5 清少納言、ファミレスに行く

 政子ちゃんの「枕草子令和版」を読みたい、という文学少女全開の願いから発足した僕たち「清少納言さんに令和教え隊」は、発足した週の土曜日午後に、清少納言をファミレスに連れていった。


「なにここ、すごーい。なにあの猫みたいなの」


「配膳ロボットです。機械の猫が食事を運んでくれるんです」


「へえー。すごいねー」


 通された席につき、全員分のドリンクバーと、パフェやらパンケーキやらシフォンケーキやらあんみつやらを発注した。清少納言はメニュー表を見て目をむいた。


「なんこれ、見たことないお菓子がいっぱいある!」


 まあ平安時代に比較して多種多様なお菓子が存在しているのは当然のことだ。清少納言はしばらく考えてから、ゴリ山田に勧められてマンゴーのパフェを選んだ。

 それを、政子ちゃんが店内用のタブレットを操作して発注する。なおこの「発注」という言い方は、僕が小さいころ父さん母さんが喜んで見ていた「モヤモヤさまぁ〜ず」が由来である。


 少しして配膳ロボットが注文したものを持ってきた。一気にテーブルの上が賑やかになった。みんなでつつく。ちなみにゴリ山田はドリンクバーで錬金術をしている。それはともかく。


 清少納言はパフェを一口食べて、「うま!」と声を上げた。

 随筆は書けるが食レポは苦手らしく、ずっと「うま……うま……!」と言いながらマンゴーパフェをモグモグと食べている。幸せそうなのでヨシとしよう。


 僕はシフォンケーキをハーブティーで流し込むという女の子みたいな食べ方をしていて、ゴリ山田はマンゴーパフェをクジラのようにゴヘゴヘ食べている。西園寺は「まあまあいけるね」とか言いながらパンケーキを食べていて、政子ちゃんはあんみつをぱくぱくやっつけている。


 大変平和であった。


「令和の時代って、歌作ったりしないの? テレビ? とか見てても散文ばっかりだよね」


「和歌は短歌の形式が生き残ってますけど、だれでも日常的に詠むものではないですね」


 政子ちゃんが寒天を飲み込んだ。


「え!? じゃ好きな男とかできたらどーするの!?」


 一同よく分からない顔になる。「清少納言さんに令和教え隊」はわりとそういう色恋とは無縁の面々だからだ。


「そういうのは……面と向かって『好きです、お付き合いしてください』って言うんだと思いますよ」


 西園寺がパンケーキでフルーツソースをすっと拭いて口に入れる。


「ええ!? そんなの恥ずくない!?」


「令和じゃ短歌贈るほうが恥ずかしいと思うぞ」


 ゴリ山田がパフェをワシワシ食べる。


「ええ……令和むり……」


 そういう話をしながら、清少納言の「はじめてのファミレス」時間は過ぎていく。

 一同食べるのを終了し、ファミレスは夕方を過ぎて若干混んできた。会計して店を出る。清少納言はお札を見てしみじみと「きれいだねー」と言っていた。

 確かに紙幣というのはきれいだ。印刷技術の結晶だからである。清少納言が紙幣のホログラムや透かしにひとしきり感心したあと、とりあえずファミレスを出た。


「じゃあ次どこ行く?」

 西園寺が空を見上げる。薄暗くなってきた。秋は陽が暮れるのが早い。


「わたしそろそろ帰らないと」


 政子ちゃんは帰るらしい。ゴリ山田も頷く。


「俺も帰って家の手伝いだ」


「じゃあぼくも帰ろうかな。ママが心配してるといけない」


 西園寺が腕時計を見た。なんでこいつは中学生なのに、見るからにお高そうな腕時計をつけているのか。


「それなら解散でいいかな。じゃあまた」


 バラバラになってそれぞれ家に帰ることとなった。


「パフェ、どうだった?」


「なんかよくわかんないけど、黄色い果物がバチクソにおいしかった」


 平安時代の人間にとって、マンゴーはやはり異様においしいものなのだと思われた。


 家に帰ってくると母さんの姿がない。父さんに聞いたら「さあ」という実に頼りにならない返事をされた。ノートパソコンがないところを見ると、どこかで編集者さんと話すか、普段と違うところで書いたりしているとかだろう。

 僕には編集者、という仕事がなんなのかよく分からないのだが、Xでフォローしている好きなライトノベル作家が「編集者をダメ出しする人みたいに思ってる人がいるけど、実際はそうじゃなくて文章をよくして、その上あちこちとやり取りしてくれるすごい人ですよ」と言っていたし、別のライトノベル作家が「編集者さんが戦士として前衛で戦ってくれるおかげで、魔法使いである作家はイオナズンを撃てる」とも言っていた。

 ポケットでスマホが鳴ったので引っ張り出す。どうやら母さんは気分転換に近くの喫茶店に行っていたようなのだが、思いのほかアッサリ仕事が終わったのでこれから帰ってくるようだった。


『そういうわけでお夕飯は山田くんちのお惣菜です』


 それを父さんに話すと「ヤッター!!!!」と嬉しそうな顔をした。ゴリ山田の家のお惣菜はどれもうまい。母さんの手料理もおいしいけれど、山田惣菜店の惣菜はなんというか「プロが作った」味がする。

 少しして母さんが帰ってきた。手には山田惣菜店最強の惣菜「ピーマンの肉詰めフライ」があった。ちょうど追加で揚げたところに通りかかったのだそうで、まさに揚げたてだ。


「なんか超いい匂いする!」


 清少納言はソワソワしている。マロも脂の匂いにソワソワしているがピーマンの肉詰めフライには玉ねぎが使われているから食べさせられない。父さんだけ、「なんだ……ピーマンか」という顔をしている。父さんはいいオッサンなのにピーマンが苦手なのである。

 そういうわけで夕飯の時間だ。食器を出し、食べ物を並べ、みんなでモグモグした。

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