人魚の涙
humiya。
前編 デアイ
知的好奇心が豊富であるだけで、決して後先考えない無鉄砲ではない。そう自認してはいたけど、まさか顔を覗かせた先で猟師の網に引っ掛かるとは思ってもみなかった。しかも密猟者の網なんて、本当に最悪。
「あーもうっ!絡みついて取れやしなぁい!」
苛立ちから周りに誰も居ないにも拘らず、声を出してワタシは自分の下半身にいつまでも絡みついて来る網を乱暴に振り払う。
ワタシの足、ではなくヒレに絡みつく網には小さな針が仕込まれているためにヒレに針が食い込んでヒレを動かす度に痛みが走る。
とても一人じゃ解けそうにないから誰かに手伝ってほしいけど、生憎と今ワタシが居る場所は人気のない浅瀬の岩場。見ず知らずのワタシの手を貸そうと言う奇特な方が都合よく居るワケもない。
あーあ、ワタシの命運もここまでか。と悲観的になっていると、すぐ傍に生える草むらが揺れて向こう側から何かが近付いて来る気配がする。もしかして誰かが来る?そう思ったワタシは、あまりにも偶然が過ぎる展開に少し期待しつつ、草むらから何が出て来るのかを待った。
そして出てきたのは、草やら枝やらを服に貼りつけ、頭からつま先まで泥に汚れて顔をやつれさせた男だった。
「ワタシよりも悲惨な状態だぁー!?」
あまりの光景に思わず口を大に開いて叫んでしまったワタシだが、相手はワタシの事など構っている場合ではないらしく、どこに向けて伸ばしているのか、手を震えさせたままワタシの目の前で力尽き、
本当に突然の事で、ワタシも呆けてしまい倒れた彼を数秒程眺めながら止まってしまったが、直ぐに正気付いて目の前の彼をどうしたものかと悩んだ。
ただでさえ今自分は動けない状態だというのに、この状態でどう彼を助けるか。そもそも彼に対してワタシが何かする義理はあるのか?だが考えている暇は無い。早くどうにかしないと自分が干からびてしまう。
ワタシは思い切り体と腕を伸ばし、彼に手が届くと力を込めて彼を仰向けにし、そしてワタシは魔法を唱えて彼の頭上に水の塊を出現させて、その水をそのまま彼の顔目掛けて落とした。
「ぶはぁ!?」
上手い事彼の口に水が入り、水を被った衝撃で気絶していた彼も目覚めた。
「げほっげほっ!…あれ?ここは」
「目覚めて怱々に悪いのだけどぉ、コレ解くの手伝ってくれなぁい?」
鼻を
「えっ…えっ!人魚!?」
ワタシが人魚である事に気付き、ワタシの下半身のヒレをジッと見ている。
「そうよぉ?もしかして人魚に会うのは初めてぇ?」
人魚と言う種族は滅多に海上から姿を見せない為に、陸の生き物からは珍しい種族として見られていると言うのは知っていたけど、こうして
「ねぇ、ジッと見られると恥ずかし」
「あっこれ、針に魔法が仕込まれているんだ。これじゃあ解除しない限り針が抜けずに網も取れないな。」
ワタシが言い切る前に彼は絡みつく網へと目を向けた。そして針に仕込まれていると言う魔法の解除に取り掛かった。
「…全然気付かなかった。魔法にはそれなりに自身あるのに。」
「あぁ、これは人魚の目には映りにくい仕様になっているからね。密猟者が獲物を逃さないよう細工したんだろうね。」
網が密猟者のものである事にも気づき、彼はワタシが手こずった網をいとも簡単に取り払った。ヒレを上げてみて具合を確認した。
「…良かったぁ。このまま取れなかったら干からびるところだったらぁ。」
「そっか、取れて良かったよ。」
ワタシが自由の身になり、サッサと海に戻ろうかと思ったけど、それよりもさっきまで干からびていた彼が気になり、半身を海に付けた状態で彼の方へと振り返った。
「ところであなたぁ。一体何があってあんなボロボロの状態になったのよぉ?」
ワタシには関係無い事だけど、一体彼の身に何があったのかだけでも聞こうかと思い話し掛けた。彼は頬を掻いて困った様な笑みを浮かべた。
「いやぁ。ちょっと魔法の実験に使う材料を探してて、途中で転んで気絶して気が付いたらこんな事に。」
「あなた、よく今まで生きて来られたわよねぇ。」
