第四章 3

ヴラソフ大陸に着いた。

「ラズグラドのことを知っている人がいるかもしれない。片っ端から聞いてみよう」

 ルグネツァはこくん、と息を飲んだ。

 私のことを知っている人が、いるかもしれない。ラズグラドのことを、知っている人がいるかもしれない。

 記憶が、戻る。

 知っていることが、増える。

「……」

 自分が自分でなくなるような恐怖があった。

 首を振る。

 ううん。記憶が戻っても、瑕はなくならない。瑕はそのまま残る。私は私のまま。

「ルグネツァ、行こう」

 アールに促されて、歩き出す。

 それから、あちこちの酒場で聞き込みをした。また、宝石屋は様々な人間が出入りするため、情報が手に入りやすい。

 宝石屋にも立ち寄って、ラズグラドのことを聞いて回った。

「ラズグラド? さて、聞いたことないなあ」

「そっか……ところで、これ魔石じゃないかな」

「どれどれ……惜しいな。ものはいいが、炎が入ってないよ。金貨一枚ってとこだな」

「魔石は扱ってる?」

「買いはするが、売るとなると、もう在庫がないんだよ。どこの宝石屋も同じさ。取り合いなんだ。あちこちで魔石が取れなくなってきて、どんどん値段が高くなって、国と国で奪い合いさ。小さな王国なんかじゃ、今時飛空艦なんて飛ばせるほどの魔石はもう持てないんじゃないかなんて皆噂し合ってるよ」

「ふうん……」

「じゃ、金貨一枚」

「ありがと」

 アールは宝石屋から出て、アフォンソと行き会った。

「どうだった?」

「だめだ」

「こっちもだ」

「他を当たろうぜ」

 どの宝石屋に行っても、どこの酒場に聞いても、答えは同じだった。

「諦めるのは早い。まだ一つ目の街だからな」

 アリスウェイドは杯を傾ける。

「言っただろう。人探しは気長に」

「それもそうだけど、魔石が思ったより採れないのが驚いたよ」

 アールが食べながらそんなことを言った。

「宝石はそこそこ採れる。でも、魔石は一つもない。毛ほども掠らない。こんなの初めてだ」

「魔石って、そんなに採れるものなの?」

 ルグネツァがおずおずと尋ねる。彼女は、そういった世の中の常識をよく知らない。

 アールは腕を組んで、

「そうだなあ。俺は宝石を見つけるのが得意だけど、魔石を見つけたことがあるのは二回か三回くらい。それも、すごくちっちゃいの。それでも金貨十枚くらいになった。あの時は確か赤だったからそれくらいだったけど、一番いいやつで青を見つけた時は、三十枚いったな」

「そんなにするものなの」

 ルグネツァは目を瞠った。

「赤、緑、青、紫の順で高いんだ。紫となると小粒でも金貨何百枚もするんだよ。それくらいになると、もう王国とかくらいしか持ってないんだけどね」

「ふうん……」

 頭のなかで、なにかが光った。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

 なに?

 目の裏が、明滅する。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

「――」

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

「ルグネツァ?」

 目を瞑る。それでもなにかは光っている。

 ちかちか、ちかちか、ちかちか。

 額に汗が浮かぶ。

「どうした?」

 拳をぎゅっと握る。

「……なんでもない」

 ふっと息を吐く。

 光は消えている。

「さあもう寝よう。明日は違う街に行かねばならない」

 部屋に入って一人になると、あの光を思い出す。

 あの光はなんだ? 

 なぜ、あの話を聞いていてあの光が光ったのだ?

 訳の分からない不安が押し寄せる。

 ルグネツァはそれに押し潰されそうになりながら、ベッドに横になった。

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