第4話 澄美怜を守るためにも……




 夕飯を終え、暫くリビングで寛ぐ永遠園とわぞの一家。澄美怜すみれはその愛くるしく柔かな澄まし顔をあざとく傾けて微笑むと、


「お兄ちゃんスマホ見過ぎ! ホラ、こんなに肩凝ってる。ちょっとほぐしてあげる」


 そう言って指圧を開始。だが何故か澄美怜すみれの顔がうなじに近い。微かにスンスン音。密かに動揺する深優人みゆと



―――ヤッパリ嗅がれてる?!?!



 う~ん……こう言った妹の『スンデレ』? な可愛いくもアブノーマルな所は俺的に役得なんだけど……


 表に顕さないテレ笑いを心の中に浮かべる深優人みゆと。満足げに指圧を続ける澄美怜すみれ。そして仲の良い兄妹を微笑ましく見守る両親と末っ子。

 全ては上手くいっているささやかながらも幸福な家族の様に見える。


 だが実は澄美怜すみれには人には言えないヤバイ問題行動がある。



 それは月に一~二回の頻度でやってくる。



 大抵皆が寝静まった深夜、隣の部屋の澄美怜は必ずトイレを経由して俺の部屋へ。

 これは他の部屋の人に俺がトイレに行って戻ったと思わせる為の足音の偽装の様なのだ。


 二階には兄妹三人それぞれの個室がある。トイレも二階にあるため、こうすると特に一階の両親には誰がどの部屋に出入りしたか分かりづらい。恐らくそれを考えての事だ。


 そうしておもむろに俺のベッドに潜り込んで来る。



「ゴメンね……また……」


 寝入りがけを起こされ、あ……う……うん……と、返事もやっとだ。


「冷たいよ……兄さん」


 かすれた声でささやいてくる。


「大丈夫だよ」


 と言って、預けて来たその手を繋ぐ。


 辛そうに口をつぐんだ澄美怜すみれは、やにわに「ス―――ッ」と鼻から息を吸い込んだ。

 そのまま止まる呼吸。


「どぉ?……」

「……んっ」


 繋いだ手に力が入る澄美怜すみれ。そして、


「はぁ……」


 溜め息混じりの吐息が深優人みゆとの肩越しにかかった。


 そこへ微かな囁き。ありがとうと聴こえたような。


 「ふぅ―――― ……」


 微小に空気を揺らす満足気にも思える長い呼気が耳をくすぐる。


 澄美怜すみれは手の親指で深優人みゆとの手を何度もなで続ける。深優人みゆとも同じ様に返す。

 それは感謝と愛おしさを表す仕草か。


 互いに緊迫が安らぎへと移ろいで行く。


 そうしている内、やがて眠りに落ちた。





 ……こんな事がばれたら俺たちはどうなってしまうのだろうか。起きている時にこれについて余り話し合わない。互いに気を遣わせたくないから……。


 こうして大抵は未明か明け方まで一緒に寝てから、誰かに見つかる前に自分の部屋に戻っていく。


 それがこの何年も続いていた。うたた寝状態で深優人みゆとは思いを巡らせる。



 ……見つかれば誰の目にも異常な兄妹に見えるだろうな。もちろんこの子なりの理由があるんだけど……多くを語ろうとしない。あの不調ヘの対処なのは確かなんだろうけど……。



