第43話 もし拒むなら―――友達にもならないから





 やがて澄美怜すみれも高校2年生となった。


 深優人みゆとも高3、蘭は中2になった。車椅子の澄美怜すみれに甲斐甲斐しく世話をしてくれる兄と妹。


 こうした生活にも慣れて幸せな日が続いた。



 しかし日々の微妙な変化から不随の拡大は気のせいではないと気付いてしまった。


 ……以前より早い拡大……このぺ―スだと妹としても居られなくなる。ガッカリさせたくない。


 強ばる表情。少し動かし辛いと感じた部位はみるみると数日の内にほぼ動かすのが困難に。


 ……どこまで動かなくなってしまうのかな。先日医師にも相談したけど『分からない』ばかり……

 そもそも原因が不明なんだから当然か。でももし更に悪化するなら、その時はどうやってこの関係を整理すれば……


 ダメ、そんな考え!

 それでもポジティブに!



 幸せな妹像が何か―――。それを模索し出した澄美怜すみれ。妹である事を疑っていなかった頃の自分になりきれたら……と思い付いた。


 とは言え全快したのは感情だけ。記憶の断片化から戻らない澄美怜にとって妹生活は初体験に近かった。

 今は妹を装った他人。―――恋人風味の義妹の方がまだ実情に近く思えていた。それ故に、


 ……少しでも幸せな妹になりきるために、なるべくリアルに以前の行動に近づけたいな。

 日記にあるのはどちらかと言えば心の葛藤についてが殆どだった……。


 そうだ! 蘭ちゃんに聞けばいいか。



  *



「ねえ、蘭ちゃん、以前の私ってどうしてた? 日記に無い日常関連で何でも手がかりが欲しいの。ありのままの普段の姿を教えてくれないかな?」


「うん、お姉ちゃんの事ならなんでも知ってるから任せて。でもそもそも日記以外って言われても日記には何があるのかな……ちょっと見せてね」


 日記に手を伸ばすと余りに鬼気迫る勢いで

『それはダメっっっっ!』

『ギャッ』


 飛び跳ねてビクつく蘭が、『は、はいっ、ゴメンナサイ――!!」と怯える。


「あ、あはは~、イヤ、これはまたの機会にでも……ね」


「マジ怖かったぁ……なら、お姉ちゃんの良い所とかいっぱい言えるよ」


「それは別にいいの。出来ればお兄ちゃん関連って事で」


 顎に手をやる蘭。斜め上をキョロリ。普段のありのままの姿でいいなら、と語り出す。


「んー例えばー、後ろに回り込んでスンスンしてフェロモンをゲット! とかはほぼ毎日やってたしー、筋トレ後のマッサージとか言ってやたらボディタッチでイチャついて……

 そう! 消えたデ―タを前に送ったもので補う、って言い訳しながらパスワード解いてお兄ちゃんPC使ってたし」


「そ……そうなの?!……それダメでしょ!」


「それに片付いてるのに部屋掃除とか言って潜入して、そのままベッドでお昼寝をよくしてた。必ずうつ伏せで。あとお兄ちゃんの食器下げなから使ったカップに口つけたりー」


「キモ! どこの重い女……あなたのお姉さんってヘンタイだね」


「……。あとねー、成績優秀なのにやたら勉強教わりに行くとか、手相を見るとか言ってよく手をとって、ある事ない事占ってー、お揃いのマクラカバーを買ってきてある日入れ替…」


「ちょっと待ったーっ! それどこのストーカー?」


「はい、お姉ちゃんです」


「あなた、なかなかの危険人物だわ」


「いえ、それもお姉ちゃんかと」


「いや、知りすぎているという点でよ。まあ夜道に気をつけることね」


「そ、そんなー!」



[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093088666752618



 これでもまだ口にできる範囲だなんて恐ろしくて言えないヨー。え?! 何でそんなに詳しいのかって? ここだけの話し、兄ストーキングで萌えてる姉をストーキングして萌えてました。テへ。

