6 清少納言、バズる

 父さんだけちょっと不満な夕飯ののち、比野家の面々はてんでに風呂に入ったり読書したりし始めた。母さんは最新の海外ミステリを読んでトリックの研究をしており、父さんはじつにのんきにニンテンドースイッチの「ドラえもんのどら焼き屋さん物語」で遊んでいる。父さんの建てたどら焼き屋さんは無秩序に座席や売店や装飾の置かれた、カイガラムシ的有機増殖巨大ショッピングモールになっていた。

 僕がやったらもうちょっと片付いた店になると思うのだが、父さんはそういう細かいことを気にしない。よく言えばなんとも大らかで稚気あふれる人物だと言える。ちなみに父さんはA型なので父さんというサンプル一つで血液型占いは外れていると断言できるだろう。


 清少納言はブルートゥースキーボードをカタカタといじり、なにやらメモ帳に長文を綴っている。清少納言の膝の上にはマロがいて、くあーっとあくびをしている。


「何書いてるの?」


「んー、ファミレスに行ってきた話!」


 なるほど、清少納言は本物の文筆家なのであった。己の体験したことは全て文章のネタなのである。なんと業の深い人種だろうか、文筆業者というのは。


 ◇◇◇◇


 つぎの日曜日、「清少納言さんに令和教え隊」の面々と清少納言は近くの公園に集合していた。校則でカラオケボックスには誰かの親がついて行かねばならないし、中学生の小遣いでファミレスに毎日溜まるのはちょっと厳しい。

 なお西園寺はお金持ちの子だが基本的に「欲しいものをその場で親が買ってくれる」スタンスなので、あまりお金を持っていないことも多いのだそうだ。

 なおこのクソ田舎では高校に進学しても「1学期に赤点がなくて、服装などを注意されたことがないもののみ、夏休みのアルバイトを学校の許可を得た上でOKする」というクソ面倒なシステムがついて回るのだ、と、西園寺が兄から聞いた話として言っていた。自由な校風の、市内ナンバーワンの進学校でこうなのだからよその様子は想像できる。


「で、枕草子令和版はどんな感じなんです!?」

 政子ちゃんが前のめり気味に尋ねて、清少納言がスマホを取り出す。

 清少納言のスマホのメモ帳には、平安時代人が初めてファミレスなるところにいき、初めてマンゴーパフェなるものを食べたレポが赤裸々に、いや赤裸々ってほど赤裸々じゃないけど、とにかくそういうことが綴られていた。

 僕とゴリ山田と西園寺は斜め読みであったが、読み終えた政子ちゃんが唐突に泣き始めた。


「令和の時代になっても、心の中の中宮定子さまは生きておられるのですね……!!!!」


「そうだよ、身罷られても永遠に推しだよ、定子さまは」


 よく分からないがなにやら感動的な話らしかった。


「これ、どこかに発表しましょうよ」


「発表……とな」


「カクヨムはどうだい? ぼくのパパの友達のいとこがカドカワの社長の友達の友達でね、サイバー攻撃でエライコッチャになったけどカクヨムは動いてるって言ってたよ」


 西園寺よ、それはパパの知り合いとはいわんのだ。


「カクヨムってなに?」


「スマホとかパソコンから小説とか詩とか随筆を乗っけて、みんなに読んでもらって、感想とかいいねみたいなやつとかをもらえるやつ」


「なにそれおもろ! 帰って宗介さんに……いや。珠子さんに相談してみよ」


 清少納言は小走りで家に戻っていった。

 僕たちは解散することになった。僕はコンビニでポテチを買い、家に戻ってきた。


 比野家の間取りはドラえもんののび太くんの家に似ている。父さんが「ドラえもんののび太くんちみたいな家を」と言って建築屋さんに発注したせいだ。

 ただし現代風に、リビングとダイニングの間には壁やふすまやしょうじを作らないで広々とした印象にしてあるので、わりかし狭い家だが特に不自由はない。


 家では母さんが台所仕事をしていた。どうやら昼ごはんを作っているようだ。きのう早々に喫茶店から引き上げてきたということはもう原稿はぽちっと送ってあるのだろう。

 父さんは仕事をサボってまたどら焼き屋さんという名のショッピングモールを建築している。僕は中学生になってからあんまりゲームをしていないので、小学生のとき僕が買ってもらったニンテンドースイッチは完全に父さんのオモチャにされている。


 清少納言は母さんの台所仕事を手伝いながら、随筆をUPする媒体とか体裁について相談している。


「カクヨムもいいけどnoteは? カクヨムは基本的に娯楽の読み物が多いし、noteなら平安時代からタイムスリップしてきた、って設定で書いてることにすれば面白がってもらえるかも」


「のーと……ああ、タビトがよく持ってるあれ」


「それじゃなくてネットの……話すより見せたほうが早いね。タビト、パスタ吹きこぼれないか見てて」


 しょうがなくパスタの様子を観る。フライパンで茹でているので麺が半分に折られている。イタリア人が激怒するぞ。


 母さんは自分のスマホを見せて、清少納言にnoteとはなんぞや、と説明した。清少納言は嬉しそうに、さっそくアカウントを作りスマホアプリを入れ、とやっている。現代に適応するのが早すぎる。

 そのあとみんなでパスタをすすり、清少納言は服にソースを飛ばしまくった。


 そしてついに、その日の午後「平安時代からやってきた清原なぎ子」というユーザー名で、エッセイ「平安時代人がパフェを生まれて初めて食べた話」というエッセイがUPされ、とんでもなくバズってしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る