エピローグ


 ラズグラドの脅威は去った。

 そしてまた、ルグネツァもいなくなってしまったのである。

「元気出せよ」

 うつむくアールを、アフォンソはしきりに励ました。

「これからどうなるのかな」

「うむ。あの時あの紫の魔石は砕けた。恐らく世界中に散らばっただろう。しばらくすれば、また魔石は採れるようになるだろう」

「そしてまた、採れなくなる日が来る、か」

 いつの日か、また魔石が採れなくなって、ラズグラドのような魔石が現れる日が来ることもあるだろう。そうすれば、別の女神が創られることがあるかもしれない。

「……」

 別の女神か……

 アールは空を見上げて、ルグネツァの青い瞳を思い出していた。

 手のなかには、彼女が置いて行ったあの指輪があった。

「――」

 俺は、俺の女神がいいんだけどな。

「あんたはこれからどうするんだ」

「私か。私はこれからも旅を続けるよ。旅の空が、私の性に合っている」

「短い間だったけど、色々助かったよ」

 アフォンソはアリスウェイドと手を握り合って、またな、と言った。

「私は、親友の墓に行かなければ。やっと仇を取れたことが報告できる」

 ジェルヴェーズが晴れやかな顔で言った。

 それをまぶしげに見て、サラディンはアフォンソに気まずげに言った。

「次会う時は必ず勝って、一本取って見せるよ」

 アフォンソはそれににやりと笑って、

「待ってるよ」

 と言い、彼の手を握った。

 一同はそれで別れた。

「さあ、また二人で旅だ。仲良く行こうぜ」

 言うアフォンソに、ああ、と気乗りしない様子でアールはこたえた。

 次の日の早朝、アールは海辺を歩いた。

 浜を散策していると、あの日のことが思い出された。

 君と出会ったのも、こんな朝だったな。

 あちらの方になにかきらりと光るものが見えて、それを拾うと、日に透かして見てみた。 小さな石のなかを見てみると、それは紛れもなくその内部にちろちろと小さな炎を湛えている。

 ふう、とため息をついて、それを海の方に投げ捨てた。

 手のなかには、あの青い指輪がある。

 思い切ってそれも投げ捨てようとして、とうとう捨てられなかった。

 忘れるにはまだ日が浅いかな。

 もう一度ため息をつく。そして、掌のなかで光る青い石を見る。その青と同じ瞳の色を思い出し、胸が痛んだ。

「……」

 絶望して彼方へ目をやると、魚の死体が落ちている。いや、魚の死体ではない。

「――」

 近くへ寄ると――

「君は――」

 そこには、彼女がいた。

 慌てて揺り起こす。生きているか? 生きている。

「……」

 ゆっくりと、その瞳が開いた。

 アールの胸が一杯になった。

 その目の色は、自分の手のなかの宝石とまったく同じ、深い海の青をしていた。


                                    了

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女神の軌跡 青雨 @Blue_Rain

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