18 清少納言、同人誌即売会に行く

 マロの日々を綴った文章は、書き進めるにつれて熱を帯びていった。人間はどうして理不尽な世の中に流されていかねばならないのか。猫は自由だ、どこまでも自由だ。そういうものになりたい。そういうことを書いた児童文学みたいなものができた。


 とりあえず誰かに見せねばならない。


 友達に見せるのは恥ずかしいし父さんも母さんも本職の文章家だ、きっとすっごいダメ出しが飛んでくることであろう。そういうわけで清少納言に見せてみることにした。母さんが推敲に使っている古いプリンタからがーがー印刷してみて、思ったよりボリュームがなくてガッカリする。


「清少納言さん、これ読んでみてほしいんだけど」


「お? タビトがなんか書いたの? すごいじゃん! どれどれ……」


 横書きの文章だというのに清少納言はさらさらと読んでいく。そして言う。


「面白いじゃん!」


 おお、面白がってもらった。

 それに自信を持ち、今度はマイルドな言動と切れ味鋭いツッコミに定評のある政子ちゃんに読んでもらう。


「面白いね」


 なんと!!!!


「え、そ、それ、お世辞とかでなく?」


「お世辞じゃないよ。面白いなあって思った。特に世の中への怒りの部分、なんていうか……タビトさんってよくも悪くも普通なのはみんな知ってるけど、その普通の人格のなかにこういう怒りがあるんだぁって思うとぐっとくるよ」


 なんて嬉しい反応だろう。僕は泣きそうになった。


「でもちゃんと推敲して誤字脱字を減らさないと。慣用句の間違いもいっぱいあるし」


 僕は別の意味で泣きそうになった。


 ◇◇◇◇


 近所の画材屋さんからもらってきた同人誌即売会のチラシに、「清少納言を囲む会」というサークル名を書き込む。

 サークルカットはゴリ山田がさらさらと1発描きした。すごいクオリティだ。「オリジナル本売ってます」と書き込む。


 印刷代は清少納言持ちで、清少納言以外の面々は最初コピー本で別々に作るつもりだったが全員の作品を集めた本をまとめて一冊にすることにした。

 入稿の手続きは母さんがやってくれた。1週間しないうちに本に刷りあがってきた。

 同人誌は大量に刷ってはいけないという母さんの戒めを守り、「清少納言を囲む会」の面々のぶんと、頒布用に20部刷った。清少納言はいろんな意味でネームバリューがあるので、きっときれいにはけてくれるだろう。


 サークル入場チケットが送られてきた。清少納言はさっそくXにサークル地図をUPし、手に入れたいという人のリプライがドンドコついた。

 楽しみだがちょっと心配だ。サークル入場チケットは2枚しかない、だれが行くかみんなで相談した。


「ここは清少納言さんとゴリ山田だろうよ」


 西園寺の言うことは確かにもっともである。いちばん大きな作品は清少納言の「シン・枕草子」であるし、全編にわたってイラストを入れているのはゴリ山田だ。


「え、お、俺早起き苦手なんだよ……日曜日はゆっくり寝たくて……」


 ゴリ山田、おまえも低血圧だったのか。政子ちゃんも同じらしい。西園寺はううむと悩んだ。


「じゃあタビトと清少納言さんがいいんじゃないの? 一緒の車で出られるわけだし」


 西園寺、お前は責任を僕に押し付ける気だな。自分について言及していないところをみるとそういうことらしい。もしや会場にも来ないのではあるまいか。


 とかなんとかやっているうちに同人誌即売会当日になった。朝起きてくると清少納言はユーチューブで学んだというヨガのポーズを取っている。マロはヨガには驚かないのであった。


 母さんが仕込んでいた勝負メシのフレンチトーストを食べた。父さんはまだ寝ている。母さんの車に本を積み、同人誌即売会に出撃する。


 市内の結婚式場の駐車場には、いわゆる痛車というやつに乗った人とか、推し活グッズだらけのリュックを背負った人とか、ロリータファッションの人とか、でっかいカートを引きずった人とかがたくさんいた。この小さな田舎の街のどこからわいてきたのだろう。


「あ、タビト、お願いがあるんだけど……ドールさん展示してるサークルさんとかあったら、許可もらって写真撮ってきて」


 母さんになにやら変なことを頼まれ、僕と清少納言は同人誌を抱えて結婚式場のホールに向かった。


 サークル入場チケットを渡して、首からかける「サークル参加」の名札をもらう。スペースを確認し、母さんに借りたテーブルマットを敷き、本を並べる。頒布物はこの「清少納言を囲む会会報no.1」だけである。


 他のサークルの人もぞくぞくと準備をしていいて、なにやらリアルなお人形を展示している人を見かけた。あれがドールさんというやつか。

 たぶんああいうものはお高いので、うっかり近寄って壊したらいけない。ので遠巻きに様子を見ることにして、一般入場の時間を待った。他のサークルはのぼり旗を掲げていたりでっかいポスターを貼っていたりする。はえー。

 コスプレの人たちも続々と入ってきて、「一般入場開始します!」と放送が流れ、大音量のアニソンが響き渡った。そして清少納言は情報過多で具合の悪そうな顔をしている。


 少ししたら政子ちゃんが来た。すでに同人誌を何冊か手にしている。どういうものかは想像にお任せする。

 ゴリ山田と西園寺も来た。

 こうして同人誌即売会の火蓋は切って落とされたのであった。

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