第9話 『士位3級に準ず』




 カシワール郡の中心地の領主館玄関前広場を出発した俺たちは、街道に沿って南東に向かった。


 今ララ竜で走っている辺りは大規模な耕作地として整備されている。



 元々フソウフルム王朝で結構上の身分だったカシワール家は、ヤマタイト川の北側に今よりも広くて栄えていた領土を持っており、今と違ってそちらが本拠地であった。

 ヤマタイト川の南側の領土は、さほど開発が進んでおらず、未開の地、という扱いだった。


 だが、フソウフルム王朝崩壊の際のどさくさに紛れて西方で隣接するヤオル郡に、その領土を奪われてしまった。

 当時のカシワール一族は、持てるだけの宝物と共に南の地に逃れた。

 一緒にこの土地に逃げ込んで来た難民と化した領民と共に、数年間は苦労したそうだ。


 その苦難の時に、カシワール家の家宝を売り払って資金を調達して、荒れ地を一番最初に開墾したのがこの辺りだ。

 数年後、南に在るハチフス山に神恵鉱石の鉱脈が発見されたのだが、その頃にはカシワール家の宝物庫は空っぽだったそうだ。


 それ故に、カシワール郡の領民はカシワール家に対する忠誠と鉱山に対する思い入れが強い。

 今も『ハチフス山鉱山は、領民を見捨てなかったカシワール家に神が恵んだ鉱山』と云う認識が一般的だ。

 その現れの一端が、カシワール郡独特の『神恵鉱石』という呼び名だと知った時は、転生者と云う出自にも係らず俺たちも胸が熱くなったものだ。 

 


 さて、俺たちの目的地だが、カシバリ郡の侵攻を食い止める金床かなとこであるターナベル砦だ。

 カシワール郡の南部を東から西に流れる中程度の水量のハラル川沿いに侵攻して来るカシバリ郡のゴムルを食い止める為に造られた砦だ。

 ここを抜かれると、柔らかな腹を食い破られてしまう。それ故に、かなりの防備を誇る砦だ。


 今回、カシバリ郡は部隊を2つに分けて攻撃をして来た。

 その軍事作戦の目標の1つがターナベル砦だ。


 もう1つが、ターナベル砦を支援する為の、700㍍南東に在る標高150㍍の山の頂上を切り開いて造ったサカキョー山城だ。

 この城を攻略する事はかなり難しいだろう。


 ただでさえ山城というのは攻略が難しい。

 矢が重力の助力を得るので打ち降ろしの方が威力が落ちない事。逆に打上げの矢は威力が落ちる事。

 急な斜面を登る労苦。

 それによる速度の低下。

 斜面から転がり落とすだけで脅威の威力を発揮する石や丸太を使った攻撃。

 ちょっとした投石でさえ十分に威力を発揮する。


 今回のカシバリ郡の攻略部隊は、ゴムルだけでなく、生身の人間も投入していた。

 防具も無しで、山城に迫ったのは奴隷兵だった。

 彼らの役割はただ一つ。少しでも近付いて、火を噴き出す魔道具を山城に放り投げるだけだ。

 もし首尾よく火の手が上がれば、いくら魔道具で水を生み出せるとしても消火作業で人手を奪われてしまう。

 それはそのまま守備に回せる兵力を奪うと云う事だ。


 1つも山城には届かなかったが、陽動としては成功した。

 そちらに守備部隊の注意を引き付けている間に、北側から回り込んだゴムル部隊50騎がターナベル砦との連絡道に到達したのだ。 


 サカキョー山城を襲った敵ゴムル部隊を背後から討つ為に出撃したティオ・ダン・ジオ副将率いるターナベル砦の駐留部隊20騎に襲い掛かったのが傭兵団とカシバリ郡合同のゴムル部隊50騎だった。

