第二章 清少納言、同人誌即売会に行く
13 清少納言、テレビ体操をする
さて。
清少納言は当たり前みたいに令和に馴染み、当たり前みたいに我が家のお客さんを通す用の寝室で寝起きしている。
まあ我が家にお客さんが来ることなどめったに、いやほとんどないので、特にお客さんの寝室を使われることに問題はない。しかし清少納言が食費などの生活費を稼ぐ方法はnoteの投げ銭だけなので、いささか不安定と言わざるを得ない。
冬のある日、清少納言がやたら早起きをしてテレビ体操をする音で目が覚めた。なるほど、まさに「冬はつとめて」である。
このクソ田舎は冬がヤバい。雪がドンドコ降る。ここのところ暖冬の傾向が続いているが、それでも冬がヤバいのは変わらない。ファンヒーターや石油ストーブを焚くので灯油代がどんどん出ていく。
どうやら清少納言がマロに噛まれているようなので(マロは体操している人間を見るとビックリして噛むのだ)、僕は眠い目を擦り擦り、茶の間に降りていった。
「ちょ! マロきゅん! 噛まないで!」
「うるさいよ清少納言さん……」
「あ、めんごめんご……冬は朝がいいじゃん?」
「もう令和だと火鉢とか使わないんだよ。エアコンとファンヒーターを回すんだから電力と灯油の無駄……っていうか寒っ!」
清少納言はファンヒーターすらつけていなかった。そこに母さんが起きてきた。
「やかましい。そしてなぜ起きてきて暖房をつけない」
「いや、清少納言さんが体操してマロに噛まれてるみたいだったから起きてきたのであって……」
「冬はつとめて」
「はいはい。清少納言さん、マロきゅんは体操している人を見ると噛みたがるから気をつけて」
母さんはファンヒーターをつけた。マロはさっそくファンヒーターで暖まりにいった。母さんが朝食の支度をするのを手伝う。
朝食が仕上がるころ、父さんの寝室から素っ頓狂な悲鳴が上がった。
「タビト、ちょっと見てきて」
僕は父さんの寝室に向かった。父さんは腰を抜かしてへたり込んでおり、部屋の中になにやら奇妙な、やたら小さい戦艦のようなものが浮かんでいた。
『こちら航時局。ここに違法な時間渡航者がいると確認されている』
やたら小さい戦艦はそういうセリフを発する。父さんは腰が抜けたところから立ち直ると、喜色満面の笑顔になった。
「なるほど! タイムパトロールですね!」
そうなのだ、父さんは藤子・F・不二雄の作品が大好きである。ニンテンドースイッチの「ドラえもんのどら焼き屋さん物語」だってF作品のキャラクターがたくさん出てくると聞いて始めたらしい。
『いますぐ時間渡航者を引き渡せ』
清少納言のことであろう。しかし父さんは毅然として言い返した。
「どうして清少納言さんが時間渡航者なんです? 清少納言さんがもといた平安時代にはタイムマシンはおろか時計すらなかったわけで、どうして清少納言さんが違法な時間渡航ができるんです?」
『ふむ。それにも一理ある』
いや、どうしてこんな小学生の屁理屈みたいな話を一理あると認識したのか。
『疑わしきは罰せず、という言葉がある。きょうのところは帰って調査を続行し、確定的な証拠を得たら再び来る』
戦艦はぼああーんと光って消えた。
「はあやばかったあ……朝ごはんなに?」
「味噌汁と白いご飯。あと納豆」
「最高のやつじゃん。納豆納豆ねーばねば」
父さんはるんたるんたと茶の間に向かう。僕もついていく。
全員分の朝食が並べられて、食べるだけになっていた。母さんがこうやって父さんを甘やかすから父さんの生活力はいっこうに向上しないのであった。
「さっきのはなんだったんです?」
「タイムパトロールが出た」
「そんな、ドラえもんのゲームのやりすぎ」
「本当だよ母さん。清少納言さんを違法な時間渡航者だ、って言ってた。でも父さんが論破した」
「論破て……なんて言ったんです」
「時計すらない平安時代の人が、どうやってタイムスリップするのか、ってツッコんだのさ」
父さんは胸を張る。自慢することではないと思う。清少納言は穏やかに、油揚げとなめこの味噌汁を飲んでいる。
「清少納言さんは、どうやってここに来たの?」
「んーわかんない! 気がついたらタビトの部屋の押し入れにいて生八ツ橋食べてた!」
「……ふむ。織田信奈が手羽先やういろうを食べるのに似てるね」
父さんがいつ時代のラノベじゃいという話をした。「織田信奈の野望」は父さんの蔵書にあったのでこっそり読もうとしたのだが、製本がちゃちい上に父さんが読み込んだせいでボロボロで、分解しそうだったので読むのを諦めたのであった。
とにかく僕は中学生だ。いつまでもタイムパトロールの話をしているわけにいかない。家を出る。
ゴリ山田の家、つまり山田惣菜店は秋からずっと「一時休業」の貼り紙がされている。通学途中に出くわしたゴリ山田も元気がない。
「おはようゴリ山田」
「おう、おはよう。……しょげてるだろ、俺」
「うん、どこからどう見てもションボリしてる」
ゴリ山田は似合わないため息をついた。
「県立美大付属高校は厳しいんだと」
県立美大付属高校は県庁所在地にある学校で、ここから通学するのは不可能なので当然下宿を探すことになる。そういう余裕がゴリ山田の家にないのは容易に想像ができた。
中学2年生の冬である。進路も真面目に考え始めなければならない。
その現実がどんどん迫ってくるのがつらかった。
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