第六章 5
2
事は急を要する。
一同はもう一度ハースヴォン王国に依頼して、艦隊を出してもらうことにした。
彼らは申し出を快く受け入れてくれて、レイラン大陸まで送り出してくれた。
「ジェルヴェーズ」
見送りに出た騎士は最後尾のジェルヴェーズに向かって静かに言った。
「猊下は、いつでもお前が帰ってくる席を用意なさっておられる。戻ってきたくなったら、戻ってこい」
「……」
ジェルヴェーズはそれにはこたえることなく、ぷいっと背を返して歩き出した。そして、艦隊の動力が起こす風に髪を乱されるまま、歩き出した。
艦隊はゆっくりと地上から離れ、消えて行った。
アランゼラ山ははるか北のそのまた北にあり、頭を雲の上に出し、雷を下に聞くという、天空の山とその呼び声も高い霊峰である。
いざアランゼラ山の麓までやってくると、雲はどろどろとなにやら不吉に黒く渦巻き、今にも雨が降らんばかりである。そしてちかちか、ちかちかとあちらこちらで雷鳴が轟き、いかにも雷が落ちそうだ。
その頂きは雲の上で、ここからは見えない。
「――」
アールは眉を寄せて、それを見上げた。
あそこにラズグラドがいるのか。
そして恐らくルグネツァも……
「行こう」
アリスウェイドが低く言うと、アールははっとしてその思いを断ち切った。
山を登っていても、思うことはルグネツァのことばかりだった。
あの夜のルグネツァの吐息、上気していく白い肌、あの深い青の瞳を思い出していた。 崖を渡り、断崖を越え、そうして山の頂上付近に到着すると、そこは緩やかな坂になっている。
「ここから頂に向かおう」
見上げると、尖った山の頂上は黒く渦巻く雲に囲まれて、時々ちかちか、ちかちかと雷が光っている。ごろごろ、ごろごろと不吉に音が鳴った。
ルグネツァ……
嫌な予感がして、アールは足を早めた。
その頃、頂ではルグネツァが一抱えもある巨大な紫色の魔石と対峙していた。
『ようやく戻ってきたな我が娘よ。我が傀儡、我が女神よ』
「ラズグラド、すべて思い出したわ。あなたがしようとしていたこと、あなたが私にしたこと、みんなみんな、ぜんぶ思い出した」
『ならば重畳というものだ。すべてを忘れ、すべてを思い出しというのならおのれの使命をも思い出しただろう。私と共に来い。私の隣においで。この星はもう限界だ。すべてを消し去り、最初からやり直そう。それにはお前の力が必要だ。さあ行こう』
「……」
『どうしたルグネツァ』
「行かないわ」
『なに……』
「私はあなたとは行かない。私は女神じゃない。傀儡でもない。私は私。私は人間よ。私は人間と共に生きる。そしてその選択をした以上、責任を持ってあなたを滅ぼす」
『馬鹿な……創造者である私を滅ぼしたりすれば、お前もただではすまされないぞ』
「わかっているわ。それでも、私はそうしなければならない」
ルグネツァは胸の前で手を合わせた。それにつれて、掌が淡く光る。
『なんと……私に反抗するというのか』
紫の魔石が光った。
『ならばこちらも行くぞ』
ポッ、と魔石の周囲に光が集中した。
ドン、という音が頂のほうから聞こえてきて、一同は顔を見合わせた。
「なんだ……?」
アールは青くなった。
「ルグネツァだ」
アールは走り出した。
「あっおい待てよ」
アフォンソがそれを追った。彼らは走ってそれを追いかけた。
空中で、ルグネツァが大きな大きな紫の魔石と対峙しているのが見られた。
両者とも光に包まれ、時々火を放ったり、光の弾を発射したりして、一歩も譲らなかった。
『なぜだルグネツァ! 私はお前を育て、愛し、慈しんできた。その私になぜ逆らう!』「あなたが人間社会を滅ぼそうとするからよ。確かに人間は魔石を取り尽くした。それでもそれは彼らのせいじゃない。それは自然の摂理。それが人間というものなの」
『ではこの星はどうなるというのだ。されるがままに滅びるのが運命だというのか』
「そんなことでこの星は滅びたりしない。枯渇するだけ」
『貧しくなっていくのを指を咥えて見ていろというのか!』
「それに順応するのがひとという生き物なの」
『たわけが……!』
カッ、と凄まじい雷鳴が魔石に集中した。魔石はその力を吸収し、膨らんでいくように見えた。
「あっ……」
アールが声を上げるのと同時に、紫の魔石から発射された雷がルグネツァの胸を突いた。
それと同時に、ルグネツァの放った雷撃も魔石を貫いていた。
パァーン、という音と共に魔石が砕け、散らばっていった。
ルグネツァはそのまま、真っ逆さまに落ちていった。
「ルグネツァ……!」
ゴゴゴゴゴ、という轟音が轟いた。
「いかん……!」
アリスウェイドが叫んだ。
「避難だ」
「逃げるぞ」
「でもルグネツァが」
「それより自分の心配しろよ」
「行くぞ」
アフォンソに襟首を掴まれて、アールはそこから走り出した。
山はがらがらと音を立てて崩れた。
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