15 清少納言、すごい速さのフリック入力をする
清少納言がなにやらスマホをいじっている。すごい速さのフリック入力だ。令和世代の僕でも追いつけない速度である。どうやらゴリ山田にメッセージを送っているらしい。
「キャハハ、ウケるんだけど」
「どしたの清少納言さん」
「ゴリ山田、筆名もゴリ山田でいいんだって! なにそれ! 草!」
草、て。
そんな話をしていると玄関チャイムが鳴った。インターフォンを覗くと見知らぬ女性が1人でいる。2人だったら宗教のおばさん確定のところだが、1人なら大丈夫ではないか、と判断したらしく、母さんが「はいはーい」と出ていった。なお父さんは書斎で読書している。
玄関から声が聞こえた。
「わたくし虚構管理局のものです。ここに、虚構からの逸脱行為が疑われる登場人物がいる可能性がありますので、接触を図りたく参りました」
「え? ……はあ。まあ、上がってください」
母さんはあっさりその女の人を通した。女の人は上がり込んでくると、清少納言を目ざとく見つけて、なにか仮面ライダーがよく持っている分厚いスマホ風の機械みたいなやつをすっと取り出して清少納言に向け、いじりはじめた。
「……ふむ。やはりですか。あなたを虚構に返還したいのですが、その承諾を取らねばなりません」
「え? あたし虚構じゃないよ? ちゃんと平安時代に生きてたよ?」
「でも清少納言がギャルというのは虚構でしょう。清少納言はギャルではありません。平安時代にギャルという概念は存在しないからです」
「まあそれは確かにそうだ……」
母さんが納得している。平安時代にギャルという概念がないのは当然である。ヨーロッパなんかも修道院で写本を作っていた時代なわけで、西洋にすらギャルという概念はない。
「春はあげぽよ、というのは虚構の清少納言です」
虚構管理局の人はスン……という顔をした。
「いや令和のギャルは『あげぽよ』なんて懐かしい語彙使わないです」
令和世代として反論しておく。
「あげぽよってなに?」
清少納言が聞いてきたので、「爆上げ」みたいな意味だ、と答える。清少納言はやっぱりよくわからない顔をしている。
「ふむ……探知機は反応しているのですが。虚構への強制送還は厳しくなってきましたね……虚構のギャル清少納言は『春はあげぽよ』と言う、というのが基本ですので」
「あの、オタクに優しいギャルというのも虚構ですか?」
母さんが不意打ちで変なことを尋ねた。
「はい、虚構ですね」
「やっぱりか。次回作、『オタクに優しいギャル探偵』っての書く方向で編集者さんと話してるのに」
「虚構のなかにいる分にはいいのです。現実に出てくると問題なのです」
なるほど……。母さんは自信を取り戻したようだった。しかしなんなんだろう、「オタクに優しいギャル探偵」というのは。母さんも時として父さんみたいなわけのわからないものを書く。それは文章家のサガなのであろう。
「とりあえずきょうのところは、航時局との兼ね合いもありますしいったん帰ります」
女性を玄関まで見送る。清少納言は心配そうな顔をしていた。
◇◇◇◇
ゴリ山田の絵を家庭用プリンタのスキャナ機能を使って取り込み、サイズを調節して清少納言のnoteに載せてみた。記事の内容は、これからゴリ山田というイラストレーターがイラストを書いてくれるので、そのイラストのお礼を払いたいのでぜひ投げ銭してね、というものだった。
noteに載せた、ゴリ山田がお辞儀する自画像を見せてもらったのだが、うまくデフォルメしつつパースもデッサンも狂っていないすごい絵だった。アンリ・ルソーより上手い。
なるほど確かにこれなら美術の学校に進むのもアリだなあと思ったが、それは厳しいらしいので口に出さないでおいた。
ふつうの高校から美大という手だってある。それならゴリ山田のところの小父さんが元気になってからなんとかなるかもしれない。
父さんが「よっしゃ、博物館コンプした!」などとのどかに言うのを聞きながら、僕と清少納言と母さんはのんびりおやつを食べていた。母さんお得意のババロアだ、シンプルなバニラ味。
父さんの分も残す? と母さんに聞いたら、「ゲームに夢中のあいだにやっつけちゃおう」ということになった。ちょっとかわいそうだが自業自得である。
案の定、「あーっ!!!! ババロア食べてたの!?!? ボクの知らないうちに!?」と騒いでいるので、母さんが冷蔵庫からメンコちゃんゼリーを取り出して父さんに握らせた。
「うう……珠子ちゃんのババロア食べたかった……侘しくメンコちゃんゼリーたべます……」
父さんはゲームを終わって、ゼリーをちゅるんと食べた。それなりにおいしかったらしい。ニコニコしている。ぜんぜん侘しくない。
虚構管理局の話をすると、父さんは「それは面白いねー」と言い出した。父さんという人は面白いか面白くないかで判断しがちである。
「面白いねーじゃないんですよ宗介さん。清少納言さんがフィクションの世界に送り返されるかもしれないんですよ!?」
「ふむ。虚構を管理する闇の組織……降りてきたぞっ。ごめんね珠子ちゃん夕飯いらない!」
父さんは書斎に猛ダッシュしていった。たぶん作品の着想が降りてきたのだと思われる。父さんは夕飯不要かもしれないが僕らはお腹が減るので買い物に行くことにした。
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