第3話 『前代未聞の恩恵』



 『恩恵の儀』は俺たちの誕生日の翌日に行われる事が決まっていた。


 別に俺たちが領主の子供という理由ではない。

 たまたま、俺たちが生まれた日が、『恩恵の儀』を行う日の前日だったからだ。


 今年、『恩恵の儀』に臨む子供たちは、俺たちが推し進めた衛生環境の改善の成果も有って、近年では最多となる138人だ。

 例年は100人前後らしい。言い換えると、同じくらいの数の子供たちが死んでいたという事だ。

 この差は大きい。この数字を10年間続けると、現在の総人口の1割を超える380人の人口が更に増える訳だからだ。


 国力は人口の力も大きいので、無視出来ない数字だった。


 また、子供の死亡率が下がった事を実感した領民から、領内の視察をする際に感謝をされる事が多くなって来ていた。

 


「ディアーク・ダ・カシワール、ヴァーレット・ダ・カシワール、アダルフォ・ダ・カシワール、アンウォルフ・ダ・カシワールの4人は前に出なさい」 


 今年70歳になる老神官が俺たちの名を呼んだ。


 ちなみに、俺達が恩恵を授かる最後の子供だ。

 134人の子供たちの儀式はつつがなく済んでいた。

 カシワール郡の子供が授かる恩恵の構成は、技術的な補正が入るものが多い。やはり神恵鉱石を使用する『魔道具』の製造が盛んだからだろうか?


 次に、どちらかというと文系の恩恵よりも身体強化系の恩恵が結構多い。

 領民に脳筋が多い様に感じていたのは、この辺りが原因かもしれない。

 まあ、その影響は多少は俺たちの評価に繋がっている。

 どうしても声が大きい者の方が偉くなり易いのは地球もこっちも同じだ。

 だから脳筋が好んでしまう根性論的な考え方を、俺たちが父親を通してだが軌道修正して来た。

 その上で、俺たちが慎重に選定して伝えて来た現代日本の知識や技術が、領民の健康や暮らし向きや生産業で成果を出した事で、それまで日陰に追いやられていた職人層が意見を言う様になった。


 その様な背景も有り、根性論を排した俺たちの評価が上がった訳だ。



 これまでに、ゴムル召喚の恩恵を授かった子供達は5人だった。

 例年は3人というところだから、今年は当たり年と言える。


 問題は、これまでの確率から俺たち4人ともにゴムル召喚能力を授かれない可能性が極めて高い事だった。

 おかげで神殿内が微妙な雰囲気に包まれている。


 領主の血筋の価値の1つとして、必ず子供の誰かにゴムル召喚能力が授かるというものがあった。領主の息子が4人も居て、全員がゴムル召喚能力を授かれないなんて事は想定外だったからだ。


 山中士長はあからさまに落胆の表情を浮かべていた。

 長谷川二曹と大橋三曹は、事前に覚悟していたせいも有り、特に表情は変えていない。

 俺は俺で、違う事を考えていた。 


 3つ下の異母妹のミーシャにプレッシャーを押し付けてしまうのは心苦しいな・・・

 あの子にはそんな重荷を背負わせたく無かったんだが・・・



 俺たちは神殿の一番奥に飾られている『恩恵の神・サーラ』像の前に敷かれている赤い絨毯に両膝をついて両手を胸の前で組んだ。通常の祈りの際には項垂れるのだが、『恩恵の儀』の時だけは、頭はやや上向きにする。

 理由は『恩恵の神・サーラ』に感謝を捧げる顔を拝見してもらう為だそうだ。


 老神官が子供たちの代理で『恩恵の神・サーラ』から神託を聞くのだが、お告げの内容はほぼ定型化されている様だった。

 まず、恩恵の種別を告げられ、次いで息災で過ごす様にという言葉が続く。

 1人当たり、10秒も掛からない。


 膝をついて1秒後に、何かが俺たちの周りを漂う気配がした。

 ここまで濃厚に気配を感じたのは初めてだ。


 どの種別の恩恵が授かったかを述べる為に俺たちの後ろで祈りを捧げていた老神官が思わず声を上げた。


 その声は明らかに狼狽うろたえていた。



「初めて聞くお告げで、しかも言葉の意味も分かりませんが、サーラ様のおっしゃられたままを伝えます・・・」


 この段階で10秒はとっくに過ぎていた。


 2秒ほどの時間を置いて告げられた言葉は、きっと忘れられないだろう。



『いほうじんのよにんよ、わらわのあたえうるさいじょうのかごをさずけ、ごむるしょうかんとひとろくしききどうせんとうしゃしょうかんのおんけいもさずける。そのちからでへいわなよをつくることをきたいする』



 10年ぶりに聞く、俺たち4人以外が発する日本語だったからだ。


 老神官の喉から出たと思えない高音の声だった。

 正直な印象を言えば、30台後半の落ち着いた女性を連想させるきれいな声だった。


 後ろの方から、どよめきが上がった。

 神聖な儀式故に、儀式の最中は私語が禁じられているし、実際に私語はそれまで上がっていなかった。

 その禁を破る衝撃を与えたのは、老神官の喉から出るなんて有り得ない声と、初めて聴く日本語だったからだろう。


 この2つが組み合わさって、『恩恵の神・サーラが、直接神の言葉で恩恵を授けた』と受け取られたのだ。



 元の席に戻る俺たちを見る視線はかなりの熱を持っていた。


 そりゃあ、前代未聞の事態を引き起こしたのだ。

 早く結果というか内容を知りたいに決まっている。


 もっとも、山中士長の顔を見て、お告げの中身は何であれ、望外の恩恵を授かったという事は分かっている筈だ。

 なんせ彼の顔はイケメン少年らしからぬほどに、緩みっぷりだからだ。

 厳粛な儀式の最中でなければ、3人の元上官から頭を叩かれていたのは確実だ。



 異常な雰囲気のまま、儀式は終了した。

 この後は、ゴムル召喚能力を授かった子供たちが、初めての召喚を披露する段取りになっている。


 披露する場は、領主館玄関前の広場だ。

 中学校のグランドほどの広さが有り、領軍が出征する際にはそこから出発する。


 移動の途中、周りに誰も居なくなったタイミングでサラーシャ母さんが俺に話し掛けて来た。


「お母さんには良く分からなかったけど、どういう事なの? ウォルの顔を見たら、きっと良い結果というのは分かるのだけど・・・」

「一応、かなり良い恩恵を授かったとだけ言っておくね。まあ、詳しくは披露した後で説明するよ」

「そう・・・」

「お前たちには、サーラ様の言葉が分かったんだな?」

「分かったというか、なんとなく言葉の意味が頭の中に響いた感じだよ。それよりも、今回の件の政治的な影響をどう見積もるか?が難しいな。すぐに近隣には広がるだろうし」

「箝口令を引いても、広がるのは止められんだろう。教会もこの件を利用する為に奇跡認定を下すだろうしな」

「その辺も、後で話し合った方が良いだろうね」



 俺たちは領主一族用に設けられたステージに置かれた椅子に一旦着座した。


 ここで、親父の側室、クローネ母さんと異母妹のミーシャが合流する。

 2人とも、立場的な問題で恩恵の儀に出席出来なかった為だ。

 3年後にはミーシャが恩恵の儀に出るが、その際は俺たちも儀式に参列する。

 この辺りは、日本人には分かり難い身分制故ってところだろう。



 ミーシャに向けて、山中士長がサムズアップをしたので、長谷川二曹が後頭部をはたいていた。

 それでも、ニヤけた顔が締まらないので、よほど嬉しかったのだろう。



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