3 清少納言、スマホを持つ

 僕と清少納言が家に帰ってくると、どうやら学校から連絡がいっていたらしく、父さんは母さんにコッテリ絞られていた。


「賢いからってアルファベットもアラビア数字も分からない人を、中学校に届け物に行かせるとはどういうことです!? 宗介さん、責任もって預かるって言ったじゃないですか」


「珠子ちゃんごめんってば、怒らないで」


「怒ります。タビトだってすんごい迷惑をこうむって、早退けして帰ってくるって言ってるんですから。分かります!? きょうの授業がパァですよ!?」


「うう……お昼にマック買ってくるからゆるして……」


「許しましょう。あ、タビト、清少納言さん、おかえり」


 いやマックで許すんかーい。清少納言は「まっく……?」とよく分からない顔をしている。

 ちょうどきのうの新聞のチラシにマックのクーポンが入っていた。改めて見れば結構な値段だ。秋の定番、月見バーガーを4人ぶん買えば、ふだん母さんが買ってくる食事の材料よりずいぶん高い。

 だが「父さんの買ってくるマック」より魅力的なお昼ごはんはないので、父さんは相棒のミニクーパーをぶいーんと飛ばして月見バーガーを4人前買いに行った。ポテトもつけてもらうことにした。


「ねー珠子さん、まっくってなに?」


「ハンバーガー……あんこの入ってないおまんじゅうみたいなものに、お肉や野菜を挟んだやつを売ってるお店」


「おまんじゅう……? あんこ……?」


 まったく通じていなかった。清少納言が枕草子を書いていた時代は、甘味として砂糖でなく植物から煮出したシロップを使っていた、と何かで読んだ。だからきっとおまんじゅうともあんことも縁がないのであろう。


「まあすぐわかるから。だいじょぶだいじょぶ」


 父さんのミニクーパーが車庫に入る音がした。数秒で父さんはマックの紙袋を手に現れた。本当に月見バーガー4つとポテトを買ってきた。「はじめてのおつかい」で小さいお子さんが買い物に成功したのを見たような気持ちだ。


「うお、なんかいい匂いするし! なにそれ!」


「マクドナルドの月見バーガーだよーん。はいどうぞ」


「令和のひとも月見をするの?」


「まあ形式的に。お供えを並べたりするのは少数派じゃないかな」


 父さん渾身のドヤ顔であった。

 というわけでみんなで月見バーガーを頬張る。清少納言は目をキラキラと輝かせて、もっもっと月見バーガーを食べている。


「清少納言さん、おいしい?」


「うん! こんなおいしいもの食べるの初めて! ありがとう宗介さん」


 それはよかった。一同安堵する。思いっきり四つ足の肉入ってるんですけどね……。


「ポテトもたべてみ。おいしいから」


 父さんがニンマリする。


「ぽてと……?」


「ジャガイモ、っていう外国のイモを細切りにして揚げたものだよ」


「が、外国のイモ!? そんな珍しいものが!?」


「いまは日本の畑でも作ってるからどんどん食べて大丈夫」


「で、では……」


 清少納言はポテトを口に運んだ。指先に塩分が残ったらしく指をちゅぱちゅぱしている。


「おいひー」


 父さんがまたしてもドヤァ……という顔をしている。偉いのは父さんでなくマックの店員さんとマックのフライヤーである。


「さて。清少納言さん、その服装動きにくくない?」


 母さんがそう言うと、清少納言はあたりを見渡し、たしかに令和の服のほうが動きやすそう、と答えた。

 母さんが適当に自分の若いころの服を渡す。母さんは若いころ9号の洋服を着ていた。いまは11号らしい。清少納言は9号でも少し大きいようだった。


「うーん、やっぱし平安時代の人というのはちっちゃくできてるんだねえ」


「これでも十二単よりぜんぜん楽だけど」


「まあその辺はのちのちしまむらにでも行ってきましょうか。清少納言さんは戸籍も保険証も持ってないんだよねえ……」


「それってなにか困るの?」


 父さんが月見バーガーをもぐもぐしながら呑気に言う。母さんは目をむいた。


「保険証があるから病院とか歯医者さんで3割とか2割とかで診てもらえるんですよ!? 保険証がなかったら10割負担なんですから!」


「えっそうなの!? あれって値引きされてあの値段なの!? あっそうか、それで動物病院でレントゲン撮るとエグい値段なのに人間だとそうでもないのか」


 どういう理解のしかたなのか。

 清少納言は疲れた顔をしている。


「どうしたの?」


「なんていうか……令和、1日に頭のなかで片付けなきゃいけないことが多すぎて具合わるい……きょう半日で一生ぶんくらいいろんなもの見聞きした気がする」


 現代人が1日に浴びる情報の量は、平安時代の人の一生ぶんの量だと何かでみた。諸説あります、なのだろうが、いきなり現代に適応せよというほうが難しいのだろう。


「そうだ、迷子になったとき困るから、ボクのスマホ一個あげるね」


「すまほ?」


 父さんよ、清少納言は情報量が多すぎてくたびれているのだ。これ以上情報を浴びせてどうする気なのか。


 とにかく父さんは意味もなく2台持ちして持て余していたiPhone12miniを清少納言にほいと渡した。ふだんはアンドロイドを使っていて、清少納言に渡したやつはアプリをインストールするときのパスワードを忘れてしまったらしい。顔認証はどうしても嫌なのだそうだ。

 要するにいらないものを押し付けたわけである。データをリセットし、まっさらなスマホが清少納言のものとなった。


 さっそく連絡手段としてLINEをインストールし、家族のグループチャットに加える。清少納言がさっそくメッセージを送ってきた。


「春はあけぼの」


 どこまでも清少納言は清少納言なのであった。

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