第5話 オタク澄美怜の悪癖




 カリカリカリ……夕食後、澄美怜すみれは自室で勉強に勤しんでいた。成績は学年トップ級、オタクだが意外にも努力家だ。


 すると、隣室からの物音に気付き少し壁に近づく。


 ん?! お兄ちゃん……その声は……と、何やら気になって壁に耳を寄せた。


『はあはあ……』


 なんか荒い息遣いが聴こえる……こ、これはまさか……


 と急にドキドキしはじめる。息が段々エスカレートしてくる。


 これはなんか青春のイケないコト?……


「はあ、うっ、はあ、くっはっ……っ ……スミ……レッ……くっ」


―――ええ?!  私のこと考えながら! そんな、お兄ちゃんたら!


 真っ赤に染まる耳。だが髪をばっちりその耳に掛け、ぴったりそれを壁に密着させる。


「28、29、くっそ……ぬあぁ、……負けるか……んぐぐ」

「え?」


 ガチャン!……ドコッ……ダンベルを置き台に戻す音だ。


 やっぱトレーニング……ハハ……私も集中力切れてきたからちょっと筋卜レ講義でも聞こっかな。でも乗せちゃうと長いかもなー。構ってくれるのは嬉しいんだけど。クスッ


 ドアノックにタイムラグがあり、荒く息を切らせて「どうぞ」と返事が返る。

 ゆっくりドアを開き、お兄ちゃん筋トレしてるの? と覗くとダンベルの後は腹筋をしていた様だ。


「ああ、うるさかった? 悪い」


「ううん、ちょと気分転換におじゃまするね。私最近もっとウエスト引き締めたいなー、なんて思ってて。何か有効なやり方知ってる?」


「ああ澄美怜すみれくん、コホン、その場合はダネ― ……」


 ヤッパリ講義が始まっちゃった。でも、こんな風に楽しそうに一生懸命語るお兄ちゃんが好きだ。それにこうして気軽に部屋へ来て話が出来るのは妹の特権だよね。恋人だってこんな機会はそうそう無い筈! フフン。


「ねえ、ところでトレーニングって辛いんだけど、特に最後に後もう1回とか、力が入らない時ってどうしたらいいカナー?」


「それ、俺も以前父さんが毎日続けてる腕立て伏せについて同様な質問した事があって、そしたら父さんがね、

『あと十回が辛い……なんて時に 《この十回は家族の誰かの分》て事にするんだ。 そしてそれをやり遂げなければ助けられない、とかって設定にすると踏ん張れるんだ』

―――って教えてくれたんだ。コレが実際かなり有効で。んで、それ以来取り入れてるんだ」


 ナルホド―……さっきのはそれね……って何考えてたの私。


 思い出して赤面するも、ブンブンと顔を横振りしてリセット。早速自分もアブローラーをやってる所を想像する。しかもその1回を遂げねば兄は死す、という設定で。


『……ムンっ…はぅぅぅ、お兄ちゃ―ん! ぐぐぐっ、』


 ナハハ、確かに力が出そう。


「ありがとう。ためになりそう。じゃあそろそろ戻るね。お兄ちゃんはまだやるの?」


「ああ、もう少し」


「ならそっちのシャツ洗いに出しとくよ(これはレア・アイテムゲットのチャンス!)」


「いや、いいよ(って優しすぎ!……或いはまさかヘンタイ目的?)」


「でも、洗い物有ったら早く出してってママが……(言って無いけどw)」


「え、そう? じゃお言葉に甘えて」


 そもそも深優人は潔癖症で、少し汗をかくとすぐに汗拭きシート等で拭いて着がえてしまう。何でも以前にちょっと汗くささを指摘されて気にする様に。だから汗臭いどころかフェロモンまで拭き取ってしまって勿体ない、等と澄美怜は残念がる。故に……


 やった~、アイテムゲット~! 私はお兄ちゃんの匂いが大好き。表現が難しいけど、そう、それはまるでお兄ちゃんが愛飲してるあれ、あの青く美しいブルーエ(矢車菊)の花びらがたくさん入った兄お気に入りのフレーバーティーの香りに似ている。


 様々な果実、バニラ、そしていくつかの花で香り付けされた、あの甘い香りにも似た何とも落ち着くけど抱きしめたくなる様な感じにウットリしてしまうのです!


