第4話 『恩恵披露』
ゴーレムと言うと、泥や石や金属で出来ていて、鈍重そうなイメージが有る。
あくまでも俺が子供の頃にしたゲームの影響だが。
今考えると、あんな適当なデザインの関節では、可動域が稼げなくて変な歩き方や動き方をする気がするな。どうでも良い事だが。
ちなみに、こっちの世界でのゴーレム、現地語で言うゴムルは違う。人間そっくりのシルエットだ。
だから、人間の肉体並みに動いてもおかしくないし、実際に動いているところを見ても、大きな人間という印象だ(無機質な金属的な質感を無視すればだが)。
まあ、自分で操るという段階でゴーレムでは無く、アニメのロボットの様な気もしないでもない。
「これより、本年の恩恵の儀で授けられたゴムルの披露を行う」
学ランと陸上自衛隊の第1種夏服を混ぜた様なデザインの上下を着た、鍛えられた身体をした中年男性が開会を宣言した。
領軍の実質上のトップのティオ・ダン・ジオ副将だ。
自らもゴムル遣いで、俺たちのカシワール郡に数で勝るゴムル遣いを誇るカシバリ郡との紛争を支えている実力者だ。
彼がこの披露の場を仕切る理由は、この儀式自体が領軍への入隊を表すからだ。
まあ、入隊と言っても、15歳の成人までは親許で生活が出来る。
身分が『士』になって、3年制の士官学校に通うのだ。その後、2年間の部隊研修を経て、15歳の成人の儀(5年後の今日だ)で正式に領軍に編入される。
編入後は親元を離れ、兵舎暮らしだ。
先ほど、『士』の身分と言ったが、カシワール領は『士農工商』の身分制だ。
江戸時代か! と言いたくなるが、これでもまだマシな方だ。
例えば、カシバリ郡には更に『奴』という身分が有る。
そう、奴隷制度が有るのだ。聞こえて来る彼らへの扱いは碌なものではない。
「ミラ、前へ」
「…は、はい」
トップバッターはごく普通の女の子だった。
緊張の為か、遅れた上に、か細い声で返事が有った。
領内の視察を長年して来たおかげで、同い年の子供は全員を知っているが、彼女は農民の子だ。その証拠に名前しか呼ばれていないし、服装も丈夫さ重視のモノだ。
ミラは引っ込み思案な子で、本当を言えば農業系の恩恵か商業系の恩恵を欲しがっていた。将来の夢はお嫁さん、と言っていたな。
まさにオズオズという感じで、披露の為に開けられた場所に向かう態度に怯えの色が見えた。
何度も同じ場所に目をやっているが、そこには家族3人が心配そうな表情で立っていた。
まあ、10歳と云う、日本でなら小学4年生くらいの子供にとって、こんな衆人環視の場は気後れして当然だろう。
「召喚の仕方は分かるかな?」
「は、はい」
「では、そこに描かれている円の場所で召喚をしなさい」
「は、はい」
なんとなく、ティオ・ダン・ジオ副将の雰囲気が優しくなった。
まあ、あれだけビクビクしていたら、流石に厳しく当たるのは可哀そうと思うだろう。
ミラは覚悟を決めたのか、白線で描かれた円内で祈り始めた。
初めて召喚する際は、『恩恵の神・サーラ』に感謝を捧げた後で召喚をする決まりだった。
直径2㍍ほどの円が地面に現れて、白く輝きだした。
輝く円柱が出現し、5秒ほどすると輝きが薄れて行った。
そして、現れたのは直立不動の姿勢で立つ、身長3㍍強のスレンダーな女性型ゴムルだった。
ジーンズの様な素材で編まれた白いワンピースの上に、映画で見た大昔のローマ兵が着ていた様な甲冑を身に纏っていた。頭は何も被っていない。靴は革の様な素材で出来たブーツだ。
俺と違って海外の武具防具に詳しい大橋義也三曹から教えて貰ったが、鎧はロリカ・セグメンタタという甲冑と類似点が多いらしい。
ロリカ・セグメンタタは、軽くて収納性と柔軟性と衝撃吸収性が高く、斬撃と刺突に強いと云うかなり優秀な甲冑だったそうだ。
その代わり、手入れが大変で余程の工業力と資金が無ければ維持出来ず、短期間で鎖帷子式の鎧に取って代わられたそうだ。
ただ、こっちの世界ではその欠点は解消されている。
なんせ、最初から装備されているという事は、神様謹製という意味を表す。
痛んだとしても自然と修繕されていくのだから、メンテナンスフリーと言える。
「オリジナルのロリカ・セグメンタタは胸が圧迫される欠点が有るのですが、やはり女性用もこうやって見る限り、胸甲が工夫されていて問題無さそうですね」
