第六章 2


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 七番目の月、蓮の月になった。

 ある晩、立ち寄った街で騒ぎがあった。

「女が一人、殺されたんだと」

「殺された……?」

「ひどいもんで、通り魔だって噂。旦那さんたちも近寄らない方がいいよ」

「ルグネツァとジェルヴェーズは一人歩きをするな」

 アリスウェイドはそう言ったが、

「ルグネツァはともかくジェルヴェーズは平気だろ」

「そうそう。襲われたところで、返り討ちにするのがおちだ」

 と、アフォンソとアールは平気な顔をしていた。

 滞在している間、またも女が殺された。殺し方からして、同じ犯人らしいという。

「……」

 ジェルヴェーズは、なにかを考えている。

「その犯人が捕まるまで、ここにいたい」

 ジェルヴェーズは静かに言った。

「え?」

「ここにいたい」

「――」

 一同はぽかんとして彼女を見つめた。

 およそ、ジェルヴェーズがこんなことを言うとは意外であった。

 望み、というものを、ジェルヴェーズが要求することは、まずない。発言、ということをすることも、ない。物静かな、不愛想な女である。

 その発言にはなによりも重きを置かれたし、仲間たちはその一言一言にいちいち注目した。

 だからこそ、この注文は予想外のものであった。

 アールとアフォンソは顔を見合わせたし、ルグネツァとサラディンは手を止め、アリスウェイドはまじまじと彼女の顔を見つめた。

「いいけど……なんで?」

「なんでも。理由は、犯人がわかってから話す」

「それはいいけど……」

「じゃあそういうことで。私は、でかけてくる」

「あ、ちょ、ちょっと……」

 アリスウェイドだと思ってた。太刀傷が、似ていたから。でも、違うかもしれない。ここに、いるかもしれない。あいつかもしれない。

 ある種の確信が、ジェルヴェーズの胸に去来していた。

 その日以来、ジェルヴェーズは夜遅く帰ってきて、朝早く出て行った。

 そうして、また女が一人、殺された。ジェルヴェーズはその日、帰って来なかった。

 ある霧の深い夜、男がふらふらと出歩いていた。機嫌よく鼻歌を歌い、千鳥足で歩く様を見ていると、どうやらひどく酔っているようである。

 あちらへ行ってはぶつかり、こちらへ行ってはよろめき、そうして歩いていくと、向こうから一人の婦人がやって来るのが見えた。

 男は大声で歌を歌いながら、それをやり過ごした。そして婦人とすれ違うと、一言挨拶を交わした。

「ごきげんよう」

 そしてその瞬間――

 男の目に殺気が光った。

 同時に腰から剣を抜いて、男が婦人を刺した――ように見えた。

「甘いな」

 ジェルヴェーズはそれを易々と弾いて、男に対峙してみせた。

「とうとう見つけたよ。あんたがこのところ辺りを騒がせている通り魔だね」

「な……なんだてめえは」

「あんた……ナタリーという名に聞き覚えは?」

「なん、なんだと?」

「ナタリーという名前には覚えはないかって聞いてるんだよ」

「ああ」

 男はせせら笑った。

「知ってるよ」

 男は剣を弄びながら、

「俺が殺した」

 ジェルヴェーズの空色の瞳が、危険に光った。

 やっぱり……。

「見つけたぞ」

 ジェルヴェーズは剣を構えた。

「親友の仇、取らせてもらう」

 気合の声と共に、ジェルヴェーズは男に突進していった。悲鳴が霧のなかに響いた。



 街を騒がせていた通り魔が世界を股にかけていた殺人鬼であったと聞いて、人々は震撼した。それを倒したジェルヴェーズは、賞賛の的となった。

「最初は、アリスウェイドかと思ってたんだ。あまりにも太刀傷が似ていたもんでね」

「それはそれは。とんだとばっちりというものだ」

「剣聖がそんなことするかよ」

「人は見かけによらないというからね」

「違いないや」

「三年かかって、ようやく探し当てた。これでようやく親友の墓に報告ができるよ」

 ジェルヴェーズはせいせいした顔になっている。

 そのジェルヴェーズの顔を見て、サラディンはあることを考えていた。

 俺は、こんな顔になれるだろうか。

 あの、憎しみに満ちた顔、憎悪に満ち満ちた顔に、なっていないだろうか。あの醜い顔に、なっていないだろうか。

 こんな晴れやかな、なにかを成し遂げた顔に、なれるのだろうか。

 それを知るためには、あることをしなければならなかった。

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