12 清少納言、おしゃれなレストランに行く

 noteになにか書くたび千とか万の単位でバズり散らかす清少納言を、世の中のひとが放っておくわけがなかった。

 清少納言のスマホ(もうこれだけでえねっちけーの5分SF時代劇みがある)には、ひっきりなしに書籍化しませんか、と連絡がくるようになった。

 いいじゃん、書籍化すれば生活費くらいにはなるんじゃないのか。noteに家族の話をUPしてえねっちけーのドラマになるまで有名になった人だっているのだから。


「それはきびしいと思うよ」


 父さんは母さんのお土産の雷おこしをかじりながらそうボヤいた。


「清少納言さんは本当に平安時代から来たわけでしょ? この令和の世の中で本を作って食べていくのは本当に難しいことだよ。まあ我が家の場合ボクの才能と珠子ちゃんの才能がそれぞれ神ってるからうまく行ってるわけだけど、もう本を出せば印税で悠々自適、というのは無理じゃないかな。ましてやエッセイだし、平安時代人が書いたというていです……というトリッキーな作風では」


 自分と妻の才能について「神ってる」と言えるこの比野宗介、あるいは穂村宗の豪胆さには敬服するばかりだが、確かに言われてみればその通りなのであった。

 現状、noteの読者たちは清少納言こと清原なぎ子を、「平安時代人のロールプレイをしてエッセイ風のフィクションを書く面白い人」と認識している。清少納言に連絡をよこす編集者も同じ認識だろう。


「それにさ、本を出すってなったら編集者さんとやりとりするわけじゃん? 清少納言さんにできると思う? 少なくともいっぺんは東京に顔出さなきゃいけないんだよ?」


 それも難しそうだ。清少納言はおそらく1人で長距離の移動ができない。新幹線なんか乗ったことがないし、バスだって乗れないし、東京に行ったら確実に迷子になる。


「東京って京の都みたいなもんでしょ? ヨユーだよ」


 清少納言がそういうが、東京は街が碁盤の目じゃないし、車も人もここの比でないほどガンガン動いてるし、巨大なビルがドンドコ建っていて清少納言の情報処理能力ではあっという間に頭が焼き切れると思われる。そう伝えると清少納言はションボリした顔をした。

 とにかく、清少納言の書いたものを書籍化するのはいささか厳しいのでは、と我が家は結論した。

 はた、と母さんがなにかに気づく。


「……noteの投げ銭機能どうなってる?」


「投げ銭?」


 清少納言はポカンとしている。母さんが清少納言のスマホをぱっと見て、「ギャッ」と声を上げた。

 みんなでこわごわ、清少納言のスマホを覗き込む。

 投げ銭がえれぇ額貯まっていた。さすが元祖インフルエンサー。さすが元祖エッセイスト。

 どうやらうるさくて通知を切っていた結果、投げ銭の通知も来ていなかったようだ。


「これ、銀行口座に下ろそう。ちょっと待ってね」


 母さんがスマホをぽちぽち操作して、スゲェ額の投げ銭を母さんの口座に下ろす手続きをした。


「入金されたらみんなでなんかおいしいもの食べにいこうか」


「いいなー! ボク回るお寿司がいい!」


 父さんの発言が完全に未就学児なのはともかく、マロ以外の全員がおいしいものを食べにいく方向で一致した。


 ◇◇◇◇


 清少納言への投げ銭が入金されて、母さんはそれを引き出し、みんなでちょっとおしゃれなレストランに向かうことになった。

 母さんは品のいい和服、父さんは派手目なスーツ、ぼくは制服、清少納言は十二単を着ていくと言い張ったがおしゃれなワンピースを買い与えたら大喜びで着てくれた。父さんのミニクーパーに乗り込む。

 もうすっかり秋も深まり、車から降りると寒いくらいだ。もはや虫すら鳴いていない。

 レストランに入る。予約していた席に通してもらった。


「ここはタブレットないんだねー」


 清少納言はレストランをファミレスしか知らないのでこういうことを言うのであった。

 まあちょっとおしゃれなレストランとはいえ、格式高いフルコースが出てくるわけではない。母さんはフィレステーキを、父さんと清少納言はチーズハンバーグを、僕はカツレツを注文した。

 少し待つと料理が出てきた。ホカホカと湯気をあげて美味しそうだ。みんなでおいしいねおいしいねと食事をした。

 ゆっくり時間をかけてゆっくりと料理をやっつけていく。全員平らげたところでデザートが出てきた。見るからにおいしそうなアップルパイのアイスクリーム添えだ。

 アップルパイとアイスクリームをやっつけ、コーヒーを飲み、みんなで食事を終了して、会計をして出た。清少納言は最近覚えたらしくスマホのメモ帳に「ちょっといいレストランに行った話」のメモをとっている。


 家に帰るとマロがなにやら破壊工作をしたらしく、玄関の壁に引っ掻き跡があった。まあ猫だ、仕方がない。

 さっそく清少納言はレストランに行ってきたレポを書き始めた。僕はその様子を見ながら、ふと思ったことを口に出す。


「清少納言さんは、どうやって令和に来たの?」


「……おん? ごめん聞いてなかった。すんまそん」


「ううん、いいんだ。ちょっと気になっただけだから」


 清少納言はなぜ令和に現れたのか。

 清少納言はどうやって令和に現れたのか。


 それはSF作家の父さんにも、ミステリ作家の母さんにもわからない。分かるとしたら、きっと僕なのではないだろうか。そんな気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る