7 清少納言、海洋堂の社長みたいなことをする

「どどどどうしよう、朝からスマホずっとピコンピコンしてる……うるさい……!」


 反響が大きいことよりスマホの通知がうるさいことが気になる清少納言に、母さんがきのう仕込んだ炊き込みご飯を配りつつ、通知の切り方を説明した。


「あっほんとだ、静かになった」


 清少納言は安心したようだった。みんなで炊き込みご飯をつっつき、文筆業者1号2号は仕事を始めるようだ。僕は学校に行く支度をした。マロは二度寝するらしい。


「ねえ、あたしはどーすればいいの?」


「家でなんか書いてたら?」


「えっだってネタないもん」


「しょうがないなあ、きのう買ってきたちょっとお高いポテチ食べていいよ」


「ぽてち……?」


 こうなることを見越して買ってきた、ふつうのポテチより40円高いポテチを戸棚から出してやる。父さんが目ざとく見つけてポメラを放置して食べにきた。マロが起きてきて父さんのポメラを覗き込んでいるが、もしかして踏んづけているのはバックスペースキーではなかろうか。


「要するにこの間のフライドポテトのイモ、ジャガイモを薄切りにしてサクサクに揚げたやつ」


 父さんが説明してくれているので、僕は急いで学校に向かった。そのあと「マロきゅんなにしてるの?!」という父さんの悲鳴が上がった。


 ◇◇◇◇


 政子ちゃんが眠そうな顔でホームルームを聞いている。窓際の席にいるゴリ山田は退屈そうに、ノートにやたらクオリティの高い落書きをしていて、僕の斜め前では西園寺が真面目に先生の話を聞いていた。


「おい山田。なに書いてる」


 担任のコワモテの体育教師がゴリ山田のところにつかつかっと歩み寄り、ゴリ山田が落書きしていたノートを取り上げた。

 この先生はよくこういうパワハラまがいのことをする。いやパワハラだな、いっぺんそれで小説を朗読されたオタクの女子がいて、その女子は完全に心を閉ざして学校に来なくなってしまったのだが、それはともかく。


「……なんだ? これ……」


 ゴリ山田が描いていたのは清少納言の顔であった。めちゃめちゃ似ている。しかも絶妙に美化してあり、モナリザもかくやである。


「知り合いのきれいなお姉さんッス!」


 ゴリ山田は朗らかに言った。クラスがどよめく。クラスメイトたちはゴリ山田にきれいなお姉さんの知り合いがいる、というのがショックだったようだ。


 あまりにクオリティが高いので、もうホームルームで落書きをしないという条件でノートは返却された。安堵する。

 そしてホームルームののち、1時間目の支度をするタイミングで、クラスメイトたちはみなゴリ山田の席に群がった。


「なんでゴリ山田にきれいなお姉さんの知り合いがいるんだ!?」


「それはタビトに聞くとわかるぞ!」


「タビト!?」


 クラスメイトがぞろぞろと僕の方にくる。まいったな。この間の変なジャパニーズ・プリンセスだ、と説明する。清少納言だと言ったらややこしくなりそうなので黙っておく。


「はいみなさん席について。授業始めますよ」


 国語教師の「初老ジャパン」が現れた。「初老ジャパン」というのはこの国語教師がどう見ても初老だからである。定年前だから60にもいっていないのだが。


「きょうはみんなで短歌を作ってみましょう。のびのびと自由な発想で、楽しくやればオーケーですよ」


 初老ジャパンはとてもゆるい授業をすることに定評がある。みんな適当に三十一文字を捻り出し、政子ちゃんが作った百人一首からの本歌取りの短歌がたいそう褒められ、きょうの国語の授業は終わった。


 人にはそれぞれ違った才能がある。

 だからきっと僕にもなんらかの才能があるはずだ。


 そんなふうに考えながら授業を一つずつ真面目に受けた。そして帰る時間になった。

 僕たち「清少納言さんに令和教え隊」は全員帰宅部なのでぞろぞろと部活に向かう、つまり家に帰る。なおゴリ山田は美術部に入りたかったそうだが、美術部のオタク女子軍団を見て入る気がなくなったらしい。


 ◇◇◇◇


 ただいまーと家に帰ってくると、父さんが「おかえりー」と答えた。小さいころはよそのお父さんが仕事にいく、というのがよく分からなくて、友達に「お父さんは家にいるんじゃないの?」と言って「タビトくんちって変だね」とよく言われた。

 父さんは実にのんびりとまたドラえもんのゲームで遊んでいた。楽しそうだが母さんの録画消化タイムが遅くなりやしないか。


「たまに母さんにテレビ譲ってやりなよ」


「だいじょーぶ。えねっちけープラスとてぃーばーがある」


 はあ、さいですか。

 母さんはその通り、パソコンにイヤフォンを繋いでえねっちけープラスで朝ドラを観ていた。9月である、どうやら今期の朝ドラもクライマックスらしい。

 清少納言のほうは必死で執筆活動をしていた。ポテチをはじめとした令和のお菓子について書いているようだ。仮面ライダーガヴか。


「清少納言さんさ、あんまり頑張ると疲れるよ。適度に休まないと」


「だいじょぶだいじょぶ。しんどくなったら別の人の随筆読むから。このnoteってやつ便利だね」


 そんな、海洋堂の社長の「模型の疲れは模型で癒す」みたいなことを本当にやる人がいるとは。

 でもきっと平安貴族の娯楽なんて書物とか蹴鞠とかそういう感じだったのだろうし、文章の疲れは文章で癒す、をやっていてもおかしいことはなにもない。


 玄関チャイムが鳴った。インターフォンを覗くと「清少納言さんに令和教え隊」の面々が揃っていた。

 きょうは何をするのだろう。とりあえず中に入れると、作戦会議をすることになった。母さんがこうなることを見越して仕込んでおいた焼きリンゴが出てきて、会議は踊り始めた。

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