第14話 薊のリベンジ・デート




 二人きりでのおうちデートの阻止成功。


 何とかミッション達成で胸を撫で下ろす澄美怜すみれだった。 あざみ宅から帰宅した二人は微妙な空気の中、黙ったままだった。

 深優人みゆとは玄関でいそいそと靴を脱ぎながら『楽しかったね』と取り繕った。


 そして逃げる様にリビングダイニングヘ直行し、乾いた喉を潤した。だが半分は気まずさを紛らすためのパフォーマンスだろう。


 振り向くと案の定、青い顔で背後に立つ澄美怜すみれ。引きつった笑みを浮かべ、そしてその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「なんで……何で内緒であんな事……私……そんなに邪魔なのかな……やっぱり私は兄さんにとってそんなに要らない子だったの?」


「いや、そんな事ある筈ないよ。……それより……どうして予定を知ってたの?」


 何も言えない澄美怜。スマホのPINコードを突破していたのは秘密にしてある。


 幼い頃から自害衝動にかられ周囲に気を遣わせて来た澄美怜すみれ。それ故、腫れ物に触るように扱われてきた事が分別に対する幼児性――――兄の物を何でも与えられて来た事による精神的未成熟となり、兄と自分のプライバシーの未分化という形で残ってしまっている。


 しばらく沈黙が続いた。ここに居てはいけないものを感じた深優人みゆと


―――スミレ、ゴメン。もしこれ以上気持ちをぶつけ合ってしまえばもう俺は……


 早く立ち去る必要に迫られ、無言で背を向け部屋へと向かう。澄美怜すみれはそんな兄に逃げられまいと思わず身を乗り出し、『もう切り出すしか』とばかり引き止めた。


「兄さん、聞いてっ!」


 リビングから出る寸前で呼び止める。立ち止まってその空気を読む深優人みゆと

 伝えたい言葉を必死に選んで一瞬詰まる澄美怜すみれ深優人みゆとはその僅かな間に割り込んで澄美怜を制した。


「待って! ……澄美怜すみれの事は……凄く大切だよ。それだけは信じてほしい……」


 そう言ってすかさずリビングから姿を消した。――――立ち尽す澄美怜。


 ……これじゃ何も言えない……ああ、こうしてる内に薊さんはきっと……もしあの二人が上手くいったらどうせ私は遠ざけられて……そんな事になったらもう……


 何とかその前に自分から告るしか。けど今はまだ……


 いや、言おうとしたんだ……勇気を出して……。


 なのに今、私を遮った……。



 澄美怜すみれは忘れていた呼吸を一つすると、ダイニングチェアに座って頭を抱える。



 でもいつか……それでもいつかこの気持ちを抑えきれなくなる。だってこんなに胸がいっぱいで……そのいつかは多分……いや、もうすぐ来てしまう。


 ……そしてもし私の想いが成就しなければ、兄さんとの『あの日の約束』は……きっと無かった事になる。


―――その時私は……きっと消えて行くんだ。





◆◇◆

 相変わらず学校ではあざみが付きまといチャンスを伺っている。気が合う二人は趣味の話で盛り上がる。


 映画、アニメ、ラノベ、音楽、雑誌、絵を描く(デジタル)、ダイエット VS 筋トレ等……次から次へと淀みなく話題に尽きないのは薊の性格と話術のたまもの


 その日、薊は胸を高鳴らせながらも平静を装い深優人みゆとに切り出した。口実付きのデートのお誘い。


「今、ちょっと世代古めのタブレットでやってるドロー作業が重くて……私もペンタブつないでPCでやりたいって思って。で折角なら秋葉まで行って見たくて」


「秋葉原か……イイネ」


「うん。でね、ついでにメイド喫茶なんかも体験したりとかもやってみたいんだけど一人じゃ無理だから……ねえ、深優人みゆとも来てくれないかな……」


 澄美怜すみれとのリビングの件から深優人みゆとは自分をぎょし切れなくなっていた。もううやむやには出来ない、と床目線を薊へと移し、遂に意を決した。


「―――良いよ」


「ホント~?! やったー。でも……今度こそ妹付きとか、絶対に無しだよ? 」

「……うん。わかった」


「ホントに大丈夫なの?(今まではどうにかこうにか言って妹も連れてきたし)」

「うん、二人で」


「ホントのホントに? こないだみたいな失敗は無しだよ!」

「うん、もっと注意深くやる。まあ既にスマホのPINコ―ド変えたし、カレンダーアプリにロック設定した。あと、ロック解除や一瞬の覗き見対策として暗号で予定書いてる」


「クク!そこまでする~?(イヤ、やっぱ正しい! アレにはそこ迄するべきね……分かってるところに同情しかない)」


 薊は初めてきちんとした二人きりのデートに誘う事に成功した。


「いつがいい?」


[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093088972075391




―――ああ、もう、こんなに楽しみな事がこの世にあるの?



