第42話* 私を世界一幸せな妹にして下さい 妹のままでいさせて③


 



 深優人みゆとからの恋人としての申し出を見送らせた澄美怜すみれ。 同情でそうなって貰う事に抵抗を覚えた。


 だが今後も頼らねばやって行けそうにない。歩むべき道を求めて堂々巡りする。



 それ以来、澄美怜すみれは少しずつ深優人みゆとを試し出した。髪も整えずバサバサ、服も可愛くしない。気に入られる事を一切しない。


 そんな自分を見て、幻滅して欲しいと思った。


 今は与えられるだけの存在。そんな自分に価値などある筈もなく、それが寂しくて空しくて堪らなかった。ましてや深優人みゆとには相互に与え合える運命の人が傍に居るにもかかわらず。


 そうした空虚さがこの事態を生んでいた。


 それでも変わらぬ兄の態度に益々胸が苦しくなる。そんなある時。



―――うっ、今日はお腹の調子が悪いんだった……もっと早くトイレに来なきゃだったのに……こんなに汚してしまった……早くお母さんを……


 いや、こうなったら兄さんを呼ぼう。もう、恥も何も無い。だって……お腹の感覚も無い私を選べばこんな事だって有る。

 今の私は、こんなにも臭くて汚いんだよ!! こんなのもう日記の中の様な澄美怜じゃない!


 ……現実を、思い知ってよっ !!



 だが始末に呼ばれた深優人は顔色一つ変えず即、腕まくり。お腹、痛くない? 大丈夫? 何か要るものある? とねぎらいながらテキパキと片付けて掃除する。


 滲み出る深優人みゆとの変わる事のない優しさ。誠実さ。


 ……どうしてそこまで……


 それどころか、それまでは絶対に遠ざけられていた件を頼ってもらえた事に喜んでいる様にも見えた。その笑顔。このいたわり。



 ……これが……この人の……愛?……



 そうした日々が続いた。そして何も変わらなかった。その揺るぎなさは遥か以前から存在し、覚悟しているものだった。


 ブレる筈など最初からあり得なかったのだ。


 それらはそもそも日記では当たり前に綴ってあった。こうした所、信頼、そして優しさ。


 部屋に戻った澄美怜すみれは、思い出せなくても感じる何かを再びシャツを手にして深く嗅ぎ取ろうとした。


 ……んっ!


 一瞬あのフレーバーティーを飲む兄の幻影とその香り。そして、


『やっぱりこの人が好きだ…… いや、ずっと好きだった?……』


 その刹那、ブワーッと頭の中が真っ白に。天地の感覚が消え、グルグルッと強烈な目眩が。


『あああ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――っっっっ!!』


 思わず喘ぐと、記憶の彼方、網膜に焼き付いた映像と共に幾つかの鮮明な記憶が脳内で弾けた。



 それは魂に刻んだ忘れるはずの無いメモリー

 それらの記憶が蘇った。





―――全身に刻まれたもの


 あの晩、極度の不安から救って貰おうと彼の元へ。失ったら消えたくなる程に好きだったんだと理解した。その時、初めて息が止まるほどきつく抱きしめられ、喜びと共にやり返した。

 そして二人、力一杯きつく抱擁をした。薄暗い闇の中にも関わらず温かく、これ以上ない幸福感をもたらした。

 それを生涯の記憶に、そして生きた証とする為に、抱きしめ合ったその感覚を体に刻みつけようとした事。




―――脳裏に刻まれたもの


 あの闇落ちした日、兄を遠ざけ傷つけた。自分の愚かさに気付かされ、それを償うために妹のままである事を志願した。代わりに想いの強さを比べ合った事。

 その時、この人の為なら死んでもいい、いや、生きてもいい、と心底思った事。そして二度と遠ざけないと誓った事、世界一幸せな妹になろうとした事も。





―――唇に刻まれたもの


 実妹でないと知りリベンジの告白。この人を解放してあげたい、と全力で告白して消えようとした。でも他人なんかじゃないと本気で叱ってくれた事。

 そして兄の本心を知ってしまった事で逆に消える事が出来なくなって、悲しいものになる覚悟でその愛を涙ながらに唇に記憶した……限りなく恋人に近い義妹として。



―――それらが蘇ったのだ!



