第五章 10


 ルグネツァは、ずっとずっと白い靄のかかった場所にいた。

 アール、どこにいるの? アフォンソ、どこ? みんな、どこにいるの?

 仲間を呼んでも、応≪いら≫えはない。

 突然、どこかで誰かが自分を呼ぶ声がした。

 ――誰?

 その声には、聞き覚えがあった。

 誰なの?

 恐ろしい声だった。自分を支配する、恐怖の声だった。その声は段々と近づいてきて、とうとう自分を包み込んでしまうと、やがてはふくらんでいっぱいになってしまって辺り一面に広がっていくのだ。

 ラズグラドだ。

 そう直感した。

 ラズグラドが、自分を探しに来た。

 ラズグラドに見つかってしまった。

 私とラズグラドは、いい関係ではないのだ。この旅で、自分はそう発見した。逃げなくちゃ。捕らわれないよう、逃げなくちゃ。ああ、ほら、紫色の手が、紫のおおきなおおきな手が広がって、私を包み込もうとしている。

 アリスウェイド、知恵を貸して。ジェルヴェーズ、助けて。サラディン、手を貸して。

 するとあちらから誰かがやってきて、手を差し伸べてくる。

 ああよかった。助けてくれるのね。

 ルグネツァは安心してその手を掴む。

 しかしその手に触れた途端、手は枯れ、やせ細った不吉な形となり、見る見る姿を変えて彼女を捕えてしまった。

 嫌よやめて。誰か助けて。アール、アール助けて。アール。アール……

「アール……」

 誰かを呼ぶ自分の声で、目が覚めた。

 目を開けると、白い天井が目に入る。

 ここ、どこ? アールは? アフォンソは? ジェルヴェーズ、どこ?

「博士、目を覚ましました」

「薬を嗅がせておけ。暴れたら厄介だ」

「しかしこれ以上眠らせると意識がなくなります。意識がなくなると魔導に問題が生じるのでは」

「先ほど城内に侵入者があったという報告があった。その娘をいつでも運べるようにしておけ。その娘は切り札だ。武器でもある。大切な小道具ゆえ、失くすなという国王陛下のお達しだ」

「かしこまりました」

 誰? なにを話しているの? 意識がついていけない。しばらくすると、嫌なにおいのする布が鼻と口に押し当てられた。嫌。やめて。首を振る。

「おとなしくしろ。暴れるな」

 やめて。やめて。アール、助けて。

 すると強烈な眠気が襲ってきて、ルグネツァは眠くなってきた。意識が薄れていく。

「やめろ!」

 遠くの方で誰かの怒鳴る声がして、争う音がした。そして、金属が激しく擦れる音が複数聞こえたかと思うと、

「ルグネツァ、……ルグネツァ」

 となつかしい声と共に、ぺちぺちと頬をやさしく叩く手があった。

「窓を開けろ」

「水だ」

 新鮮な空気が入ってきて、知っている声が聞こえてきて、それから唇が濡れた。水だ。 久し振りに水を飲んだ。

「ルグネツァ。起きて。目を開けて」

 アール?

「そうだよ。俺だ。目を開けて」

 目を開けるって、どうやるんだっけ。それって、なんだっけ。もたもたしていると、なにやらひんやりした感覚が頬に当たった。それでびっくりして、思わず目を開けた。

「……」

 まぶしい……

 ああ、アール。それに、アフォンソがいる。アリスウェイドに、ジェルヴェーズ。サラディンもいるのね。来てくれたのね。

「よかった。気がついた」

 目の前のアールが、嘆息している。

「アール……?」

「立てるかい。さあ行こう」

「じきに追っ手が来る。私が後ろを守るから、逃げよう」

 アールに支えられて、ルグネツァはよろよろと立ち上がった。ほとんど、抱き上げられる形であった。

 こうして、ルグネツァは救出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る