大橋三曹がポツリと零した。
その言葉に周囲が一瞬だけ彼を見るが、言葉を返す者は居なかった。
初めてゴムルを召喚したミラはポカンとした表情で顔の辺りを見上げていた。
「ミラよ、次はゴムルを操るのだが、やり方は分かるか?」
「は、はい。先ほど教えて貰いました。やってみます」
ティオ・ダン・ジオ副将が頷くと同時に、ミラが再び祈る姿勢に戻った。
ただし、今度は両膝をついた姿勢だ。こうしないと不慣れな間は本人の身体が倒れてしまうからだ。
それまで直利不動の姿勢で立っていたゴムルが、ピクンと身体を揺らすと、周囲を見渡した。
固唾を飲んで見守っていた群衆からオオという声が上がった。
ゴムルが自分の動きを確かめる様に手を握ったり、上げたりを繰り返す。
「ミラ、歩いてみよ」
「ハ、ハイ!」
返事はゴムルから響いた。
召喚中は本人からでもゴムルからでも言葉を出せるが、初めての召喚だったのでゴムル側に全神経を集中しているのだろう。
慎重に半歩だけ右足を出した。バランスは崩れなかった。左足を1歩分前に出した。問題ない。
次に5歩分歩いて、立ち止まる。問題ない。後ろ向きに歩いて元の位置に戻ったが、これも問題なし。
「ふむ、問題無さそうだな。ミラよ、召喚を解いてみよ」
「ハイ!」
最初の頃の怯えた様子が影をひそめ、自信らしきものを感じさせる返事だった。
光の柱が立って、消えた頃にはゴムルも姿を消していた。
「ご苦労であった。元の位置に戻れ」
「はい!」
最初の位置に戻る態度に、最初の頃の怯えは見えなかった。
初めてのゴムル召喚を無難に
訓練は厳しいし、命の危険も有るが、今後の彼女には、名誉とそれなりの報酬が約束されるのだ。
「ルイーサ・ナ・ジオ、前へ」
「はい!」
次に名前を呼ばれたのは、ミラよりも身長の高い女の子だった。
きびきびとした動作で歩く姿勢は、ちょっとした軍人ぽさを醸し出している。
それもその筈だ。
彼女はティオ・ダン・ジオ副将の長女だ。
ゴムル召喚の恩恵が授かるかどうかも分からない中で、小さい頃から厳しく育て上げられて来たのだ。
今、彼女の中は誇りと喜びに満ちているだろう。
彼女はそつなく披露を熟した。
その後、3人の男の子もゴムル召喚を披露をした後、ついに俺たちの番になった。
「ディアーク・ダ・カシワール、前へ」
「はい」
最初に呼ばれたのは俺だった。
ここで注意すべきは、俺が領主の息子といえども、ティオ・ダン・ジオ副将の方が偉いと云う事だ。
勿論、ティオ・ダン・ジオ副将よりも主将の親父の方が偉いのだが、親父と俺は別人だ。
ここを穿き違えると、碌でもない領主が将来、誕生する。
俺もこれまでの5人と同じ様に『恩恵の神・サーラ』に感謝の祈りを捧げた。
神殿では無いにも関わらず、女神様(サーラ)の気配が感じられた。あまつさえ悪戯(いたずら)っぽさを感じられる微かな笑い声が聞こえた気がする。
光の円柱が消えた後、そこにはこれまでとは違う姿のゴムルが居た。
これまでと違う個所は幾つも有った。
まず、全長は4㍍近い。全長と言ったのは、これまでの5人と違って兜を被っているからだ。身長としては3㍍60㌢から70㌢くらいか? 俺の倍くらいの身長だ。
詳しくないので自信は無いが、兜は装飾の無い実用性重視の
そして甲冑は
いや、本来4枚の腰部を守る為の
写真でしか見た事の無い国宝の「赤絲威鎧 大袖付」ぽいのだが、素材が違うせいで正体不明だ。
両手には
鎧下もデニム地ぽいが、どう見ても昔の服装に準拠している。
要するに、『ジャパニーズ鎧兜フルセット』って感じだ。
しかも、異常さに拍車を掛けているのが、全てが金色に染められているという点だ。
ここまでする必要性があるのか?
だが、こうも金色一色だと、むしろ成金趣味を通り越して、仏像を見て拝みたくなってしまう気持ちに似た感情が湧くのはどうしてだ?
みんなの反応を窺うと、全員があっけにとられていた。
そりゃあ、ここまでぶっ飛んだゴムルは無かったに違いない。
ああ、間違いない。
俺が溜息をつくと、さっきよりもはっきりと『恩恵の神・サーラ』らしき笑い声が聞こえた。
ああ、満足げな笑い声だったとも・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます