第五章 9

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 城内は、まるでわざとそうしているかのような、迷宮のような造りであった。

 時に行き止まりにぶち当たり、時に同じ場所を何度も通りながら、一同はルグネツァのいるであろう場所を探して王城内を巡り歩いた。

 侵入者がいると知られれば、ひとたび戦闘になった。

 なにしろ国王会議が開催中だから、城内は厳戒態勢の真っ最中である。兵士は見回っているし、魔導師もうろうろしている。

 しかし、まさか抜き身の戦士が五人もいるとは思ってもみないだろう。

「あっちだ」

 アールが物陰から辺りを窺い、合図を出す。汗が額に滲む。いつどこで兵士と戦いになるかわからないという状態が、一同の肉体を極限にまで緊張させていた。

「む、誰だ」

 と、あちらから声がかかって、しまった、とアフォンソが思ったのも束の間、剣を引き抜く音がした。

「見つかったぞ」

 シャッ、という音が、後ろから二回連続で聞こえた。

 V字になった烈風が、廊下を駆けた。

「出た……! V字烈風剣」

 アリスウェイドの必殺の剣が炸裂する。兵士たちが声もなく倒れた。

「こういう時は速さが命だ」

 死体を物陰に隠しながら、アールは、

「でも、こいつらが見つかったら騒ぎになるよ。どれくらいもつかな」

「さあな」

「早くしないと、その内ばれるね」

 ジェルヴェーズがしれっと言う。その過去を聞いたサラディンとしては、まだ彼女をちゃんと見ることができないでいる。

 さらり、さらり、と衣擦れと音があちらから聞こえてきた。

「? なんだ?」

「ローブの音だ」

 顔を上げると、数人の魔導師である。こちらへやってくる。

 誰もが詠唱を唱えているのを見て、アールははっとした。

「ばれたぞ」

 と言うのと同時に、ごおっと風が起こって、彼らは吹き飛ばされた。壁に突き飛ばされて、痛みで身動きが取れない。

「う……い、痛い」

「あ、アール……生きてる?」

「……なんとか」

 その時である。

「貸しなさい」

 受け身を取ったアリスウェイドが、アフォンソの落ちた剣を拾い上げた。

 右手に自分の剣、左手にアフォンソの剣を握り、アリスウェイドはゆっくりと彼らの前に立ちはだかって止まった。

 そしてアリスウェイドは両手の剣を十字に交差させると、

 シャッ!

 という鋭い音と共に空間を裂いた。途端、

 ズザアアアア!

 という凄まじい音がしたかと思うと、仲間たちが目を凝らす暇もなく、魔導師たちは十字の傷を身体のどこかに受けて絶命していた。耳障りな悲鳴、次々と倒れる音。

 サラディンは先に起き上がったアールに助けられ、回廊から少しだけ身を乗り出して階下の様子を見ているアリスウェイドをじっと見つめていた。

 とんでもなく凄まじいものを見せられて、どうしていいかわからないほどの、絶望的な驚愕。剣を使う者ならばなにが起こったかがわかり、あれが何だったかも、一度くらいは必ず話に聞いているはずだ。

「十字裂きだ」

 サラディンはうすい声で言った。

「十字裂きか……まさかこの目で見られようとはな」

 アフォンソが同じようにうかない顔をして呟いた。それだけ衝撃をうけたのだ。

「先代剣聖のドナルベイン・バルタザールもとうとう習得できなかったといわれる幻の技だろう」

 サラディンの言葉に、アールはうなづいた。

 三次元上の任意の一点を二つの物質が同時に占有することは不可能である。よって、どんなに早く手を動かしても右手の後に左手、左手の後に右手が通過することになり、

 シャッ

 シャッ

 音は二度聞こえるはずだが、アリスウェイドの場合は、

 シャッ

 一度である。彼の両手の速さが生み出した剣は、物理学を超越して同時に敵の肉体に直撃するのだ。一度技を放ったら最後、光すら逃げることは不可能である。

「我々がいることが、あちらにわかってしまったようだ」

 彼らの驚きなど知ったことかという態で、アリスウェイドは回廊の下を見ている。そこでは、物々しい様子で兵士たちが走り回っていて、口々になにか怒鳴りあっているのが聞こえた。

「もうこそこそはしていられないぞ。非常事態だ」

「そうなったら、ルグネツァのいる場所を真っ先に隠そうとするんじゃないのか」

 アールは心持ち青くなりながら言った。

「非常事態になったら、俺ならそうする。大事なものなら、隠そうとする。それが人間の心理ってもんだ。大事なものはだいたい、城のてっぺんにあるもんだ」

「そうだな。アールの言う通りだ。ルグネツァは城の高いところにいるだろう、なぜなら、城の高い場所はそれだけ警備が行き届いているからだ。最上階に行こう。我々が侵入していることは敵に知られている。最早遠慮することはない。どんどん行こう」

「そう来なくちゃ」

「ジェルヴェーズ、全開で行け」

「あいよ」

 ジェルヴェーズが舌なめずりをしてこたえた。

 一同は階段を目指して走っていった。

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