 この様にして再び眠りに落ちる深優人みゆと





 しかし、こうした事のあった翌朝でも何も無かったかの様にいつもと変わらぬ朝のル―ティンが始まる。


「はい、今日はあの『ブルーエ青い矢車菊』入りの大好きなフレーバーティーで作ったミルクティーだよ」


「ありがと。これ久しぶりだな。ストレートもイイけどミルクティーにも意外と合うんだよな……」


 澄美怜すみれはこんな時、敢えて目を合わさない。しかし心中では……


 お兄ちゃんと過ごす平和で幸福な朝。家族の手前、昨日の事は話題に出さない。あのお陰で今日もこうして普通に過ごせる事、とても感謝してる。

 ただこの人にプレッシャーを与えたくなくて敢えて口にしない私の中の大前提がある。決して変えらそうもない事。


 お兄ちゃんを失う事、それは私が消える事……

 消えるというのは自分を棄てること。

 つまり自害衝動。




   それは私の中の闇のひとつ。

    普段は深い所に潜んでいる。




 これは物心ついた時に既に存在していた。

『激しい恨みと、ここに居たくない』というものが渦巻いてる様な、その『何か』のせいで消えてしまいたくなる。


 その想いは深く根を張っていて、いや、むしろそれは自分自身であってどうにもならない。とにかく今はこんな自分と付き合っていくしかない……。



 澄美怜すみれはこうした思念を隠そうと、敢えて仮初めのスンデレを放った。目を逸らしテレ笑いの兄。


 ……実際、私は小さな頃に自分を消そうと実行した事がある。でも寸前で気付いたお兄ちゃんが阻止して約束してくれた。



 何があっても絶対に守ってくれるって。



 そう、この人だけが持つ『不思議な力』 であの衝動を抑えてくれる。と、その闇が何故か直ちに遠退く。幼い頃からこれまで、その度にあの力で守ってくれている。


 私はそれを『癒しの力』と呼んでいる。


 お兄ちゃん……

 カッコなんてつけなくていい。スパダリじゃなくてもいい。私にはそんなの何の価値もない。常に見守るその誠意とあの力にずっと救われて来た。


 だからもしお兄ちゃんに見捨てられた時、きっとあの衝動は抑え切れなくなって、私は存在出来なくなる。


 そうならない様に、これからもこの人を信じて生きていくのです。






◆◇◆


「ねえ深優人みゆと~、最近ドロー系アプリ、何使ってる?」


 あざみとは以前からオタク趣味が合致、休み時間等にイラストの見せ合いをしていた。


 ……地味キャな俺にとって気を使わずに話し合える女子の存在は本当に有り難い。しかもこの娘は学年トップランク美少女だ。それだけに男子の視線がキツイ……。


 薊のクラス転入、つまり深優人が中学二年以来、休みの日等に澄美怜を加えた三人で集まり、自宅でPCゲームや、アニメなどを見たりとオタク遊びに興じていた。


 当初この二人にグイグイ迫られて、好きなクラシック音楽を聴く時間も奪われ、仕方なく付き合っていた。しかし今ではその楽しさを理解、マンザラでもなくなった。


 そもそも今や世界中がオタク文化で染まっている。むしろそれが普通かも知れない。そう割り切ってからはアッという間に親しくなって、『薊ちゃん』から『あざみん』と呼ぶ様になっていた。薊もすっかり馴染んで深優人みゆとを呼び捨てにする迄になっている。


「俺はペンタブ使いだからクラップ・スタジオだけど、アザみんのi-posペイントってメチャ使いやすいね。スマホでも結構使えるし!」


 そんな仲の良い三人の今は―――


 中学生同士の頃と違い、あざみが彼女的なポジションを意識して来るほど、それが澄美怜すみれには受け入れ難いものとなった。とりわけ薊の高校入学でそれに拍車がかかった。 ニコやかに話す深優人みゆとの心中では、


 ……澄美怜すみれとはこの前もかなり険悪だったから何か有ったのかも知れない。もう取り持つのも一苦労だ…… それでもエスカレートさえしなきゃこの二人のマンザイを見てるの楽しいけどね。多分本音では仲良くしたいと思ってるんだろうな。


「でもヤッパ私もペンタブにしよっかな。もっと本格的に遣りたいし~、どこで買ったら良いか教えて―」


 こんな風に最近ではあざみんが二人で出かけるきっかけをそれとなく持ちかけてくる。

 澄美怜すみれは俺から色々聞き出すと、割り込んで阻止するか一緒に付いて来るかのどちらかにもち込む。以前、隠してバレた時、スネて大変な状況になった事もある。

 やるなら余程上手く演らないと……でも実はこの子達のお陰で俺は救われている……。



 この余りに早熟だった深優人みゆとにとって、数年前の百合愛ゆりあとの強い絆が引き裂かれたダメージは甚大だった。それ以来ずっと引きずって来た想い。

 次第に癒えて来たとはいえ、この頃はまだ三人でわちゃわちゃとやってる方が気楽だと思っていた。



 ……だから今は三人がいい。それに澄美怜すみれにも。



 だが最近はいつまでもそうした形ではいられない気配を感じ始めている深優人みゆとだった。






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