第2話 『恩恵の儀』



「井上一曹、いよいよですね」


 日本人離れした金髪碧眼の西洋人ぽい顔に生まれ変わった部下の山中次郎士長が、期待に満ちた顔で言葉を掛けて来た。


「ああ。どんな恩恵が授かるのか、怖い様な、楽しみの様な気分だな」


 俺は敢えて、軽い声を心掛けながら答えた。


「せめて、人並みの恩恵が貰えたら良いんですが・・・」


 山中次郎士長と同じ彫の深い顔をした長谷川辰雄二曹が、子供らしからぬ大人びた心配顔で言った。


「自分はゴーレムが希望なんですが、ダメでもこれまで通りに内政に力を入れますよ」


 大橋義也三曹が先の2人と同じ顔で発言した。


 俺も3人と同じ顔をしている。本人達には区別が付くのだが、周りの反応を見る限り、余り区別が付いていない様だ。

 それと、自分で言うのもなんだが、4人とも10歳になったばかりと言うのにイケメンと言える。

 それも、成長すればハリウッドスターも夢では無いレベルでだ。



「これまで通りなら誰か1人くらいはゴムル召喚能力を授かる筈だが、こればっかりはやってみないと分からんからな。なんせ、俺たち4人は特殊だからな。ゴムル召喚能力を授からないどころか、下手すれば恩恵無し、という結果も有り得るぞ」

「その場合、4人とも放り出されるんでしょうか?」

「いや、さすがにそれは無いと思う。俺たちの親達はかなり愛情が深いからな」

「長谷川二曹、大丈夫ですよ。転生者には特典が有る筈です」

「いや、それは創作物の中の話だろ? 現実は別だと思っていた方が良い。まあ跡取りに対する期待に応えられれば十分なんだが」

「それがプレッシャーにもなってるんですけどね」

「まあ、なるようになるさ。いざ恩恵無しとなっても、その場合は内政に集中しよう」

「そうですね」

「確かにそれしかなさそうですね」


 

 山中士長曰く、現在俺たちが陥っている状況は、『異世界転生』というものらしい。

 彼は俺達3人と違って、オタクと呼ばれる人種だ。

 まあ、日本に居る頃は隠していた様だったが、片言で話せる様になった途端にオタク趣味で得ていた知識を喋ること、喋ること。

 俺達3人は、乳児に似合わない生暖かい笑顔と苦笑を浮かべて聞いていた。


 ただ、山中士長も、何故転生したのか? という肝心の部分は分からないそうだ。

 普通はトラックに轢かれるらしい。まあ、俺たちの最後の記憶から考えると、トラックに轢かれても、無事だったと思う。

 何故なら、最後の記憶は俺たちの大隊に配備されたばかりの16式機動戦闘車キドセンの慣熟訓練の最中だったからだ。

 重量26㌧の防弾鋼板の塊の16式機動戦闘車キドセンにぶつかれば、むしろトラックの方が無事に済まないだろう。


 明らかにされた山中士長の奇行は他にもあった。

 きっと魔力が有る筈だからと、生まれてからずっと時間さえあれば魔力を感じる為に瞑想していたとか、魔法の名前を暗唱していたとか、鑑定という存在しない能力に目覚めようとしたり、挙句の果てには、能力の数値を見れる筈だと毎日悪戦苦闘したりと、無駄な努力を重ねていたらしい。

 転生した俺たちなら『俺強えー』がやり放題だから絶対に天下を獲れる筈だ、と言い出した時にはさすが呆れたが。

 傍から見れば、さぞかし不気味な光景だっただろう。

 1歳にもならない乳児が身振り手振りを交えて、舌もろくに回っていないのに熱心に喋るんだからな。

 しかも、こっちの世界の言葉ではない日本語でだ。

 もしその光景を目撃されれば、悪魔憑きと思われてもおかしくなかっただろう。



 もっとも、彼の期待と違って、こちらの世界は『剣と魔法の世界』では無かった。

 『魔道具とゴーレムの世界』だった。

 彼が居る筈だと信じていた、転生モノに付き物の魔獣、魔物、魔人、魔王、勇者、エルフ、ドワーフ、獣人は存在しない。

 ゴブリンという魔物はもちろん、スライムさえも居ないと分かった時には、落ち込んで絶望の表情を浮かべた程だ(スライムくらいは俺でも知っていた)。

 その代わりと言ってはなんだが、使役獣として地竜と飛竜が繁殖されている事を知った時には万歳をしていた。もっとも、竜と言っても人間1人が騎乗出来る程度の大きさだったのだが。

