中編 ニッカ

 偶然出会い、そして助けられて人形であるワタシは人間の男、コリウスの魔法実験の手伝いをしていた。

 具体的にどんな実験をしているのかというと、ただ単に薬草や鉱石を組み合わせ、調合し使用した際の反応を見るだけのものだ。薬の投与もワタシがされるワケでもなく、ましてや人魚の体の一部を調合に使う事は無い。

 例えば海で見つけた素材で薬を作るとどうなるか、ワタシの知識と経験と照らし合わせて記録していくのがワタシの主な役割となる。つまりは雑用に近いのかもしれない。

 調合は人間であり、必要としている彼が結果が望んだものかを確かめる為に自分自身の手でやると聞かなかった。余程作りたい薬とやらがあるのだろう、ワタシは興味ないが、手伝いを申し出た以上手は抜かない。

 とは言え、見ているばかりでは飽きて来るから偶にコリウスにちょっかいを掛けたりして暇を潰したりした。それで実験が失敗してもまたやれば問題無い、と彼の方から言われた。なかなかのお人好しらしい。

 おかげでワタシは調子づき、度々悪戯を仕掛けては彼の反応を楽しむようになった。もちろん実験の手伝いも忘れずにやっている。ただそれだけではやる事が少なく、結局彼への悪戯が行われる。

 例えば作業中の彼のすぐ背後に接近して覗き込んだり、彼が手にしようとしたものをわざと遠ざけたりするのが初歩。


「あれ!?これ水入ってたはずなのに!?」

「あっははは!水入ってないグラスと取り換えたのに口付けるまで気付かなかったわぁ!」


 実験に夢中になるあまり、周囲の変化にさえ気付かない彼の戸惑いぶりについつい次の悪戯を仕掛けてしまう。実験の方はちゃんと手伝い、今の所彼の欲している結果には5割ほど近づいたといったところ。

 実験の対象である動物は鼠と豚の二種。他の動物の反応も見たかったらしいが、そもそも入手出来ず、あまり動物の体をいじるのは気持ちが良くないという事で二種で行っているとの事。

 魔法の実験というから、お人好しな性格な割にひどい事でもしているのかと思ったけど、動物たちに大きな変化は見られず、あくまで微量な変化を見ているらしく、やはりお人好しな性格そのままという実験光景だ。


「相変わらず熱心ねぇ。その鼠、どんな薬を投与したの?」

「あぁ。元々健康な鼠だから変化は見られないけど、こうして薬を投与してからも健康さを保てている。今の健康な状態を保持する薬といったところかな。」


 聞いておきながらもフーンとワタシは軽く話を聞き流す。やはり絵にすると地味な実験光景だ。それでも彼にとっては満足を得られる結果だったらしく、控えめな笑顔を浮かべている。

 彼から何の魔法の実験かとは聞いたけど、彼は詳しい実験内容を教えてはくれない。こちらは手伝う身であるから詳しい話を聞いておきたかったけど、結局ワタシは余所者であるからか、話は聞けず仕舞いのままだ。なんだか胸の辺りが重く感じる。


 それから実験は、怪我をした動物に病気を持った動物へと行われる様になった。その様子から察するに彼は『病気の治療』の実験をしているのだと、聞かずとも察する事が出来た。

 なんともありきたりなものだと思ったが、しかし人魚であるワタシの手さえも借りたいと必死になる事に違和感を感じた。やはり彼は人魚であるワタシ自身も実験に使いたいという心理があるのではないかと疑った。

 なので直接聞くことにした。


「ねぇ?ワタシの血や鱗を使っても良いって言ったらどうする?」


 ワタシの問いに彼は肩を小さく跳ね上げ動きが止まった。やっぱりそういう目的があってワタシを引きとめたみたい。でも彼はすぐに冷静かつ悲しそうな表情でワタシと向き合った。


「…うん、使いたいと思った。人魚は昔から強い力を持っていると言われてるからね。しかも人魚に血肉を使えば、ヒトは不老不死になるとも言われてる。非常に魅力的だ。」


 彼は懺悔の様に、実際に懺悔のつもりで彼は口にしているのだろう。コリウスはワタシが深く追求しなくとも勝手に口を開いて話を続けた。


「でも俺は、必要以上に命を奪う事はしたくない。実験に使っている動物も全て生かしたまま実験を終えるつもりだ。そして


人魚の命も決して手に掛けない。君を見た時から決めた事だ。

 でも、君の持つ知識が魅力的であった。本当であれば自分の力で成し遂げなければいけない事だけど、それでも俺は君の持つものが欲しくなった。

 本来水の中で活動する君には無理を言ってしまった。本当にすまない。」


 ワタシは海に帰らなければ干からびて力尽きる。だから日に一時間程経ったら海に帰る約束をしている。だと言うのに彼は未だに自分が罪人だとでも言うかの様に今日まで過ごしてきたと言う。何とも馬鹿らしい。

 ワタシは彼の額を小突いてやった。


「あのねぇ。そんな済まなそうな表情をしてるけどこっちは謝罪を受ける気は毛頭無いからね。

 命を奪わないと言いながらワタシの知識を使っている事に罪悪感を感じているって、それってワタシの人生を食いつぶしているつもりって事?それこそ思いあがりよ。

 ワタシは自分から足を踏み入れてあなたの実験を手伝っている。それを勝手な思い込みでワタシが不幸になっていると思われるのは逆に失礼ってものよ?」


 思い切り説教をして、ワタシは息を切らしてコリウスは呆気にとられた。

 ワタシにとってもらしくない事をしたと思った。ヒトが何を思って何をしているかなんてワタシたち人魚には関係無かった。だからワタシも用が終わればサッサと海へと帰るつもりでいた。

 でも何故だろう。彼が一人で悩んでいる姿を見て、自分一人で背負っているつもりでいる彼を放って置くと言う選択が選べなかった。


「力を貸してほしいなら遠慮なく言いなさい?と言うか遠慮なんてしたらこっちが遠慮なく悪戯してやるんだからねぇ?」

「えっあっ…うん、わかった。」


 ワタシの圧力に圧されてたじろぐ彼を見てワタシは満足した。もしもまた世迷言を言うようならまた口先で反撃しようと思う。

 それにしても、ワタシがあそこまで必死になって彼に説教をした事に自分でも驚いている。なんだかんだ言ってワタシは彼の事が気に入っているのかもしれない。

 先程彼は人魚は珍しい種族だと述べていた。それも血肉を口にすれば不老不死になるなんて迷信まで伝わっている程に。ワタシが海に出た直後に絡みついた網だって、ワタシたち人魚を狙った罠なのは既に気付いていた。

 そんなワタシを彼は目の色を変えるどころか、さも当然の様に網から解き放ち助けてくれた事に、ワタシはとても感謝していたのかもしれない。

 無防備でひ弱なくせに珍しい人魚に手を掛ける事無く助けるお人好し。そんな彼にワタシは心を惹かれていたのかもしれない。なんて想像した。

 それから彼はワタシに以前よりも実験材料の採取を要求して来る様になった。陸ではお目に掛かれない海中の海草や鉱石。魚なんかも捕まえて彼の元へと届ける、というのがワタシの新しい役割となった。


「ホントぉ、泳げないどころか魚一匹釣り上げられないって、不器用にも程があるんじゃない?」


 そんなワタシの嫌味を彼は苦笑いを返してくるだけで何も言い返して来ない。そんなまどろっこしい彼にワタシはいつもの悪戯をして鬱憤を晴らす。そんな日常が続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る