11 清少納言、スーパーに行く
清少納言と一緒に夕飯を食べて、一緒にぼーっとあつ森を遊んでいると、父さんがばたばたとリビングダイニングにやってきた。目つきがヤバい。
父さんは自分のぶんの夕飯をチンして、ガツガツと食べて書斎に戻っていった。どうやら本気で書いているようだ。
「宗介さん、目つきすごいね……」
「自称憑依型の作家だからね……」
父さんはともかく、僕たちは生きていかねばならないので、食器をざぶざぶ洗って洗濯を回し、洗濯ものを乾燥機にかけ、それから寝た。たしかきょうの深夜だったか明日の早朝だかに母さんが帰ってくるはず。
次の日起きてくると母さんがお土産の雷おこしや東京ばな奈なんかを開陳していた。父さんはウトウトしながら東京ばな奈を頬張っている。もうヤバい目つきでないところを見るときのうの晩から今朝にかけて一気呵成に仕上げたのであろう。マロは寝ていた。
朝ごはんはコンビニで買ってきたおにぎりであった。清少納言に開け方を説明すると、「令和やば!」と喜んでいた。
母さんも父さんも、きょうは寝溜めするらしい。学校の帰りに山田惣菜店に寄ってお惣菜を買ってこよう、とそのときは思った。
学校に着いてみるとゴリ山田が暗い顔をしていた。ひたすら朗らかなキャラクターで売っているゴリ山田には似つかわしくない表情である。
「ゴリ山田、どうした?」
「ああ……うちの父さんがきのうの晩、階段から落ちちまってな、そんで脚の骨を折って……しばらく惣菜屋はできそうにないんだ」
それは一大事ではないか。聞いていた西園寺と政子ちゃんも心配そうな顔をしている。
「ちゃんと保険には入ってるんだろうね? ゴリ山田のところの小父さんが怪我したら一家が路頭に迷うわけだから」
西園寺が口を尖らせる。
「それが父さんも母さんも健康だけが取り柄なもんだから、そういうのをきちんとやってなかったみたいで」
ゴリ山田の家はどうやら大ピンチであるらしかった。
「山田さん、気を確かにね」
「おう……」
政子ちゃんに心配されたらいつものゴリ山田なら喜ぶだろうが、喜ぶ元気もないようだった。これは由々しきことであるぞ。
とりあえず「清少納言さんに令和教え隊」の活動はとうぶん中止することになった。困ったな、きょうの夕飯をどうしようか。
◇◇◇◇
一日授業を受けて帰ってきた。母さんは東京に行っている間録り溜めていた録画を消化していた。
大人になるとどんなにくたびれても長時間寝ることができなくなるらしい。本当だろうか。
「母さん、ゴリ山田のところの小父さんが怪我してしばらくお惣菜屋さん休むんだって。夕飯どうしよう」
「ええ!? まじか!? まじか……チキン南蛮食べるぞーって思ってたのに。そっか、連絡に返事がなかったのはそういうことか」
なぬ? スマホを取り出してみると母さんからメッセージが来ていた。「チキン南蛮キボン」と、オタク成分強めのメッセージが入っている。ぜんぜん気づかなかった。セーフ!!
「え、ゴリ山田くんのお父君怪我したん!? 祈祷しないと!!」
清少納言の感覚では病気や怪我の人が出たら祈祷をするものらしかった。とりあえずいまの時代は病院があって骨を繋いでもらえるのだ、と説明したら「あ、そうなん」と理解したようだった。
「そいじゃあしょうがない、スーパーでお惣菜適当に買ってきてよ。今日は料理する元気ないし」
「わかった」
「すーぱー?」
「この間行ったショッピングセンターってあるでしょ。あそこのもっと小さいの」
というわけで徒歩数分のスーパーに向かう。ここはショッピングセンターと同じ系列の、県内では比較的規模の大きいグループのお店だ。ということは西園寺の親戚が社長だ。なんだか一瞬イラッとしてしまった。
なぜかついてきた清少納言とお店に入る。
「わあ、ショッピングセンターにもこーゆー食べ物売ってるところあるの?」
「うん、ショッピングセンターは一階が食品売り場だけど、ショッピングセンターに行ったときそこは見なかったからね」
というわけでお惣菜のコーナーを覗く。お、チキン南蛮があるぞ。ゴリ山田のところのやつほどおいしそうではないが、まあ文句は言えない。
「へえー。食べ物ってこんな感じで売ってるんだ。令和の食べ物はなにでできてるかわかんない透明なやつに包まれてるんだね」
「こういうのはだいたい石油でできてると思う」
「せきゆ? 油のこと? うっそだー」
チキン南蛮とパックサラダ、それからコーヒーゼリーを買って帰る。帰ってきたら父さんが起きていて、目をショボショボさせながらあつ森をしていた。母さんはそれを後ろから見ている。
「ただいま」
「はーいおかえり。清少納言さん、スーパーどうだった?」
「楽しかった……あっ、それより。ねえ珠子さん、食べ物包んでる透明のやつ、油で出来てるってホント?」
「え、ええっと……どうしたの清少納言さん。ぜんぶじゃないにせよ石油で出来てる部分もあると思うけど……」
「まじか……よし、書く!」
清少納言は毅然と、キーボードを出してきた。そして何か文章を書き始めた。
本当に、自分の体験したことは、すべて文章の題材になるのだなあ。清少納言はあっという間にnoteの記事「食べ物包んでる透明なやつが油から出来てるとか信じない」を書き上げ、それも激しくバズったのであった。
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