8 清少納言、ショッピングセンターに行く

 政子ちゃんが焼きリンゴを品よくフォークで切り分けてモグモグと口に運んで、なにか思いついたらしく手で口元を隠した。


「ここはひとつ、清少納言さんを遊園地に連れて行ってみるべきだと思うの」


 遊園地。

 そんなものない、このクソ田舎に遊園地などない。そう言うと政子ちゃんは「えっ、県庁所在地にあるんでしょ?」とよく分からない顔をした。


「県庁所在地にあることはある。でも電車にせよ車にせよ片道2時間かかるし電車で行くとなると往復で切符代が4000円くらいかかるうえに駅からはバス移動しなきゃいけない」


 僕がそう言うと政子ちゃんはショックを受けた顔をした。


「ば、バスはさすがに県庁所在地ならどこまで行っても300円とかそんな感じよね?」


「残念だったね、県庁所在地も距離で料金が変わるよ。廃止になってる路線も多いし、値上がりしてるんじゃないかな」


 西園寺が答える。政子ちゃんはまるでインドの山奥に連れてこられたような顔をしている。


 流石にそこまで田舎扱いされると田舎の民とてプライドが傷つく。

 しかしそうなのだ、政子ちゃんは今年の5月に転校してきて、このへんの田舎ぶりをよく知らないのである。転校してきてすぐのころ、ジュンク堂がなくて書店というとMOAである、と教えたときのショックを受けた顔たるや。


「うそでしょ……じゃあ動物園、動物園は!?」


「それも県庁所在地だな」


 ゴリ山田が焼きリンゴをかじりながらそう言う。


「そんな……そんな文化果つる地だったなんて」


「文化果つる地じゃないよ、ボクと珠子ちゃん……穂村宗と片岡宝が住んでるんだから」


「そんなこと言ったって宗介さん、必要な資料を片っ端からアマゾンして、結果いわゆるコノザマして激怒してることめちゃめちゃ多いじゃないですか。そもそも文化果つる地だからアマゾンなんてものに頼らなきゃいけないんです。イーホンくんの使える書店が閉店してからずっとそうじゃないですか」


 母さんの冷静なコメント。そうなのだ、父さんはしょっちゅう編集者さんに「資料が届かなくて設定すら書きはじめらんないんですよ〜」と言い訳をしては「そんなら東京にご家族と越してこられたらいいじゃないですか」と言われている。

 父さんは基本的にここに根を下ろしているヒトなので、東京まで行くのに在来線で新青森に着いてから東北新幹線に乗り換えねばならないここから動く気はない。母さんはいちおう東京のヒトだが、惚れた弱みで引っ越そうと言えないだけだ。


「ところでさー、宗介さんと珠子さんって結婚はなにきっかけ? ご両親の紹介?」


 清少納言がいらんことを聞く。


「東京で出版社のビルに行ってエレベーターに乗ってたら途中で故障しちゃって、1時間くらい2人で閉じ込められて、ボクが頼り甲斐のある男前な行動をしたら珠子ちゃん惚れちゃってさ」


「違います。エレベーターのなかでオロオロして泣いてる宗介さんを見てひたすら心配になって、この人を助けて生きていこうと思ったんです」


 その現場には当事者2人しかいないので、どちらが正しいのかはいまだに謎なのだが、僕は母さんの説のほうが信憑性があると思っている。


「……そうだ。ショッピングセンターに清少納言さん連れて行ったら?」


 僕ははたと思いついてそう提案した。このクソ田舎には、イオンなんかが進出するよりずっと前に建った地元企業のショッピングセンターがあり、そこは撤退することを考えていないのでエレベーターのある三階建てだ。

 中は最近テナントが減ってちょっと寂しい感じだが、いちおう不二家が入っていたり花屋が入っていたり、小規模ながら書店が入っていたり、洋服を売っているお店も入っていたりする。なんとクソ田舎なのに無印良品もある。

 清少納言は相変わらず母さんのお下がりを着ているので、連れて行ってジャストサイズ、たぶんSサイズの洋服を買ってあげたらきっと喜ぶに違いない。


「え、ショッピングセンターって、あの怪しげな建物?」


 政子ちゃんのツッコミのキレがよすぎる。西園寺がうむうむと頷いた


「あのショッピングセンター、支配人がぼくの従兄なんだ。グループの社長はぼくの伯父さんだよ」


 珍しくガチで西園寺の親戚であった。


「おう、いいじゃねーか。ゲーセンも入ってるしな」


 ゴリ山田もその案でOKのようだった。


 そういうわけで「清少納言さんに令和教え隊」と清少納言は、ショッピングセンターに向かった。もちろん母さんから清少納言の洋服代を受け取った。

 政子ちゃんはふだんちょっと離れたイオンに買い物に行くらしく、ショッピングセンターに来るのは初めてらしい。


「だってイオンなら全国変わらない味のものが売ってるから」


 政子ちゃんはそう言い、キョロキョロしながらショッピングセンターに入る。入るなり洗脳ソング的な昭和風のテーマソングが流れていて、政子ちゃんは顔を引き攣らせた。

 引き攣る政子ちゃんをよそに、清少納言はばーっと進んでいった。そしてエスカレーターを見つけた。


「なんこれ! 階段が動いてる! やば!」


 清少納言よ、声が大きい。エスカレーターでとりあえず婦人服売り場に向かう。婦人服売り場は3階でけっこうな面積をとって営業しており、清少納言に政子ちゃんが服を当てて選ぶ。

 そしてゴリ山田が買った服の値札を引きちぎり、母さんの服は僕が預かってリュックに入れて、令和でもおかしくないファッションの清少納言が出来上がった。

 僕らはそのままショッピングセンターを徘徊することになった。

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