 ううっ……全部……全部約束の事だ……小学三年生から、いや、それ以前から、全てを差し置いて私の為に自分を犠牲にしてくれてた……私が命をかけた理由……守りたかった私の光……


 いつの間にかその瞳から涙が溢れ、言葉が勝手に頭の中で再生された。




 私は……こんなにも……

 兄さん、私はあなたをっ!

 もう絶対にあなたからっ !!……



 だがギリギリの所でその想いを踏み留まらせた。


 ……だったらこの付き合いで皆が、そしてあの人が本当の幸せに近づくためには……



―――何かの勘が働いた。



そしてとどめた想いは涙になって頬から口へと伝う。それはかつての抑圧され続けた時に流した塩辛いものと同じ味がした。



  *



 次に会ったタイミングで兄に切り出した。


「兄さん、私、ひとつの結論が出ました。やっぱり…………」



  『妹のままでいさせて』



「……どうして……」


「恋愛だけがずっと付き合ってくための要素じゃないって言ってくれた事、覚えてる? それで思った。その通りだって。今の私はこんな状態になって、別に普通の恋をしたいんじゃないって分かった。だからお願いがあるの……」


 そう、思い出せたあの日……想いの強さ比べをした時に望んだ自分の姿に……


「……その代わり、私を世界一幸せな妹にして下さい」


「世界一幸せな妹……」


「その方がよっぽど兄さんからの気持を素直に受け取れると思った。それに、これだって付き合っていくって事にもなるし」


「……それが本心なら……」


「そうだよ。……日記の頃の様に……『妹の私』を愛してくれますか?」


「……それが望みなら、もちろん」


「百合愛さんとも別れないでいてもらえる?」


「この形で行くなら……別れる理由は……」


「良かった。じゃ、さっそくリクエスト。この妹と今度、遊園地デート、してくれる?」


「え……、ああ、任せて」


 澄美怜すみれが人生最大のパートナーというポジションを蹴ってまで得ようとしたもの……それは周りの皆を犠牲にしない幸せだった。


 妹は安堵の表情で胸の内で唱えていた。



―――どうかこの選択が正しいものでありますように……。



 **



 新たな妹としてのスタート、それもちょっとだけ恋人風味の妹としての。我慢してた服とかも一緒に選んだりして、まだ行けてなかった遊園地へ。


 そこは何て事も無い夢の国を模した世界。車イスで入れるアトラクションも僅かだろうし、そもそもハリボテの世界なのに―――と思っていた。


 だがそこはかの有名な夢の国。完全にナメていた。


 アーケードで買い物、ギャラリーで「あっホラ、あれ見て!」と指をさし、アドベンチャーランドや舞台の歌に酔い知れて。


 車椅子でも楽しめる数々のバリアフリーな計らいは、成ってみて初めて知るあり難さ。


 専用車イス付きライドに乗り換える玩具の世界とかもある。きっと、何となく園内を見て回るだけ、等と思っていた澄美怜すみれの心に明かりが灯る。


 自分の車椅子でも乗れるフライングカーペット型ライドや周遊型アトラクションの乗り物ライドなど、そうしたものはたくさんあって、蒸気船やら本物の鉄道までそのまま乗れるものがあるなんて……と感激の連続。


 そして大型いかだで冒険島へ。島に着くといつも以上に張り切って車椅子を押す深優人みゆと。よく作られた冒険島は本当に実在してるかのよう。そんな夢の世界に更に没頭して行く二人。


「あそこで記念写真撮ろう!」


 先ずはセルフィーにして二人のショット。次は澄美怜すみれだけのを撮るよ、と言って離れると、深優人みゆとのいきなりの変顔!


