第六章 4


 思い出した。思い出してしまった。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

 瞬く閃光、響く声、轟く雷鳴。

 ルグネツァ、私と一緒に行こう。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

 雷の音、きらめく光、鳴り響くあの低い声。

 ルグネツァ、おいで。ルグネツァ、私の女神。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

 紫の――。

 トントン、と扉がノックされて、ルグネツァはびくりとなった。

「ルグネツァ?」

 アールだった。

「……」

「ルグネツァ、大丈夫?」

「……アール?」

「食事の時から様子がおかしいから、様子を見に来たんだ。気分でも悪い? 平気?」

 彼がじっと扉の外で様子を窺っているのがわかる。こちらがいいと言うまで、決して扉を開けようとしないその配慮の仕方に、ルグネツァは感謝していた。

「ルグネツァ?」

 涙がこぼれてきた。どうしよう。私、どうすればいいの? 頭が混乱する。頭ががんがんする。

 ルグネツァ、おいで。私と一緒に行こう。ラズグラド、嫌。来ないで。ルグネツァ。

「アール……」

「ルグネツァ、泣いてるの?」

 扉の外で、アールが驚いているのがわかった。

「――入ってもいい?」

 思わず手で顔を覆った。おずおずと気配がして、扉が開いた。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

 雷鳴の音、瞬く閃光、響くあの声。

「――ルグネツァ?」

 光を背に、アールが入ってきた。

 ルグネツァ。

 ああ――あの声と、あなたの声が重なる。

 幻だ。

「ルグネ……」

 たまらず、ルグネツァはアールの胸にすがりついた。

「……どうしたの?」

 その肩にそっと手を置いて、アールは小さな声で尋ねた。ルグネツァはただ、泣くばかりである。

 アールはそっと嘆息して、ベッドに腰かけた。そして彼女が泣きやむまで、隣にいた。

「……思い出したの」

 思い出しちゃったの。ルグネツァは泣きながらそう言った。

「……それは、君にとっては良くないことだったのかい」

 涙を啜り上げながら、彼女は言った。

「……うん」

 アールは、その頬を流れる涙を拭いながらそっとこたえた。

「それは困ったね」

 そしてその唇に触れた。そのあと、自分の唇を彼女の唇に重ねた。

「困ったね」

 肌を重ね、吐息を重ね合いながら、ルグネツァは自分のことを話した。アールは、それを聞いた。

 私は、ラズグラドの創造物なの。

 創造物? ラズグラドって、何者なんだ?

 ラズグラドは、雷鳴のなかで生まれた紫色の魔石。とても大きな魔石。そしてこの星の『意志』なの。

 『意志』?

 魔石を取り尽くして、この星はもう限界なの。そしてその星の意志を受けて生まれたのが、ラズグラドなの。ラズグラドはいつしか意志を持って、強大な力を持つようになって、そして、魔石を取り尽くす人間を滅ぼそうとして私を創り出した。ラズグラドは私を操って、人間社会を崩壊させるつもりだったの。私は、ラズグラドの傀儡。ラズグラドにとって私は、女神であり、人形でもあったの。

 すごいな……俺の好きになった子は、女神だったのか。

 ……

 その夜アールが見た夢はふわふわと浮かぶ雲のなかに包まれて、とろとろと温かいものに浸かっているような、なんとも気持ちのいいもので、ずっとこうしていたい、こうしていつまでもいたいというものであった。

 目が覚めた時ルグネツァはもうベッドにはいなくて、枕元にはアールがかつて彼女に贈ったあの青い宝石の指輪が置かれていた。

 思い出したから……瑕がなくなったら、いらなくなったっていうのか。

 指輪を握って、アールは唇を噛みしめた。

「くそっ」

 そして服を着て、やり切れなくなって階下へ行った。

 仲間たちはもう起きていて、食事を待っているところだった。

「よう、ルグネツァは?」

「彼女は……消えた」

 どうしようもない喪失感を抱えながら、アールは苦々しく言った。

「どういうことだよ」

「なにがあった」

「詳しく話せ」

 アールはゆうべルグネツァが彼に話して聞かせたことを一同に話した。

 彼らは、それを黙って聞いていた。

 それを話し終える頃には食事は来ていて、料理はすっかり冷めてしまっていた。

「星の『意志』……」

「ラズグラドが紫の魔石……」

「そんなこと……あっていいのか……?」

「じゃあルグネツァはどこに行ったというんだ……」

 沈黙が広がった。

 ジェルヴェーズが片肘をついて、

「あの子のことだ、自分の運命を受け入れて、ラズグラドと対峙しようとするだろう。あの子は、そういう性格だ」

「私もそう思う」

 アリスウェイドもうなづく。

「じゃあ追いかけよう。このまま黙って見過ごすわけにはいかない」

「でもどこに? ラズグラドはどこにいるというんだ」

「アール、なにか聞いていないのか」

「……ルグネツァはラズグラドは雷鳴から生まれたと言っていた。絶えず雷の轟く山のある場所だと」

「それは、有力な情報だ」

 アリスウェイドが強い声で言った。

「そんな山は、世界では一つだけだ」

 彼はきっぱりと言った。

「レイラン大陸の、アランゼラ山だ」

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