10 清少納言、ゲームをする
平安時代人の清少納言にとって、この令和の世の中は情報過多ながらとても面白いものであふれているようだ。
ある日学校から帰ってくると、父さん監督のもと清少納言がゲームをしていた。遊んでいるのは父さんが「いやあ後輩になんで遊んでないんですかって詰められてさ〜」といって中古で買ってきて放置していた「あつまれどうぶつの森」であった。いっとき家族で遊んだがみんなすぐ飽きたのだ。
なるほどこれなら基本的にミスするということもないしのんびりと遊ぶことができる。もう流行からだいぶ置いていかれたゲームだが、清少納言には関係ない。なんのゲームをしても最先端なのである。
「ちょ、なんか岩つついたらお金出てきた!!!!」
「ほら、連打だよ連打! Aボタン連打! よーしうまいぞ! やったー!」
父さんのゲーム英才教育はともかく、これをきっかけに父さんと清少納言はテレビを巡って対立することになる……かと思いきやそんなことはなかった。父さんもあつ森がぶり返したのだ。ドラえもんのゲームを放置してあつ森に夢中である。
そうやっている間にも母さんが本を出し、東京にサイン会をしに行ってしまった。父さんはさすがに尻に火がついたのか、難しい顔をしていることが多くなった。
とある休日、清少納言に訊かれた。
「ねータビト、なんで宗介さん、最近ずっと難しい顔してんの?」
「父さんはこれでも小説家だからね……そろそろ真面目に書こうと思ったんじゃない?」
「え、あんな難しい顔してて物語なんて書けるの? おかしきことこそめでたけれ、じゃないの?」
「まあ父さんの小説はおかしきことこそめでたけれとは別の方向性だからなあ」
父さんはハードSFを書く人だ。半ば論文のようなものから、銀河系規模で秘密戦隊ゴレンジャーが活躍しているみたいなわけのわからないものまで、作風は幅広い。
「まあいいや。タビト、なんかしてあそぼーよ」
清少納言とゲームすることになってしまった。
ずいぶん久しぶりにスイッチに触った。一緒にあつ森をぼーっと遊ぶ。僕のキャラクターは髪が寝癖になっていた。
遊んでいる僕の膝に、マロがよっこいしょと乗っかってきた。
大変、平和であった。
「あのさタビト。気分転換に牛丼食べにいかない?」
父さんがヤバい目つきで書斎から出てきた。清少納言がちょっと怯えている。
「いいと思う。どうせ父さんに料理させると大変なことになるから」
「言うねー。清少納言さんもそれでいいよね?」
「牛丼、って、牛の肉?」
「うん。四つ足は食べたくない?」
「んー、こっちに来てからしょっちゅう四つ足と思われる肉食べてるしねえ」
すでに理解していたのであった。まあ大河ドラマなどを見るかぎりでは、昔の人も山で捕れた肉なんかを食べていたのであろう。
昼のちょっと半端な時間、ピークを過ぎて空いているすき家に入る。父さんは躊躇なく3色チーズ牛丼を、僕と清少納言はふつうの牛丼をそれぞれ全員並で注文した。
父さんはあの不愉快なネット発祥の言葉を知ってからも、「だってこれおいしいじゃん」と言って躊躇なくチーズ牛丼を注文する。僕もそうしたいが、やっぱりネットで悪口として「チー牛」と言われているかぎりは注文する気になれないのであった。
「チーズ牛丼おいしいのに。悪口なんて言うやつには言わしときゃいいんだよ」
父さんはここのところずっと考えごとをしていたのでちょっと口が悪い。
「チーズっておいしいの? あたしよくわかんないんだけど」
「ボクはお酒をあんまり飲まないからチーズを食べる機会があんまりないんだねえ。おいしいよ、牛丼に乗っかっててもおいしいし、ハンバーグからてろーりと流れ出してもおいしいよ」
「まあ要するに牛乳を発酵させたものだから……ああ、母さんたまにチーズケーキ焼くでしょ。あれだよ」
「なるほど! あのちょっと臭うけどおいしいやつかあ! で、なんでタビトはそれがいやなの?」
そんな話をしているとあっという間に牛丼が出てきた。ありがたくいただきながら、チー牛という概念について簡単に説明する。
清少納言はよくわからない顔をしている。
「つまりタビトは、その悪口を言われるような人になりたくない、ってコト?」
「そうだね……もうなってるけど……」
「だってタビト、それはアメリカの若者がゲイだと思われたくなくて女性アーティストの曲を聴かないのと同じじゃないかい」
父さんがこれまた切れ味のいい反論をしてきた。牛丼をのろのろ食べながら、なにか言い訳を考えるものの、いま言い訳をしても父さんは論破モードに切り替わっているのでたぶん無駄だ。
「なにか特定の行為をしないことで、それをする集団に属さない、と証明しようとするのは虚しいことだよ。どんどんチーズ牛丼を食べてやればいいんだ」
「宗介さん、情報が多過ぎて頭痛い」
清少納言は頭痛を催した顔で牛丼を食べている。
牛丼を食べたあと、僕たち3人は山田惣菜店に寄り、ササミチーズカツとチーポテ春巻きを買って帰った。マロが「それはもしかしておそうざいですか!? おそうざいですね!?」という顔をしていたのでお惣菜はマロの開けられない戸棚にしまった。
早く母さん帰ってこないかな。この生活力皆無コンビと暮らすの、ちょっと疲れたんだけど。僕が家事の結構な部分を回してるんだけど。
父さんは夜のけっこう遅い時間まで書斎に閉じこもっていたので、僕がお惣菜をチンした。清少納言は「チーズ、おいしいね……」と、わかった顔をしていた。
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