 ただ、気になる情報も有った。詳しい内容は不明だが、お隣の大陸には大型の地竜と飛竜が存在していて、それが軍事利用されているらしい。

 少なくとも行商人が知っているくらいなのだから、頭に留めておくことは必要だろう。



 異世界ファンタジー定番の魔物は居ないが、代わりに日本ではゴーレムと呼ばれる存在、『ゴムル』が身近に存在した。

 ゴムルは生活の至る所で活躍していた。

 地球では牛や馬を使って畑を耕していたが、こっちではゴムルに巨大なすきくわを使わせて耕す事も多い。

 


 こちらの世界では、5歳で数多あまた居る神の1人から加護を得るが(この様な部分はファンタジー風異世界と言う感じだ)、それでも10歳まで生き残る事自体が日本と違って難事業だ。

 ほぼ半数の子供が10歳を迎えることなく死亡した。

 衛生環境に関する知識や、薬学や医学が発達していないせいだ。

 だから10歳まで生き残れれば、それを祝福する意味も有るのか、一生使える恩恵が与えられる。

 与える存在は『恩恵の神・サーラ』だ。

 俺たちは実際に逢った事は無いが、実は身近に感じられる存在だ。

 神々を祀る神殿に行くと、霊感が無い俺でも神々しい幾つもの気配を感じる。それはこちらの世界の住人も同じ様だ。

 その気配の1つが『恩恵の神・サーラ』で、毎年決められた日に満10歳を超えた子供たちが集められて、家族の期待を一身に背負った儀式が行われる。


 そこで得られる恩恵には様々なものが有るが、その頂点がゴムル召喚の能力だ。

 人間以上の身体能力を持つ、3㍍を超えるゴムルを召喚出来る能力だが、例年、3%ほどの子供がこの能力を得る。

 ぱっと見たところ、人間そっくりのシルエットを持つ、アルミニウム合金の様な素材で出来たゴーレムだ。

 顔の部分には鼻、耳、口、目が有るのだが、彫刻の像の様に形だけ造形されているかの様だ。ちなみに本人の顔にそっくりだ。

 当然だが、人間の手で振るった剣では簡単に倒せない。身長が3㍍で、人間並みに動ける金属製ロボットに剣や槍で勝てる気がしないな。

 しかも金属製の防具や剣や槍、果ては弓まで装備する事から、ゴムルに勝てるのはゴムルだけ、というのが常識になっている。

 その為、軍事力=ゴムルの数という図式が出来上がっている。

 その事が軍事行動の中心にゴムルを据えると云う文明を生んだ。

 ゴムル召喚能力を持たない兵も多く存在するが、その任務は警察の様な治安活動が中心となっている。


 当然だが、ゴムル召喚の能力を授かった者は強制的に軍に入る事になる。身分や給与の面で言えばエリートの一員と言える。教育も士官学校に無料で入れてくれる。

 退役後にゴムルを使って農場や鉱山などで小銭も稼げるのだから老後も安泰だ。

 なんせ、寝たきりになっても、全盛期ほどの動きは無理でも遠隔操作で作業が出来るのは大きい。

 ただし、例外はいつでもどこでも何にでも有る。

 通常よりも大きなサイズのゴムルを召喚可能になる人間も存在する。現在のところ、体高が4㍍強というのが俺たちの領での最高記録だそうだ。


 




 その人間の一生を半分以上決める『恩恵の儀』が行われる日、それが今日だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る