第7話 『技術革新』




「クゥゥ」


 鳴き声がしたので、ゴムルの視界に向けていた意識を減らして肉眼の視界に意識を向けた。


 騎乗しているララ竜が俺の顔を覗き込む様に首を曲げて心配そうに見ていた。


 ララ竜は、昔の恐竜の竜脚類と鹿を合わせた様な、如何にも草食動物という可愛らしい顔が特長の2足歩行の騎獣だ。身体つきだけを見れば肉食恐竜なんだが、顔つきが可愛いせいで一目見た瞬間に草食動物と分かってしまう。身体も鹿そっくりな短い毛で覆われている。

 オスメス共に立派な角が生えている。

 ただし、地球の鹿と違ってユニコーンの様な1本角だ。オスの方が長い角なので、外見で雌雄が分かる。


 体高は馬とさほど変わらない1.7㍍位だが、体長は長く、4㍍以上は有る。体長が長い理由は2足歩行の為に前後でバランスを取る必要が有って尻尾が長いからだ。


 走る速度もサラブレット並みに時速70㌔は出せるが、実際に騎乗する際は50キロが限界と言われている。鞍とあぶみを装着して、手綱を使っても、揺れ過ぎて騎乗者が落ちてしまうからだ。


 ちなみに、ゴムル遣いには必ず1頭以上のララ竜が割り当てられている。

 理由は維持費が掛かるララ竜よりも、ゴムル遣いの方が遥かに貴重だからだ。

 最悪、召喚したゴムルを倒されても、20日もしたら修復が終わって再度召喚が可能となる。


 だが、ゴムル遣いが死ねば、永遠に失われてしまう。

 ゴムル遣いの身の安全に最大限の留意が払われるのは当然だった。


 

「どうした?」


 声を掛けると、何となく安心した様な表情を浮かべて、前を向いた。

 俺が騎乗しているララ竜は甘えっ子で、偶にこうして気を引こうとする。

 いヤツめ。

 ちなみにオスだ。



『zaa…ジグラ草、位置につきました、okure zi…』

「了解、ジグラ草、そのまま待機。以上」

『zizii…ザラ草、位置についた、オクレ zii…』

「ザラ草、了解。各小隊、10トク(約10秒後)後に行動開始。以上」

『za…ジグラ草、了解 zi…』

『zizii…ザラ草、了解 zii…』

 

 右耳に嵌めた木製のイヤホンから指揮下の小隊からの報告が入ったので、命令を下す。

 やはり、ノイズは消し切れないな。

 まあ、それでも、2㌔離れてもこれだけ聞こえれば十分か…


 

 現在、俺たち9人は士官学校卒業前の野外訓練の最中だった。


 ジグラ草小隊は、小隊長にルイルイことルイーサ・ナ・ジオ10級士、山中士長ことアンウォルフ・ダ・カシワール10級士、ワルデン10級士の3人。

 ザラ草小隊は、小隊長に長谷川二曹ことヴァーレット・ダ・カシワール10級士、大橋三曹ことアダルフォ・ダ・カシワール10級士、ヴィドス10級士の3人。

 そして俺が率いるゾロ草小隊は、ミラ10級士、ウードー10級士の3人。


 これは、カシワール領軍の通常の編成とはかなり異なった編成になっている。


 通常ならば、士官学校を卒業すると、各自が各部隊に配属されて2年間の実習が有る。

 だが、俺たちはそのまま新規の部隊を立ち上げる事が決められていた。

 色々な理由が有るが、1番大きいのは俺たちが特殊過ぎると云う事だった。


 まず、9人と云う、領軍のゴムル遣いの1/5に近い人数が士官学校の同期生と云う点。


 次に、俺たち兄弟が主導して開発して来た、電波では無い謎の要素を使った無線機を戦術に組み込む試験を実施している最中と云う点。


 また、その戦術自体もこれまでのゴムル運用とは異なっているという点。


 戦力と云う面でも、全力を出せばこの9人だけで領軍を上回ってしまうと云う点。

 これは俺たち同期生以外では親父とティオ・ダン・ジオ副将しか知らない。


 他にも、将来の領軍編成変更を睨んだ措置という点も有る。


 それにしても、慣れ親しんだ74式戦車の時代は4両で1個小隊だったが、16式機動戦闘車キドセンに乗り換えた途端に3両編成に変わった時は腰が据わらない気分だったが、こっちでも3騎編成になるとはな。なんとなく運命染みたものを感じる。