  **



 休みの朝、多少身ぎれいにした深優人みゆとは何時もと変らぬ様子で出掛けていった。


「あれぇ、お姉ちゃん今日は付いてかないんだ?」


「何か今日は普段と違う友達とPC選びに付き合うらしくて、ついて行けなかった。残念」


「ふ―ん、じゃ今日一緒にお菓子作りやろ? 教えてくれない?」


「うん。いいよ」


―――きっと何か隠してる。お兄ちゃんだけを見てきた私には分かる。中学まではそれでもダダこねて付きまとっても許されたけど、高校生のお兄ちゃんにまで迷惑は……



  *



 薊の記念すべき初デート。駅で待ち合わせた二人。近づいて来るツインテール。ハイラビットのそれは裾でゆるふわに巻いてあった。


「もう来てたんだ。サスガ早いね」


 少し早目に来た薊。なのに深優人みゆとが先に来てくれていた事は素直に嬉しいものだ。


「お、いつもと少し雰囲気違う! 髪が一層可愛いね。服もとっても似合ってるし」


「そう? 良かった」


 胸がキュンッ、と鳴った。気遣いの出来る人だとは分かっていても、時間をかけてめかし込んだ甲斐があったと上機嫌になる。

 間もなくして電車が到着。窓際で肩を寄せ合う。何時もより顔が近く感じる。


―――遂に本当の初デートなんだな……中1の時、隣に引っ越して来てから3年掛かった。学校ではいつも二人で行動してるのにこうして出掛けるのってスッゴイ特別感。ああ~こんなにもワクワクするものなのかぁ……


 薊はあのタロット占いを信じて時間をかけて信頼関係を築き上げてきただけに感慨もひとしおだ。初デートの高揚感は横浜のはずれからの1時間半もの電車移動すら一瞬に感じさせた。


 秋葉原に到着するや、早速楽しく二人でペンタブ選び――― 交互に描いて協作。〈キュン〉


「俺のキャラデザの好みはこんな感じのラインかな……」


 ペンを渡され、私はねー、こんな感じ、と、深優人みゆとのラフ画にラインを重ねてゆく。


「あ、そ―すると確かに可愛い!」


……これって恋人に見えるかな? 〈キュン 〉



 ―――メイド喫茶 初体験―――



『ハイ、ご一緒に~! 』


 メイド服にコスプレした可愛い店員達に囲まれ、両手の親指と人差し指でハートの形、胸前でそのハートを見せる。


『おいしくなーれっ! 萌っえ萌っえキュ-ンッ!』


「うー、これが噂にきく愛情注入かぁ。これはさすがにこっちが赤面してしまう~」


 えー大丈夫だよー可愛いしー、と早速マネする薊


「萌っえ萌っえキュンッッッッ!!」

「おおっ、あざみんの方が上手い!」


 フフ、萌えアニメ声は任せてよ、と、得意げになる。確かに薊の方がずっと萌える声だ。その声に酔いしれる深優人みゆと。そこで思い立つと、


「じゃあさ、ちょっとその声で『お兄ちゃん』って言ってみて」


「いいよ……『お兄~ちゃんっ!』……」


 ズキューン!!!!!


「んぐっ、こ、これは…… (スゴい破壊力 )……マジで声優になれるよ」


〈キュン〉


 生来のアニメ声だが深優人みゆとのお世辞抜きの誉めっぷりに笑みが溢れるあざみ。だが瞳の奥にはもどかしさも滲んでいた。


 ああ、でも好きな気持ちが高ぶり過ぎてオチャラケた気分になれなくなってきた……


「ねえ、あのさ、いつも私のバカ話しに合わせてくれてありがと。私って落ち着き無いでしょ。 良く友達とか親からも、話し飛びすぎ、とかって言われるけど、 深優人みゆとはいつもいやな顔せず合わせてくれるよね」


