9 清少納言、ぬいぐるみを欲しがる

 まずはこのクソ田舎の街でいちばんの文明である、2階中央の無印良品に向かう。東欧風のぼんやりした音楽が流れている。

 できた当時はすごい賑わいだったが、いまではぱらぱらと買い物客がいるだけだ。清少納言は楽しそうな顔で、不揃いバウムやウエハース、レトルトカレーなんかを見ている。


「すごいね、見たことない食べ物がいっぱい」


「平安時代の人なら見たことないよね……ごくごくありふれた食べ物だよ、令和では」


「ごくごくありふれてるか? 無印のカレーってちょっと高いだろ。うちじゃ食べないぞ」


 ゴリ山田の物価高が直撃した意見に一同うむ……となる。


「無印のカレー、おいしいのは認めるけどもっと安くておいしいものはいっぱいあるよ」


 西園寺のお坊ちゃんセリフはともかく、同じフロアの書店に向かう。雑誌と文房具でギリギリなんとか保たれているような書店だ。


「すご! えねっちけーのてれびの本がいっぱい!」


 清少納言はえねっちけーのテキストに夢中で、囲碁講座のテキストや趣味の園芸のテキストを見ている。


「こんな書店があるんだ……なんでこんなにBL小説が充実してるんだろう……」


 政子ちゃんの聞いてはいけないセリフを聞いてしまった。頭のなかのバックスペースキーを連打する。清少納言が政子ちゃんに聞く。


「びーえるってなに?」


「娯楽としての男色の恋物語」


 政子ちゃんがまた変なことを言い出した。また急いで頭の中のバックスペースキーを連打する。


「へえ……そーゆーの好きな人ってやっぱりいるんだ」


 なぜナチュラルに馴染んでいるんだ、清少納言よ。


 書店は書架の多くを漫画と雑誌に割いており、政子ちゃんが行きたがるような書店ではないようだが、清少納言は楽しそうに雑誌をぱらぱらめくっている。

 清少納言は比野家で暮らして、印刷技術というものの存在を知っているので書店にはさほど驚かなかった。グーテンベルクさんが可哀想だ。


 続いてまた3階に戻り、フロアの半分くらいを占めるダイソーに向かう。最近の100均の商品はかなり凝ったものが多い。しかし清少納言は「……ふーん」というリアクションであった。さすが平安貴族、安っぽいものに興味はないらしい。

 ただスマホスタンドを見て「これ欲しいな……」とつぶやいていたので、洋服代の残りから買ってあげた。確かにいままで清少納言はテーブルの上に乱雑に置かれたものにスマホを立てかけて文章を書いていたので、あれば便利だろう。


 そのままゲーセンに向かう。うるさい。クレーンゲームを見て清少納言は目をキラキラさせている。

 西園寺が1発で、清少納言の欲しがっていたちいかわのぬいぐるみを取ってくれた。西園寺はゲーセンが好きらしく、初心者が遊ぶにはハードルが高い音ゲーを超カッコよくノーミスクリアしてみせた。


「家に兄が趣味で買ってきた筐体がいくつかあるけど、やっぱりゲーセンでやる音ゲーは最高だね」


 西園寺のキザスマイルをスルーして、次はどこにいこうかな……とみんなで顔を突き合わせた。ゴリ山田はカーレースのゲームをやりたかったようだが、清少納言を見るとまさに情報過多で疲れた顔をしていたので、静かで休めるところにつれていこう、ということになった。


 そういうわけで一階のフードコートで、不二家のソフトクリームをつっつく。うまい。

 でも相変わらず店内には洗脳ソングが流れているし、ときおり「食欲の秋です!」みたいに購買意欲を煽(ろうとす)る店内放送も聞こえる。ぜんぜん静かじゃない。


「清少納言さん、大丈夫ですか?」


 政子ちゃんが心配そうな顔をする。


「うん、女房生活を思えばそんなにしんどくない」


 しんどかったのか、女房生活。


「中宮定子さまという太陽みたいな推しがいても人間関係って難しいからね。令和より人間の関係も面倒だったし、しきたりとかもいっぱいあったし。日野家を見て、ああこうやって気楽に暮らしていいんだ、って思ったもん」


 清少納言はソフトクリームをぱくぱく食べる。


「よおし。随筆のネタいっぱいできた。帰ろ」


 清少納言が帰りたがっているので、「清少納言さんに令和教え隊」はその場で解散となり、僕はミスドに寄って家族で食べるドーナツを買って帰った。もちろんお金は清少納言の洋服代として持たされた中から支払った。


 家に帰ってくると、父さんはマロとソファでぐうぐう寝ていた。母さんは夕飯を仕込んでいる。


「ただいま。ドーナツ買ってきたよ」


「おかえりー。いいね、ドーナツ。コーヒー用意しておやつにしよっか」


 実はソフトクリームを食べたとは言いづらいのだが、僕は中学生なので食欲は人一倍ある。


「え、タビトさあ、冷たくて甘いの食べたじゃん。そふと……なんだっけ? ああ、ソフトクリーム」


 これはもう完全に、清少納言が枕草子に書いたやつであった。ちょっとだけイラッとする。


 父さんが「ドーナツですか!? ドーナツですね!?」と起きてきて、ドーナツタイムと相なった。

 清少納言はドーナツをおいしそうにモグモグ食べて、コーヒーを飲んでから、スマホスタンドを出して執筆活動を始めた。


「このドーナツってやつ、頭がよく回るね……! コーヒーは頭が冴えるね……!」


 そして「平安時代人がショッピングセンターとかいうところに行ってきた」というnoteの記事は、今週いちばん読まれた記事に選出されたのであった。

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