第8話 『学徒出陣』
こちらで掴んでいる限り、カシバリ郡のゴムル遣いは120人を上回る。
教育中が15人+α。現役が少なくとも90人。退役したけれど未だ現役でゴムルを操れる者も15人を超えていると見られている。
対するカシワール郡は成人前が20人(士官学校生+部隊研修生)、現役50人、退役して民間で働いている者20人で合計90人。
ゴムル遣いの数だけを比較すると3:4だが、正面戦力を比較すると5:9となる。
正面戦力比に差が付くのは、カシバリ郡が15歳の成人前から正規戦力に組み込む事と、退役年齢を引き上げる事で数を増やしているからだ。
今回の侵攻がこれまでと違う点として、見慣れない甲冑を装備したゴムルを10騎以上確認している事だった。
考えられる要因として、新たな装備を採用したか、外から雇ったか、だろう。
ただし、統一性が無いらしいので、傭兵団を雇った線が濃厚だった。
「それで、本当の戦況はどうなんですか?」
俺が質問した相手は、50歳代の士官学校の校長だった。
現在、2人きりでソファに座って、テーブル越しに向かい合っている。
場所は6畳ほどの校長室だ。
まあ、士官学校と言っても、実際は新たに恩恵を受けたゴムル遣い3学年と、警察活動が主任務の領軍所属の領兵3学年を合わせた例年は15人程度の生徒と4人の先生が在籍する小さな学校だ(俺たち9人が在学中は+6人だが)。
その為、名前の割にはアットホームな雰囲気が特長だ。
「第1派は退けましたが、かなり危なかったそうです。現在は睨み合いで動きが止まっています」
現在の校長は長年カシワール家に仕えてくれているカタ家の当主だった。フソウフルム王朝が崩壊した影響でカシワール家が大きく領地を喪っても以前と変わらず仕えて来た旧家だ。
そういう歴史が有るので伝統的に忠誠心が篤い。そういう事情も有り、非公式な場ではこちらを立ててくれる。
まあ、彼はゴムル召喚の恩恵を得れなかったので、名誉職の士官学校の校長と云う役職に甘んじている。
しかも次期当主になる筈だった長男を9歳の時に亡くした上に、その後も男児が生まれなかった。
8年前に生まれた長女が居るが、もしゴムル召喚の恩恵を授からなければ、俺たち兄弟の4男の山中士長を婿入りさせる動きが水面下で進んでいた。
「緒戦でカシバリ側のゴムルを7騎消失させましたが、こちらも4騎失いました」
消失とは、戦闘などの結果、召喚を維持出来ないほどの損傷を受けた際に発生する現象だ。
リンクが切れて、20日間は召喚出来なくなる。
最低でもカシバリ郡側には93騎のゴムルが残存して、こちらは46騎しか残されていない。戦力比が半分以下になってしまった事は大きな痛手だった。
「なるほど、自分たちを呼ぶのも当然ですね」
俺とカタ校長が話している間も、3人の部下たちとルイルイはサラーシャ母さんと一緒に出征の準備を進めてくれている。
あと10分もしない内に、領主館玄関前の広場の準備が整うだろう。
◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆
と或る13歳の女の子の独白
「ミラ、怪我には気を付けるのですよ。周りの人の言う事をよく聞いて、立派にお勤めを果たすのですよ」
お母さんがわたしを抱き締めながら、涙声で言ってくれた。
今、短い時間だけど、出陣前に家族に会わせてもらっていた。
ヴァーレット様がディアーク様と校長に掛け合ってくれたって先生から聞いていた。
名前の由来通りに深い焦げ茶色の髪を持つ弟のケルビーが、「お姉ちゃん・・・」と言いながら左側から抱きついて来た。
お母さんの身長を超えたのはいつだったのだろう?