転んだだけで先程の惨状になるなど、不運にも程がある。なんだか彼が無事に帰れるか気になって、海に帰る気が失せてしまった。
「仕方ないわねぇ。助けてくれた恩もあるし、家までついて行ってあげるわぁ。」
ワタシが言うと彼は驚いた表情になって、その顔がとても面白かった。
「えっえっ…でも、おれが家に着いたら、君が一人で帰る事になるよ?」
「ワタシ、魔法が得意って言ったでしょう?さっきはヘマしたけど、自衛くらいなら出来るわぁ。」
「でも君、陸歩けないんじゃ」
「あぁ、それなら問題無いわぁ。」
一番の問題である、人魚であるワタシが陸に上がれるかと言う彼の疑問に、ワタシが実際に見せてやった。
ワタシがヒトの耳では聞き取れない『人魚の音色』という人魚が出す特殊な声で唱える。すると水に浸かっていた下半身が光り出し、光が治まるとヒレだった体の部位がヒトの足へと変化していた。
「えっすごい!獣人の
「さぁどうかしらぁ?魔法が上達すると自然に出来るものらしいからぁ。」
半分はウソだ。魔法の力を使っているのは確かだけど、意図してヒトの姿になろうと思わないと決して使えないこの変化の魔法。
ワタシは単純にヒトが2本の足とやらでどう動くのか気になり習得した。変化してもやはり原理までは理解出来ずに新たな好奇心の元を探しにこうして陸まで上がって来ている。
そんなワタシの方の事情はともかく、サッサと疲労困憊の彼と連れ添って帰路へと着いた。一体彼はどんな場所に住んでいるのかと思っていたが、辿り着いたのは木製の可愛らしい三角屋根の建物だった。
しかしその家の扉を開けると、見た目の可愛らしさとは裏腹に部屋の中は埃っぽく、壁や天井には薬草という薬草が吊るされ、棚には怪しい光を鈍く放つ液体の入った瓶が敷き詰められていた。
彼も魔法の実験をするとは言ってはいたが、ここまで怪しさが滲み出る場所で行っていたとは思わなかった。
「ありがとう。もう大丈夫…あっそういえば、自己紹介がまだだったね。おれはコリウスっていうんだ。君は?」
部屋の怪しさからは連想し辛い彼は、とても呑気な様子でワタシに自己紹介をした。自己紹介なんてしないでそのまま立ち去るつもりだったけど、どこか期待に満ちた彼の目を見てしまったから、諦めてワタシも名乗った。
「…トリトマよぉ?今度からは気を付けて散策する事ね。」
言ってから去ろうとしたけど、急にコリウスがワタシの手を掴んで引き留めて来た。一体何事かと思い、いきなり掴まれた怒りを含めて睨みつけつつ問いかけた。するとコリウスは真剣な表情でワタシを見た。
「ごっごめん!あの、実は君に頼みたい事があって!」
何を言われるのかと思ったら、なんだか楽しげな話という雰囲気ではなく、背筋が伸びる雰囲気を醸し出していた。どんな言葉が続いて出て来るのか、ワタシは固唾を呑んで彼を見つめた。
「君、魔法に詳しいんだよね!?俺の魔法の実験を手伝ってほしいんだ!」
何かと思えば手伝いの
「実は今やっている実験に息づまっていて、他に魔法に詳しいヒトや手伝ってくれるヒトもいなくて!もう一人でやるのは限界で、どうか俺に人魚の知恵を貸してほしい!」
どうやら切羽詰っているらしく、ワタシの足元に縋り付く勢いのコリウスを見てワタシは妙な高揚感を覚えた。
思えばワタシは海でもいつも一人で行動していた。自分一人で気になった事を調べ、自分一人で結果を出す。誰かの介入も無く邪魔される事も、喜び合う事も無かった。
だからだろうか。こうして誰かに必要とされている事に新鮮な感情が湧き上がって来る。だから私は、もう少しだけこの人間であるコリウスに付き合おうと思った。
「…良いわよぉ?でも、代わりに高くつくからねぇ?」
ワタシは了承すると、彼は嬉しそうにはしゃいだ。傍から見れば大袈裟でまるで子どもの様だ。でもそんな彼の姿を見る事にも喜びを感じる自分が居た。
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