14 清少納言、お礼を約束する

 学校に着いた。

 ゴリ山田がしょんぼりしているので、クラス全員がしょんぼりするという異常事態が発生している。以前ホームルームの時間に絵を描いていたときのクラスメイトの反応で分かるとおり、ゴリ山田はクラスのムードメーカー的存在である。それがしょげているのだからクラス全体がションボリするのもやむなしだ。

 ゴリ山田は絵を描くのが心底好きなやつだ。だから小父さんが元気だったころはなんの疑いもなく県立美大付属高校に入るつもりだったのだろう。入れるかどうかは別として。

 その、将来への明るい希望が砕かれて、ゴリ山田は落ち込んでいる。なんとか元気を出させたいが、なにをしても無駄という気もする。


「元気だせよ。ゴリ山田がしょげてるとクラス全員がしょげるんだから」


 西園寺がゴリ山田の額をつつく。ゴリ山田は深い深いクソデカため息をついただけであった。


「そうだ」


「急にどうしたタビト。お前の霊感は心臓に悪いんだよ」


 西園寺が文句を言っているがそれどころではない。僕は思いついたことをわーっと話した。


「ゴリ山田、風景って描けるか? 清少納言さんのnote、所在地バレを避けるために写真はマロ以外UPしちゃいけないってルールなんだけど、絵だったら大丈夫かも」


 やりがいがあればゴリ山田も元気になるかもしれない。そう思った提案だった。


 それがまさかこんな大ごとになるとは思わなかった。いやそれで済まされることじゃないのだが。


 帰りのホームルームで三者面談のお知らせをもらい、学校から解放された。家に帰ってきて、オーディブルで小説を聴きながらイチジクの甘露煮を作っている母さんと、ムシャムシャとマカダミアナッツチョコレートを食べている清少納言に、かくかくしかじか……ときょうゴリ山田にした提案を話す。


「いいね! 山田くんが元気になれば町内みんな明るいもんね」


「でもそれってお礼とかどうするの? あたしの文章に挿絵を描いてもらうってことでしょ? タダじゃ悪いよ」


 清少納言が面倒なことを言い出したので、ここはやりがいが大事なのだ、と説明する。生きる希望があればゴリ山田は元気になるのではないか、と。


「でも生きる希望じゃお腹膨れないじゃん」


 さすが飢饉や疫病の蔓延した平安時代の人だ、清少納言は現実の話をしている。


「生きる希望があっても、ゴリ山田の行きたがってるコーコーには入れないじゃん。どうすんの」


「じゃあ清少納言、投げ銭からイラスト料出せる?」


「……ううむ」


 清少納言のnoteへの投げ銭は、最近次第に減少の一途を辿っていた。

 父さんは「有料記事書いてみたら?」と気軽に、サラダせんべいなみにかるーく言うのだが、清少納言はタダで読めないものを書くのは嫌なのだという。


 そんな話をしていると玄関チャイムが鳴った。インターフォンを見ると、ゴリ山田と小母さんが、申し訳なさそうな顔をして玄関に立っていた。


 ◇◇◇◇


「ええっ。本当に清少納言さんなんですか」

 ゴリ山田のところの小母さん(息子のガタイの大きさに大してあまりにも小柄で、ちょっとホビットみたいに見える)が恐縮していた。小母さんは暇な時間にブログやnoteを見て回るのが趣味で、清少納言の記事も面白く読んでいたらしい。


 母さんが手製のジャムクッキーを並べて、紅茶を出す。さながらアフタヌーンティーだ。


「息子がそんな、歴史的随筆家さんの文章に絵を描いていいのでしょうか」


「大歓迎ですヨ。歴史的随筆家っつったって、あたしはいまはただのギャルです」


 ただのギャル。ギャルなんて言葉どこで覚えたんだ、と思ったがおそらく父さんの蔵書で「オタクに優しいギャル」みたいなライトノベルを読んだに違いない。


「でも、タダじゃ悪いんでなにかお礼させてほしいんです」


 清少納言はお礼のアテなどないのにそんなことを言う。


「えっ、そんな。とんでもないことです」


「……清少納言さ、最近投げ銭減ってるんでしょ? お礼のアテなんてないのに」


「俺はお礼なんていらないよ」


 ゴリ山田は笑顔になり、スケッチブックを清少納言に渡した。ぺらっと開いてみると、それはそれは達者な筆致で町の風景が描かれている。


「じゃ、じゃあ。挿絵としてゴリ山田の絵を乗っけてみて、投げ銭をもらえたら少しお礼に払う、っていうのは? それならいいよねタビト、珠子さん」


「……この子本当にゴリ山田ってあだ名で呼ばれてるんですか。お父さんにソックリなせいで変なあだ名つけられちゃったのね」


 ゴリ山田の小母さんはくすり、と笑った。きっと小父さんの怪我のことで疲れ、不安に思い、弱っているのだろう。それが少しでも休まればこれほど嬉しいことはない。

 とにかくゴリ山田の絵に出来高制の報酬を払うことが決定して、ゴリ山田は少し明るい顔になった。まあお駄賃程度であろうが、きっとゴリ山田のお小遣いだって減っているのではないか。


「ありがとうな、タビト。本当だったら三者面談のあと、美大付属に行けそうなら近くの絵の先生に習いに行くつもりだったんだ。それもできなくなってな……絵を描くのはコツコツやってたけど、どうも凹んでて、意欲が湧かなくてな。ありがとう。じゃあ……また明日な」


 ゴリ山田と小母さんは帰って行った。母さんが手製のお菓子をぎゅうぎゅうにつめた袋を渡した。喜んでもらえるといいのだが。

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