4 清少納言、泣く

 現代の情報過多に苦しむ清少納言にスマホを与える僕の父さんはドSなのではないか。母さんとふたり怯えた顔になりつつ、スマホの使い方を清少納言に教える父さんを観察する。ルンバがすいーっと入ってきたが清少納言には令和の猫にでも見えるのかリアクションはない。


「えっ……これ文字、無限に書けるの!?」


「それ『紫式部のスマホ』の公式さんが言ってたやつ!!」


 母さんがツッコむ。清少納言はしばらく難しい顔をした。

 なおご存じない方のために説明すると、『紫式部のスマホ』というのはえねっちけーが大河ドラマとコラボして作る、全8話くらいの5分SF時代劇シリーズのひとつで、歴史上の偉人がスマホを持っていたら……? というドラマである。

 このシリーズの見どころは絶妙に現代のスマホのアプリそっくりなアイコンでそっくりな挙動をする「FUMI(たぶんLINE)」や「筆シブ(たぶんピクシブ)」などの画面なので、画面から目を逸らすことができない。


「紫式部……かあ。あいつ根暗だよね」


 そういえば清少納言と紫式部はライバルだったとかそうじゃないとか諸説ありますだったな。


「皇后定子さましか勝たん! だよ。あたしは永遠に皇后定子さまとの爆アゲな日々を書き続けるよ。根暗の書いた恋愛小説とか興味ない」


「まあまあ、いまの時代にも面白いものはあるからさ、いろいろ見聞きしてみるのはどう?」


 父さんは適当なことを言い、清少納言のスマホにXをインストールさせた。それが見聞きすることになるんかい。

 まあ実際我が家にはお猫様であるマロがいる、実際に遠出してなにかを見聞きするのは厳しかろう。

 父さんは文章を書きたいという清少納言に、いまはこれを使うんだよ、と以前使っていたブルートゥースキーボードを与えて、あっという間に接続のやり方とローマ字の打ち方を説明した。清少納言は異様な速さでローマ字を習得し、すらすらとエッセイを書き始めた。

 見せてもらうと達者な現代語で文章を書いておられる。はえー。そうこうしていると玄関チャイムが鳴った。


「おーいタビトー。いるかー」


 インターフォンの画面を覗くとゴリ山田が映っていた。おおかたプリントや課題なんぞを届けにきたのだろう。玄関に出ていくと、ゴリ山田と西園寺と政子ちゃんの3人がニコニコ顔で待機していた。


 ◇◇◇◇


 母さんが仕込んでいたババロアが出てきた。ゴリ山田はうまいうまいと結構な勢いで食べていて、西園寺は品よくぱくぱく食べている。政子ちゃんはふるふるふるえるババロアをためつすがめつしつつ、ゆっくり味わっている。

 清少納言は「なんこれ! うっま!」とか言いながらババロアを食べており、文筆業者として仕事をしなければいけないはずの父さんと母さんもババロアをつついていた。僕も呆れながらババロアをもぐもぐする。


「というわけでだ、政子ちゃんの提案で、清少納言さんに現代のモロモロを教えてさしあげよう……、となったわけだ」


 ゴリ山田がときどき発揮するリーダーシップで音頭をとる。清少納言は嬉しそうな顔だ。

 政子ちゃんはババロアを飲み込む。


「山田さんが教えてくれたんだけど、タビトさんのお父様って小説家の穂村宗先生って本当なの? お母様も小説家の片岡宝だって。どっちもたくさん読んでます」


 政子ちゃんは読書家なのだなあ。父さんはSF小説を書いており、母さんはミステリー作家である。早川書房がなくなったら我が家は一家離散しかねない。

 なお片岡というのは母さんの旧姓だ。二人とも照れていた。すかさず政子ちゃんが色紙を取り出して、サイン会が始まったがそれはともかく。


「あ、つまりタビトのところはタビト以外全員文筆業者ってことか」


 西園寺がいらんことを言う。


「マロは猫だぞ」


「猫をカウントするな。猫は働かないだろ」


 西園寺は動物に冷たいのであった。


「いや西園寺くん、イギリスのネズミ捕獲長官ラリーくんというのがいるよ」


 父さんが話をややこしくしたが、それはともかく。


「で、それをするにあたり清少納言さんのお気持ちを確認しようとなったわけだが」


 ゴリ山田がそう言うと、清少納言は首をかしげる。


「令和を知っていいことある? 無限に書けるのはすごいけど」


「なんと、……随筆のネタになります!」


 政子ちゃんがそう言った。澄んだ目を輝かせている。


「わ、わたし、枕草子のファンで……! 中宮定子さまをお慰めするために書かれたっていう執筆理由がとてもよくて、でも硯に髪の毛入っちゃうと不愉快とか悪口を子供が聞いてて本人に教えると大変とか、そういうあるあるがすごくよくて……! ぜひ令和版の続編を、と思いまして」


「え、今の時代ってスマホでなんでも書けるんしょ? 硯使うん?」


「小学生のときお習字を習ってたんです。そのころは校則とかなかったから髪結ってなくて」


「わーお、読者いるじゃん! あたしの書いたやつ、いまの時代も書き写してるの?」


「こういう本になってるんです」


 政子ちゃんはリュックサックから枕草子の現代語訳の学術文庫を取り出した。至るところふせんだらけだ。


「機械で印刷して大量に製本してるんです。書き写さなくていいんですよ」


「……やばっ! なんか泣けてきた……」


「わかる……わかるよ……ボクにはわかる。書籍化って感動するよね。作家はじめて24年くらい経ってるけどいまだに書いたものが書籍になるとちょっと泣く」


 おっさんの涙目情報はいらんのである。とにかく、清少納言は現代の世の中を見て、新しく随筆を書きたい、と決意したようだった。

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