 この姉にしてこの妹ありなのです。スミマセン、ヘンタイ姉妹なもので。



 こうした蘭の協力と努力も相まってか、深優人みゆとは少し嬉しそうに、


「なんか最近の澄美怜すみれって記憶が戻ったのかと思っちゃうよ」


 そうして以前の兄妹関係に近付けたかの様に見えた。



 ……あの人との兄妹関係、きっとこんな風だったんだろうな……


 恋の暴走が始まる前のような、穏やかで平和な時が過ぎて行く。





―――それから数日経って……


 ポトリ……


 落とす筈の無いカップを手から滑らせた。神妙な顔でグーパーする手を睨む。脂汗と共に鼓動が高鳴る。


 妹になりきる努力を余所に、皮肉にも不随拡大のペースに加速を感じた。



 ……もしこれが確定路線ならこのままではマズイ。私が人形の様になれば見捨てる事を知らないお兄ちゃんは一生を棒に振る事になりかねない。

 念のために生涯のパートナーを蹴ったつもりでいたけど………この選択でも……正しくなかった……?



 今、澄美怜の一番恐れている事、それは不随範囲が全身に及ぶこと。最初は下半身よりも多少拡大する位に思っていたが、この数日、より広範囲に一時的な動きにくさを感じた。


 これまでの推移ではそうした範囲はいずれ不随となってゆく。もしこのぺースなら自分はあとひと月持つのだろうか、と不安になる。もし全身に……と調べるほどに怖くなる。




――だがその着実な進行具合から、澄美怜すみれは次第に観念するようになっていった。




 ……あの時、私はきっとこの人をどうしても守りたかったんだ。命を賭して。その上で今私が生き残っていられるのは、神様が一瞬でもその成果を―――お兄ちゃんの無事な姿を見せてくれようと……。


 そしてきっと褒美としてこの幸せを叶えさせてくれた…… そう考えなければ、この不随の進行の早さはむごすぎる。だから良い方に考えるんだ……。


 ……でもどんなにそう思いたくても……私にこの先が無いならお兄ちゃんを苦しませる未来しか見えない。

 もしそうなれば人生のパートナ―を蹴るという最大の嘘をついてまでこの道を選んだ意味がない! そんな末来なんて悲し過ぎる……


 瞳にこみ上がるものをこらえた。余りに深い絆を思い出せてしまった分、必死に―――。


 ……どうせ嘘なら徹底的につき通して本当の事にする以外ない。私はもう一人でも大丈夫なんだと。

 あの日私は更なる犠牲を強いるために命をかけた訳じゃないはず!!



  *



 意を決した澄美怜すみれは部屋へと深優人みゆとを呼び出した。


「お兄さん、話しがある……」


 逡巡しながらも切り出す為に自分に言い聞かせる澄美怜すみれ


 ……ゴメンね、今からあなたを苦しめることに成るけど、頑張って乗り越えようね。私だって辛いんだよ。でもね、こうするしか無いの……。



「妹に戻してもらってまだそんなに経っていないのだけど、ちょっと思う所があって……私……妹、やめたいんです」


「じゃあ……付き合うって事に? 恋人になれるんだね!」


 毅然と首を横にふる澄美怜。


「もし恋人だと言うなら私の事、どう思ってますか?」


「勿論―――愛してる」


「愛してる……やっぱりそう……日記の通りなんですね。 私、凄く読み込んだんです。嘗ての澄美怜すみれに戻る為に……。そして過去の私はもっと大切にしていた事がある。恋人として……好きだと言って欲しがってた」


「いや、だって君の事が何より大事で、だから守り続ける約束をして……。その上、命をかけて俺を救ってくれた……だから、恋愛感情以上にキミの命を優先して…」


「そんなの理屈です。日記の中の澄美怜すみれだって……『あの日の約束』で貴方を愛することに決めてた。だからこそ生きることを選んだ。

 でも、恋人である事を望んでからは、そんな理屈、どうだって良いから『好きだ』という気持ちを大切にした。それが単なる感情?」


「でも恋愛感情は壊れやすいのも確かだと思う」


「好きだったら愛せない訳じゃない! 愛してたって好きでいられる! だから愛してるなんて言わなくたって勝手にそれが行動に出るんです。命を張った澄美怜すみれのように……」