 最近の深優人みゆとは汗拭きシートのせいで人工香料の爽やかな匂いしかしない。故にその微かなものをゲットするべく廊下で背後を取った時など居間まで押してく振りしてついうなじの背後からスンスンとしてしまう澄美怜すみれ


 清潔なのはいいけどちょっと神経質なんだよね。洗たく物もさっさと洗濯機へと入れられちゃうし。ん? て事はこれ、私的末端価格、プライスレスってヤツ? このまま封詰め……いやそれは流石にマズいか、でもすぐに洗濯機ヘって言うのもちょっと惜しいし。


 キョロキョロ ――――誰も居ないよね……。


 廊下に一人佇み、おそるおそる鼻を近づけると、スンスン、スンスン。


 ああ、これ! 高純度兄フェロモンがまさに濃縮されてて自分史上最強! マジヤバイかも。今迄に無い甘い香りと汗のハ―モニー。う~最高過ぎる―。あーもったいない~……


 やっぱりもう一回だけ。永遠園澄美怜、次は思いっきり顔から行きますっ!



 ……ガバッ

 はうぁあ~



 ……正にこれはアニメのシーンならピンクのグラデの背景にソフトフォ―カスで天国的なミスト、そこにシャボン玉が飛んでるってヤツだよね―。


『ハァ―――幸せ……』



 だらしなく緩みきった顔を上げると、そこには物陰から半身で覗き見る妹・蘭の姿が。


「……ら!! 蘭……ちゃん……」

「あ、いえ、私は何も」


「ちょっと! どこに行くの!」

「おフロへ……」


「この事は……」

「はい、何も、いえ、誰にも……」


「やっぱ見たのねっ!」

「ひっ」


「ちょっと来なさい。そんなに怖がらなくていいのよ~。お姉さんがちょっとだけ、蘭ちゃんにも大人のヒ・ミ・ツ、教えてあげる」


「あ、いえ」


「遠慮しなくていいのよ。 ほんとは興味あるんでしょ~」


「実は……(お姉ちゃんのマネしたがり屋の私としては) 少しだけ……」


「まあ、物分かりがいい事。それならこちらへ。さ、一緒にドーゾ」



 姉妹同時に、スンスン ……スンスン、「んはぁ―」 と顔を赤らめ恍惚とした表情の二人。どう? と聞かれ、デレーっとしながら、


「お姉ちゃん……これがスン・デレってものなのでしょうか」


「何それ?……でもそうね」


「何かちょっと幸せになってしまいました。お姉ちゃんこれ、やばいかもです」


「でしょー、蘭もこれで大人の階段を一段登れたね。でもま、初心者はこの位にしておきましょ。あ、取りあえずこの事は二人だけの秘密と言う事で」


 はい、お姉様、と少し酔い気味で部屋へと向かう蘭。『あ、鼻血が……』とフラつきながら去って行った。


 こうしてヘンタイ姉のささやかな秘め事の口封じは成功。


 だがその後洗濯機に入れる前に名残惜しさに負けてもう一回悦に入ってしまった澄美怜すみれであった。



 **



 フロ上がり、部屋で髪を乾かしながら物思いに耽る澄美怜。


 う~ん、よくよく考えれば蘭ちゃんにヘンな教育をしてしまったのでは? さすがにちょっと自分でも変態ぶりが心配になってきた。こんな人間、どんだけいるのだろう。


 アニメではクンクンしてる女の子キャラとかいたけど、サスガにあれはかなり誇張してるはず。そうだ、ネットで調べて見よう!



 オタク澄美怜すみれの小学生以来の悪癖、それは何かとネットに頼ってしまう事―――



 ハイスペックノートpcを颯爽と開き間髪入れずカチャカチャカチャ……



「どれどれ、……え?! ……こ、これは、こんなに居るんですか? うそーっ、これじゃまるで世の女性はヘンタイだらけじゃん。

 うっわー、この掲示板、凄い数の人がカミングアウトしてる。あ、嗅いでるところの動画アップしてる人まで(笑)

 世の男性の皆さーん! この件は絶対に調べないで下さいねー。私程度は可愛く見えてしまいますヨー 」



 そして更に深掘りして行くと……



「え―と、何々? 匂いが好きな理由の解説サイトまである。その訳は……」


●女性が嗅ぎ取っているのは、男性がフェロモンとして分泌する白血球に含まれるHLA遺伝子であり、嗅覚重視タイプの女性はその能力でチェック……

『やっぱフェロモンてあるんだぁ』


●体臭をいい匂いと感じる相手とは、遺伝子レベルで相性がいいと言える。 基本的に最も異なるタイプの遺伝子ほど……

『相性がいいとイイ匂いに感じるのかー』


●女性はもともと子孫繁栄の為に多様性を残せる良いパートナーを嗅ぎ分ける能力を持っていて、そのため近親者の匂いは好きになりづらくなっているという……



『ん?……てことは私達は結局変態ってコトー?……アタタ』






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