「いや全然無理してない。こっちがありがとうだよ」


〈キュン〉


「だって趣味近いし話題豊富で助かるし、うちの妹とはまた別の、真性のって言ったら妙だけど、妹属性があってすっごく親しみ安くて、何か、何でも話せるっていうか、とにかく楽しいのに一緒にいると落ち着くって感じで……」


「……」〈ギュンンッ!!〉


 思わず胸を押さえる薊。


 うう……さっきから胸がマジ苦しい……そんなこと言われたら、……ねえ、この想いが止められなくなったら、キミのせいなんだよ。


 ふと雑誌の記事を思い出す。「恋愛のテクニック ・妹のメリット、デメリット」その中の『親しみ安くて』……深優人みゆとの言葉が記事と被る。



『妹っぽさは親しみ安い分、女というより友達に見られやすい―――』



 それはやだ!女の子としてもっと近付きたい。だったらもっと二人きりで……


 そこで、このあとカラオケはどう? と誘うと、「おー超行きてー」と快諾。


 二人はプロ並みに上手い。レパートリーも多く、歌が好き過ぎて午後の4時間があっという間に過ぎていった。


「いや~久々に歌ったね―」

「うん! すっきりした~。まだまだいけるけど」

「ダヨネ~」


 顔を見あわせ、大笑いする二人。


「ねえ、今日、凄く楽しかったね」


 深優人みゆとは、ああ、ありがとう、と何気に頭ポンをした。


〈キュン〉


「……それは付き合ってもらった私の言うセリフ。ね、良かったらまたどっかに行こうよ」

 

 特に今日はあのハイパーブラコンが居なかったからも~最っ高!


「いいよ。次は何がいい? 」


〈キュン〉


 ああ、二人っきりで気が合うってこんなに楽しくて、嬉しいんだ。うう~っ……早くも次のデートが超楽しみ。もっと女性的に見られる格好とか研究しないとね。


「じゃあ~、えーと次はね―……」


 薊は二人の世界に浸れるようにと考え、先ずはじめの一歩として映画に行こうよとせがんだ。


 つい最近、家での妹とのアニメ映画を鑑賞した際の事を思いだした深優人みゆと

 その時、手を繋いで来た妹。それが親愛の情か恋慕なのか。誰よりも可愛がる妹のそうした行動に胸が苦しくなった。

 一つは妹にこれ以上踏み込まれたら妹の想いを止められなくなる。万一告白に踏み切られたならどう対応したら良いかも思い付かない。

 そしてもう一つ。きっと自分の気持ちも止められなくなる……。


 ……どうにかしないと……


 そう考えた深優人みゆとは目の前の存在にもっと意識を向けて健全な恋に真摯に向き合おうと決意した。


「その約束、いつにしようか」


 その深優人みゆとの一言は薊の瞳にジンワリ熱い物を滲ませた。




  **



 その日は夕方遅め目の帰宅となってしまい、兄を待ちわびていた澄美怜すみれが出迎える。


「遅かったね! せっかくお菓子作ったからおやつに食べて貰おうと待ってたのに。もっと早く帰って来るって思ってた」


 などと後ろから肩に手をのせリビングへ押して行く澄美怜すみれ。秘かに背中ごしにスンスンする癖が発動。 『お兄ちゃんフェロモンいただき~』

 いつもならそれを感じつつ密かにデレてる所だが空気が変わったのを敏感に察知した兄は誤魔化す様に一言。


「じゃ、そのお菓子、夕食後に貰えるかな?」


 女子の香水の移り香に鼻のきく澄美怜すみれは既に気付いて棒立ちとなっていた。


 ……気付かれた? 何とかしないと……


 深優人みゆとは急いで切替え咄嗟とっさに取り繕う。


「食後にこの前見たアニメの続きを見ようか? 確か最終回がひとつ……」


「知りません。ご自分だけでどうぞ。あ、蘭ちゃん付き合ってあげたら?」


 その声からはあらゆる感情が消されている。 否、押し殺されている。


 あっ学校の宿題がー、と瞬時に逃げる蘭。この末っ子の状況判断能力は誰に似たのか?


「そう言えば妹ものの新シリーズも始まってるんだよ。今日1話目が無料で……」

「お兄ちゃん何時から見る?」


 辛うじてスンデレに持ち込んだ深優人みゆと


 と言うより何とかこの場は見逃してくれるらしいが、その後の仕打ちが恐ろしい、とただ怯えるぱかりであった。




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