 普段そんなのをしたこともない深優人みゆとの初の変顔に思わず澄美怜すみれは吹き出した。



 パシャッ――――  [ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093088605600314



 そうしてあれこれ楽しんで日も暮れて来た頃、お待ち兼ねのパレードがやって来る。


 心踊らせるマーチが、遠くから聞こえてきた。


 賑やかなメロディーが、少しずつ近づいてくるにつれて、二人の胸も高鳴ってゆく。


「もうすぐだね!」


 深優人みゆとが、澄美怜すみれの肩にそっと手を添える。


 華やかなファンファーレが響き渡ると、煌びやかな電飾、色とりどりのフロートが目の前に現れる。キラキラと輝く衣装を身につけたダンサーたちが、笑顔で手を振りながら、軽やかに踊り、歌いだす。


 フロートの上には、愛らしいキャラクターたちが子供たちに向かって手を振っている。


 パレードのテーマは「夢と希望」。


 夢の世界を表現したそれは、あたかも映画のワンシーンを見ているかのよう。

 こんなワクワク、一体いつ以来?或いは初めて? そんな澄美怜すみれの胸の内での涙が止まらない。


「すごいね……」


 車椅子で目を輝かせながらパレードを熱く見つめる澄美怜すみれ

 深優人みゆとはその横顔を愛おしそうに見つめ、優しく微笑む。


「俺、澄美怜すみれと来れて良かった……」


 そう呟いて澄美怜すみれの頭をそっと撫でる。パレードは、クライマックスへと向かいだす。最後のフロートには、大きな風船が飾られていた。その風船にはたくさんの願い事が書かれていた。


 観客にも事前に配られていた風船。


「私も、願い事を書いてみようかな」


 そう呟き、深優人みゆとからペンを借りて、風船に願い事を書き始める。


「世界一番幸せな妹♡」


 そう願い、風船を空高く放つと、パレードの音楽に乗って空高く舞い上がっていった。


 そして傍らに立つ深優人みゆとを見上げて幸せそうに、


「今日はありがとう!」


 そう呟き、優しく微笑んで見下ろす顔をじっと見つめた。

 パレードは、二人の心を温かく包み込み、忘れられない思い出となった。


 ……今、全快した感情が訴える。嬉しくて、嬉しくて……。地に足がついてないような(車イスだから当然か) 、なんかフワフワした感覚だな。

 こんな造られた夢の世界でも本当に愛しい人と居られればこんなにも幸せ。


 結局、それが全てなんだ……


 車イスになったお陰で圧倒的に増えた共有時間。人生何が幸いするかわからないものだ。



 ~日記の中の澄美怜の幸せ



 そのピークは二度目の告白の日だった。成就のない両想いだった。それでも真の両想い。


『私は両想いなんだよ』と書かれた文字は幸せそうに踊っていた。


 限りなく恋人に近い義妹。日記にはそこに至るまでの様々な足掻き、苦しみが至る所に赤裸々に綴ってあった。


 気付いてみれば『忘れた記憶をアルバムや日記で見返す』 のと、『失くした記憶を日記で補完する』のとでは大した違いはなかった。

 何故なら感情が残っているお陰で結局思い出したのと区別つかない程だったからだ。何かもう、昔の自分に近づいた気がしていた澄美怜すみれ



 ……こんな体だけど、意外と今が人生の絶頂なのかも知れない……勿論とても幸せだからというのもあるけど……




 ―――恐らく不随の範囲が拡がって来てる……




 それを思うとこれ以上の幸せは今後得られないかも知れない。


 いや、今それを考えるのはよそう。


 この遊園地での思い出を大切にするために……







< continue to next time >




当話 遊園地での推奨BGMソング

  ▼Youtube 魔法の人

https://youtu.be/M2b71OdjNgg?si=kkJwiVv2wvTv_PQ1







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