 元々カシワール領軍のゴムル遣いの編成は、10人で1つの部隊になっている。

 まあ、近代的な組織編成では無く、1人の前線指揮官が直接率いる事が出来る最大値が基となっている様だ。部隊内を左右5騎づつに分けて小隊単位にしている部隊も有るが、その編成は正規では無くて慣例的なものだ。

 それを一変させるのが、8年掛かって開発した無線機だ。


 こっちの世界で身近ながらも謎に包まれた存在と言えばカシワール領内では『神恵鉱石』と呼ばれる鉱石種だ。

 原石を初めて見た時には、思わず笑ってしまった。カシワール郡の鉱山で採掘されたそれぞれの原石の中に、青、赤、白、緑、黒という色をした直系1㍉くらいの丸いビーズが意外と多く埋まっていたのだ。


 それぞれの色のビーズを集めて溶かして、ある程度の大きさにした後に、決まった加工をすれば水が出てきたり、火が出たり、光ったり、風が吹いたりと云う怪奇現象が起こる。


 思わず、手品かよ! と突っ込んだが、山中士長だけは魔石だ!と喜んでいた。


 ちなみに、加工の仕方を発見したのは人間では無い。

 『技の神・セーラ』から恩恵を授かった神話時代の人物が、教えられた通りに水鉱石を加工した事が始まりだった。


 その後、長い年月を掛けて、『技の神・セーラ』から様々な技術が授けられて来た。

 大橋義也三曹は作為的な意思を感じると言っていたが、俺も同じ意見だ。

 幼い頃に神恵鉱石の話を聞いた時から、人類が自分では新しい技術を開発出来ない様にする為に、こんな回りくどい事をしている気がしてならなかった。


 5歳の頃から勉強や視察の合間に、『技の神・セーラ』から未だに用途が授けられていない神恵鉱石の黒ビーズを研究し始めたが、特性を掴むまでに3年掛かった。

 取り敢えず、『同期』という特性は突き止めた。

 例えば、1つの塊にしたインゴットを2つに分けて、片方を加熱するともう片方も熱くなるのだ。

 特性の発見の発端は、山中士長がインゴットを切り分けた時に勢い余って欠片かけらを火の中に飛ばしてしまった失敗だった。

 飛んで行った欠片を探している最中に、残ったインゴットが熱くなっている事に気付いた時の空気は今も覚えている。


 まさしく、ポカーン…だ。


 4人で議論をした結果、無線機もしくはラジオを作る事に決まったが、そこからがまた苦労の連続だった。

 『同期』の作用を及ぼす距離は、インゴットの大きさに比例する事は早期に分かったが、効率の良い伝達方法を構築するのが大変だった。

 最終的に、マイクとスピーカーと増幅回路を研究段階まで引き上げるのに2年、それを実用段階にするのに3年間の期間が必要だった。

 最後の3年間は士官学校に通いながらだったので、実戦的な実験がやり放題だったのは良かったんだが、そもそも技術に詳しい人間が居ればこんなに時間が掛からなかったかもしれない。


 

「各小隊、目標、侵攻してきた赤部隊10騎、弓3斉射後に突撃!」

『zaa…ジグラ草、了解! zi…』

『zizii…ザラ草、了解 zii…』


 野外訓練に協力してくれている部隊の名誉の為に言っておくと、俺たち兄弟4人のゴムル戦闘能力は異常だ。


 ゴムルの膂力はほぼ2倍…

 運動神経と反射速度に優れ…

 視界もクリアで広い…

 装備も実戦投入が可能な段階まで来ている新型の弓や高価な剣を使っている…

 敢えて言うならば、戦車の1世代分の差が有る気がするくらいだ。

 74式戦車で90式戦車に挑む様なものだ。

 更に10式戦車の様にネットワークを取り込もうとしているのだから、相手をさせられる部隊は堪ったものではない。


 まあ、格上相手に模擬戦が出来ると、全部隊が喜んで立候補して来るのは脳筋のせいだろうが・・・



 

 訓練を終えて、シャワーを浴びいていると、士官学校の全生徒に非常呼集が掛かった。


 集められた講堂で聞かされたのは、カシバリ郡による、これまでにない規模の侵攻が始まったというものだった。

 

 12歳や13歳で初陣って、戦国時代並みなんだが、こちらでは割と普通の事だった。


 そう、俺たちにも出陣の命令が下ったのだ・・・


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