昔からわたしの後を追いかけて来たケルビーだったけど、最近はしっかりして来たと思っていたんだけどなぁ。
お父さんは、そんなわたしたちを半歩離れた位置から見詰めていた。
うん、お父さんは昔からこんな感じだ。
口下手で、子供たちとの会話は少なかった。
でも、顔を見れば分かる。
言葉にしないだけで、本当は子供たちを愛しているんだ。
だって、今も心配のあまり、表情が歪んでいるんだもん。
「うん、わたし、頑張る。ディアーク様ご兄弟は本当に頼りになるのよ。それにルイーサ様はわたしにも優しいの。だから、心配しなくても大丈夫」
あの『恩恵の儀』で、『恩恵の神・サーラ様』からゴムル召喚の恩恵を授かった時は本当に嫌だった。
だって、お父さんやお母さんを楽にして上げられる畑仕事の恩恵が1番欲しかったし、もし無理なら将来に役立つ商売関係の恩恵が良かったのだ。
結果は、よりにも依ってゴムル召喚の恩恵だった。
戦争に行かないといけないし…
成人したら家族と一緒に暮らせなくなるなんて、誰も望んでいなかったのに…
結婚も簡単に出来なくなるって、友達のアデラちゃんから聞いていたし…
でも、無事にゴムルを召喚した後、ディアーク様の姿を見た時に、昔言ってくれた言葉を思い出してから気が変わった。
『偉いか偉くないかなんて、生まれで決まらない。ましてや家名で決まらない。その人が何を成し遂げたかで決まるんだよ。だから、ミラがお嫁さんになりたいというのは、それはそれで誇れることだよ。ミラならきっと良いお嫁さんになるだろうからね』
あの時にディアーク様から言われた言葉は、昔も今もわたしの心の拠り所だ。
生まれではなく、その人自身が自分の価値を決めるなんて、考えた事も無かった。
頑張れば頑張っただけ、わたしのような農民の子でも評価してくれるという意味だもん。
きっと、戦争は大変だろうけど、一杯、一杯頑張ろう。
わたしが自分の手で、お父さんやお母さん、ケルビーを守ってあげるんだ…
◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◆
領主館玄関前の広場は恩恵の披露をした時以上の人出で、熱狂の度合いも違っていた。
あの3年前の恩恵の披露の時に居なかった領民も、今日は大勢来ている。
理由は、俺たち兄弟だ。
いや、はっきりと言おう。
俺だ。
正確には、俺が召喚するゴムルだ。
あの時に黄金色に輝く俺のゴムルを見た領民が、見れなかった人々に話を広めたのだ。
次代の領主様が召喚するゴムルは、偉丈夫で美しく、そして神々しく輝いていた、と・・・
更に教会が輪を掛けていた。
危惧した通り、あの恩恵の儀の一件は奇跡に認定されてしまった。
名称が『カシワール郡に於ける黄金の恩恵の奇跡』だったか?
これまで最低限の披露に留めていたが、それでも教会を通して、郡外にも話は広がっていた。
まあ、おかげでカシワール郡の知名度が上がる効果も有って、魔道具の販売が更に伸びたおかげで軍備にかなりの予算を回せる様になったけどな。
出征前にこの広場でゴムル召喚を行う事は伝統行事だった。
日本でなら、そんな事をする時間が有ったらすぐに出発しろよ、と云う突っ込みが入るだろう。
だが、こちらの世界では国威発揚や領民の戦意を盛り上げる為にも必要な行事だった。
山中士長のゴムル召喚の披露が今終わった。
残るは俺だけだ。
召喚の為の円陣に歩いて行く。
もう、それだけで異常な程の歓声が上がった。
ゴムル召喚時の光の円柱が立ち上がった。
歓声が一気にしぼむ。固唾を飲んで見守る為だ。
円柱が消えて、3年前の初召喚時とは少し変わった俺のゴムルが姿を現した。
普通は変化しない筈の身長が伸びて(俺自身の成長に合わせている事は計測の結果分かっている)、今では4㍍を超えている。
黄金に輝く、
違うのは、追加された装備だ。
本当は隠しておきたかったのだが、弓はコンパウンドボウモドキを装備している。
上半身裸の筋肉ムキムキの
超々ジュラルミンや炭素繊維素材などは当然無いので、こちらの素材で可能な限り再現したのだが、それでも矢の初速は秒速90㍍を超える。
剣は全長が4㍍にもなる両手剣だ。これをいざとなれば片手でも扱えるのはさすがに俺たち兄弟だけだろう。
他のゴムルでは通常装備する槍は、両手剣である程度は代用が効く事と、弓矢の携行数を増やす為に装備化を見送った。
出来上がったのは、遠距離戦に滅法強く、近距離戦でも強いゴムルだ。
色?
追加装備した矢の
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