16 清少納言、買い物をする

 買い物に出かけたいつものスーパーで、なぜか政子ちゃんとばったり出くわした。政子ちゃんはイオンで買い物する派だと言っていたのだが、家族の知り合いに「新鮮な生鮮食品なら地元密着でやってるほうがいいよ」と言われたらしい。政子ちゃんは小さな花屋のスペースにいて、売られているビオラやら観葉植物やらをじいっと見ていた。

 母さんと政子ちゃんのところの小母さんがちょっと距離感のある話し方をしていた。互いに距離感を測っている感じだ。なんというかオタクっぽい。まあ僕もある意味オタクなのだが……。


 そうやっているうちに清少納言がカートのかごに必要な買い物を詰めてきてしまったので、ろくに歩かないうちに買い物が終了してしまった。母さんは歩いて育ててひっこ抜くソシャゲをやっているので、きょうはぜんぜん育たなかったに違いない。

 まあ田舎の民が歩数計ゲームをするほうが無茶なのだ。都会と違って認識されるスポットも少ないし、田舎の民は徒歩3分のコンビニにも車で行くからである。


 母さんの小さな国産車に乗り込み、3人で野菜ジュースを飲む。うまい。

 最近では清少納言もすっかり買い物に慣れて、貨幣制度というものがボンヤリしていそうな平安時代の人間とは思えないほどてきぱき買い物をするようになった。


「政子ちゃんとこの小母さんと、なんの話?」


「あんたと政子ちゃんは仲がいいねーって話。他にも西園寺くんとか山田くんとかとも仲いいですよねって話したら政子ちゃんはオタサーの姫か、ってなってたよ」


 オタサーの姫、て。

 オタクと自認しているのは僕ひとりではないのか。少なくともゴリ山田は美術部のオタク軍団を見て入部をやめたし、西園寺は「これはオタク趣味じゃない。教養だ」と言い張りながら毎週漫画雑誌を買っている人である。

 政子ちゃんはオタクなんだろうか?

 まあ古典文学オタクみたいなところはあるな。大河ドラマも大好きなようだし。


 買い物を終えて家に帰ってきた。母さんが丁寧に車庫入れする。父さんは車庫入れが下手なのでいつも父さんの相棒のミニクーパーをよけるていになってしまう。


 父さんの書斎ではどうやら爆音でクラシックを流しているようだった。クラシックって爆音にしたら意味がないのではないだろうか。それもモーツァルトみたいにわかり良いやつでなく、ワーグナーの楽劇だ。仕事の邪魔ではあるまいか。


 母さんはオーディブルで流行りのミステリを聴きつつ料理を始めた。清少納言はどうぶつの森で遊んでいる。

 僕は真面目に勉強することにした。やるぜやるぜ俺はやるぜと「動物のお医者さん」のソリ犬たちのように心を昂らせ、勉強を始めた。


 小学生のころ僕は勉強のやり方というのがよくわからず、そのせいですこぶる微妙な成績しか獲れなかった。しかし中学校に上がった去年、担任の先生がびっくりするほど丁寧に勉強の仕方を教えてくださったので、めきめき成績が伸びて……中の中くらいの成績が獲れるようになった。

 めきめき伸びて中の中なのだから僕はきっと頭がとても悪いのだろう。僕みたいな人間が就ける仕事ってあるんだろうか。高校は比較的近所のほどほどのところに行くつもりだが、そこを卒業したあと最高の進路は郊外にある医療機器工場だという。

 定年までラインに並んで機械を組み立て続けるのだ。白くて不気味な衛生服を着て、夜勤を続けて……それで僕は幸福なのだろうか。その会社は本当に福利厚生が充実しており、この辺ではいちばん収入が安定しているというが、それで僕は幸せなのだろうか……。

 父さんや母さんや清少納言みたいに、なにかを自分の力で作り出して食べていけるのが羨ましい。僕にはそういう才能がないのだ。ゴリ山田のように絵がうまかったり、西園寺みたいに実家が太かったり、政子ちゃんみたいに賢かったりするわけでない僕は、どうしようもないほど凡庸な人間にしかなれない。


 ドラえもんののび太くんも、中学生になったらこういうふうに悩むんだろうか。

 ああでもあのお話の舞台は東京だから、このクソ田舎よりは選択肢があるに違いない。


 ソリ犬の気持ちは消え失せ、急に笑いが込み上げてきた。クックック……と泣くようにしばらく笑った。


 ◇◇◇◇


 夕飯を母さんと清少納言と3人で食べる。なにやら朝ドラの話をしている。そうか、10月に入れば新しい作品になるのだから、清少納言も最初から観ているのだ。

 いいなあ、気楽で。


「タビト、なにかあった?」


 母さんに尋ねられ、唐揚げを頬張りながら答えた。


「んー、ちょっと考え事してた。結局僕は高卒で工場に勤めるしかできないのかなぁって」


「えらく悲観的なことを言う……きっともっとなにかいい人生があるよ」


 母さんが呑気なことを言う。流石にムカっときた。


「そりゃ若いころから文才のあった母さんならそうかもしれないけどさ!!!!」


 僕はつい大きな声を出した。向こうでマロがしっぽを膨らませている。清少納言は目をぱちぱちしていた。母さんの顔は直視できず、夕飯をほったらかして、僕は2階の自分の部屋に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る