「……」


「それより恋人として好きだと言うことに理屈なんて無いんです! あなたしか居ない。ただその思いのために、妹なのにと言う後ろめたさにどれだけ甘んじようとも貴方だけを見ていた」


「……いや、俺だって本当は……」


「でも、それを口にする覚悟までは無かった。確かに好き、嫌いという紙一重の感情とか、一時的な想いより深い愛の方が相手を思いやる気持ちとしては上回ることも多いかも知れない。

 でも、その時々で本当に必要なものを与えるのが真の愛なら、澄美怜すみれのように好きだと伝える努力こそが愛になる事だって有るんです!」


「伝える努力……」


「その紙一重の感情を壊さず貫き通すことも愛なんじゃないんですか?! それを口に出来ない覚悟しか無かった……それだけのこと」


「俺が間違ってた?……言ってあげれば良かった?……」


「相手が真に望んでるなら。自分の中の正義なんて……望まれてなければ何の意味もない。そんなこだわりはあなたのためにあると……そう見えていたかも知れない」


「俺は自分が可愛くてそうしてたと?……そんなつもりは……」


 ……けど、そうなのか?……

 もし一時の感情に身を置こうとも……互いに退け合うようなぶつかり合いや避け会う事が有ろうとも、それでも愛する覚悟が有ったなら言ってやれたのかも知れない……。

 そしたらあの子はきっとあんなにも思い詰めなくて済んだ……。もっと幸せな気持ちで居られた……。そしたら症状も酷くならなかった……。そして、日頃から思い詰めてなければ事件の時も俺の為に飛び込まずに済んだのかも……。

 くっ……結局、俺が前世のトラウマの殻を破れずに勝手に澄美怜すみれのためだと理屈をねてただけだったのか……?


「俺がその一言を言えなかったばっかりに……」


「……でもそれは無理強いして得るものじゃないから……だからもういいです……それが出来なかったあなたには……澄美怜すみれの心までは……守れなかったんです」


 淡々と言われた分だけ心臓を抉られる思いの深優人みゆと


「……それは……」


 もう言い返せる余地は無かった。


「そしてやっぱり、これも無理だった……妹も」

「え……? 何?……どうして?」


「日記を読む内に思ったの。本気で気持ちもぶつけてくれないような人に距離を感じて……所詮血の繋がりもないし……血縁を疑ってなかった頃の妹、という設定をそうでない自分が演じるのはやっぱり違和感があるの……。せめて記憶が戻っていれば違うんだと思うけど……結局この設定を演じてるだけって事にどうしても気持ちがついていかなくて」


「……」


「だから、『友達』でならいいよ……会う頻度も減らしてもらって」


「そんな……それじゃ何かあったら……」


「あの件なら大丈夫。……お母さんと相談して抗不安薬もまた試す事にしたから」


「でも子供の頃に試して、あまり良くなくて結局俺が……あれはきっと良くない…」





「今は違うかも知れないじゃないっっっ! 」





 余りの剣幕に目を丸くする深優人みゆと


「……すみ……れ?」


「あ、ああゴ、ゴメン……、つい、これからもっと頑張らなくちゃって気合いが入り過ぎちゃって……ハハ……」


「……何かおかしいぞ。本当は別に言いたい事が……」


 マズイ! 鋭いこの人にツッコまれたら……





「もしっ!……もし拒むなら―――

 ……友達にもならないからっ!」





 沈黙する二人。迂闊に出来ず慎重になる深優人みゆとは、


 ……そんな一方的過ぎる。……けど、今は条件を飲まなければ……本気で全て関係を絶たれるだろう……


 かつて誓いに背くなら死ぬから――と脅迫された事を思い出す深優人みゆと。 こんな時の澄美怜すみれは絶対に引かない事を知っていた。


 ……こんな状況だから浮き沈みは仕方ないか。ここは根気よく行かないと、それこそ修復不可能に……



 悩んだ挙げ句、深優人みゆとはその条件を受け入れた。今は首の皮一枚、友人として関係を繋いだのだった。





 

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