 混戦になったが、その際に発生した損害が味方4騎、敵傭兵団7騎という数字だった。

 ティオ・ダン・ジオ副将が率いてなければ、もっと酷い損害を受けていただろう。



「この辺りで1度キドセンを召喚しよう。あそこに向かうぞ」


 ターナベル砦まであと2㌔まで来た段階で周囲の状況を確認する事にした。

 砦と山城の方角からは特に煙が上がっていないので、未だに健在だろう。

 だが、1戦をして損害を受けたとはいえ、カシバリ軍が斥候を放っている可能性も有る。

 傭兵団が勝手に兵を進める可能性も捨てきれない。

 この辺りには村が無いとはいえ、民家は数軒存在するのだ。乱取りを目的として勝手な行動をしかねないのが傭兵団と云う存在だった。


 街道から逸れて、3㍍ほどの高さの丘の麓まで19人が進む。

 そう、19人だ。


 かなり異例の措置だが、現在俺が率いている中隊は2つだ。

 同級生の8人に、休暇で前線を離れていた正規の1個中隊10人だ。

 普通に考えれば、この指揮系統はおかしい。

 未だ学生の身で10級士でしか無い俺が、正規の先輩ゴムル遣いを指揮する事は有り得ない。


 だが、出陣で慌ただしい中、わざわざ士官学校の校長室で説明を受けたが、有事の際の規定で『士位しのくらい』を持つ『士位1級』と『士位2級』間の子供は、『士位3級』に準じる扱いをされるらしい。さすが身分制が有る世界としか言えんな。


 思わず、日本で読んだ小説の、宇宙の英雄の伝説に書かれていた話を思い出した。

 その話では出来の悪い貴族たちが軍の指揮系統をズタボロにしてしまうのだ。当然、ズタボロに負ける。


 で、更におかしいのは、そんな首を傾げざる得ない指揮系統なのに、先輩ゴムル遣いが嬉々として俺の指揮を受け入れている事だ。

 きっと、これまでの模擬戦闘でコテンパンにされ続けたせいだろう。

 脳筋、恐るべし、と言わざるを得ない。

 


◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆

と或る29歳男性の独白


 マジ、ラッキーだぜ。

 偶々休暇のローテでターナベル砦から街に戻って来た翌日にカシバリの奴らが攻めて来た。

 それだけなら、むしろ戦いに出遅れた、と云う悔しい思いをするだけなんだが、今回は『カシワールの金銀4騎』の初陣に同行出来ると云う超幸運を引き当てた。


 俺たちの中隊は模擬訓練で連戦連敗を更新中だが、若様たちが率いる中隊が異常に強いから仕方ない。

 と云うより、どの中隊も勝った試しが無いのだから、カシワール領軍で最強の中隊と言える。


 いや、マジ、ヤベえ。 

 まず、こちらの弓が全然届かない長距離から、平気で弓矢を当てて来る時点でヤバい。

 あの新型の弓も、若様たちが考案したらしい。採用前の試験も済んだらしいから、来期の予算で俺たちにも回って来るらしい。あれを使えるだけでも戦力がグンと上がること間違いない。


 で、だ。

 遠距離戦が得意だから接近戦が苦手かと言うと、若様4人は、剣での戦いでも化け物の様に強い。

 俺のゴムルよりも長い剣を軽々と振り回すし、最初は基本しか習ってなかった剣技もあっという間に熟練者の域に達するし、嫉妬する気も失せる。


 むしろ今では、若様たちの中隊と模擬戦するのが楽しみの1つになっている。

 前回よりは1トク(約1秒)でも長く食い下がるのが、今の目標だ。

 


「この辺りで1度キドセンを召喚しよう。あそこに向かうぞ」


 ワオ! ラッキーはさらに続く。

 1度、領主様がうっかりと漏らしてしまった、若様たち4人しか召喚出来ないゴムルを観れるみたいだ。

 なんでも、たった1騎相手に例えカシワール全軍が束になっても勝てない、という噂だ。


 召喚で現れたゴムルは、俺の予想をあざ笑うかのような姿をしていた。


 ナニ、コレ?


 噂に聞く別大陸の地竜? 違うか。

 まず、デカい!

 俺のゴムルを乗せられる位にデカい。

 台車部分に、竜車にも付いている車輪が左右で16個も有るけど、初めて見る様な形と材質だった。

 その台車部分の上に、長い角(つの)が生えた平たい箱が有るけど、意味が分からない。

 敵ゴムルを突き刺す事が出来ない様に見える。


 ウオ! いきなり動き出して、丘の中腹まで動いて行った。

 オオ、角が付いた箱が回った!?


 いや、ほんと、マジ、ラッキーだぜ。







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