだ。


 そんなやわい素材なら、生身の人間でも戦えるのでは? と考えそうなものだが、実際は相手にならない。

 ヨーロッパが生んだ最強の鎧と言えばプレートメイルだろう。誰でも1度は画像を見た事が有るだろう。重量が20㌔を超える全身を覆う甲冑だ。

 そのプレートメイルで使われていた鉄の装甲の厚さは、1㍉から1.6㍉だ。それを純アルミで再現するとすれば、3㍉から5㍉で事足りる。

 プレートメイルでさえ切断出来ない攻撃など、人体に置き換えると深さ1㍉くらいの切り傷を与える事がやっと、と云う事になる。深さ1㍉の傷を負うと人間の場合は出血して体力を失っていくが、ゴムルは出血しない。

 ゴムルの剣戟を掻い潜って、決死の一撃で与える損傷が人間換算でたかだか深さ1㍉の傷・・・

 しかも、その事で動きが悪くなる事も、弱まる事も無ければ、命を懸けて挑む事がむなしくなるのは当然だ。


 話を戻そう。

 ゴムルが操る矢や剣での攻撃に対して無敵と言って良い16式機動戦闘車キドセンだが、ゴムルに乗られたりすると、何とも言えん状態になるかもしれん。

 文字通り、手も足も出なくなる。

 そんな状況になるのも想像し難いが、歩兵の直掩が無い戦車は意外と脆いのは地球の戦史が証明している。油断は出来ないと云う事だ。


 さて、攻撃力に関してだが、比べるのも意味が無いほどに火力が違い過ぎる。

 2㌔先の厚さ40㌢の鉄板をぶち抜ける52口径105mmライフル砲に直撃されてゴムルが無事で済む訳がない(試した事は無いが)。


 むしろ、主砲より12.7mm重機関銃M2の方が使い易いかもしれない。500㍍先の18㍉の鉄板を撃ち抜く威力は、甲冑で覆われていない部分に深刻なダメージを与える事を表している筈だ(これも試した事は無いが)。


 74式車載7.62mm機関銃に関してだが、先の2つよりは使わないと思う。威力的に考えて使えない事は無いが、大きく劣るからな。いざという時のサイドアーム的な考えでいた方が良い気がする。まあ、ロボットが登場する創作物で一番近いのは機動する戦士の頭部バルカン砲と云うところか? よく分からんが。

 それと本来の使用目的の人間相手には使いたく無いのが本音だ。


 対するゴムルの弓矢だが、長さ2メートルで400㌘くらいの重さの矢が基本だ。これを秒速90㍍で射るのだが、運動エネルギーとして考えると、89式5.56ミリ小銃で使う4㌘の銃弾と変わらない。

 まあ、それでもゴムルの素体に当たれば、2㌢は食い込むので素体表面近くを通っている疑似神経の切断が期待出来るし、嫌がらせには最適だ。


 むしろ剣の方が威力が高いので脅威だ。

 センサー系を潰されるとお手上げだしな。

 総合的に考えて、長中距離では16式機動戦闘車キドセンが圧倒していて、近距離になると意外と苦戦するとなる。



 

 16式機動戦闘車キドセンのセンサーが脅威対象を捉えた。


 約800㍍先の街道のカーブから人影が出て来たのだ。

 4人の人間が後ろを気にしながらこちらに向かって歩いて来ている。

 家族だろう。男女の大人が小さな子供2人の手を引いている。

 いや、1人と1匹を追加だ。女性の背中に小さな反応が有る。家族らしき5人の足元をペットと思われる小さな反応が駆け回っている。



「前方800㍍に避難民発見。逃げて来ている最中だろう。後ろを気にしているが、反応は無し。保護する。ザラ草小隊が先行して前方警戒。ジグラ草小隊が接触して避難民を保護。ゾロ草小隊及び第3中隊はこの場で展開して待機。ゴムルは未だ出すなよ」


 素早く命令を出す。

 ジグラ草小隊とザラ草小隊を先行させる理由は簡単だ。

 無線機モドキを装備しているからだ。

 いざとなった時に連絡が取れるメリットは大きい。


 俺の命令に従って、それぞれが行動を開始した。

 その間もじっと街道とその周辺を監視していた。

 家族が後ろを気にしていた理由が問題だ。

 単に気が急いていたのなら良いのだが、もし追いかけられていたとしたら判断が難しくなる。

 戦力はどの程度なのか?

 カシバリ郡のゴムル遣いなのか、傭兵団のゴムル遣いなのか? もしかすれば、生身の奴隷兵という線も有り得る。

 倒すのか、倒さないのか?


 

 念の為に街道から離れて先行して行ったジグラ草小隊が家族まであと少しで接触するというタイミングで通信が入った。


『zi…ザラ草、敵と思われるゴムル4騎を確認。街道上接近中、距離500、時速10㌔。okure zi…』

「ザラ草、装備の詳細を送れ」

『zi…ザラ草、防具は鎖帷子のみ。長剣、槍を装備、okure  zi…』 

「ザラ草、了解。50ごとに報告を入れろ、送れ」

『zii…ザラ草、了解」



 通信が終わる頃に、ジグラ草小隊が家族と接触した。


『za…ジグラ草、避難民と接触、護送します、okure za…』

「ジグラ草、了解」



 

 さあて、ここからどうするのかが問題だ。

 防具が鎖帷子と云う事は、敵は傭兵団の残余戦力だろう。

 相手が傭兵団の4騎なら、ザラ草小隊の実力なら奇襲で全て倒す事は容易たやすい。


 ただし、ゴムル遣いが逃げてしまう。当然だが、増援部隊が来ている事がばれてしまうだろう。



 ならば、こちらの情報を可能な限り秘匿した状態で敵のゴムルを全滅させる。

 決まりだな・・・


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