第三章 親愛なる裏切り

共に旅をしていると、サラディンという男はまったくもって要領が悪く、不器用で、手先の未熟な人間であるということがわかってきた。

 たとえば縄を縛るということ一つにかけてももたもたしているし、崖を渡るのに上空で鳥同士が争っていて、

「お、すごいな」

 と見惚れていてそれを見ながら渡り木を渡るなんてことを平気でしてのけてしまったり、アフォンソの出身のガティミウス植物園のことを知らないなんてことがあったりもした。「世界一の植物園だよ。俺だって知ってる」

「そ、そうなのか。有名なのか」

「有名どころか、常識だよ」

「ルグネツァ、知ってるか」

「彼女は例外だよ。世界地図だって知らないんだから」

「そうかあ……」

 しゅんとなってしまったサラディンを見ながら、一同は酒を飲む。よくこんなんで仇なんか探せたな、とアフォンソは自分のことながら感心する。一人旅など、よくぞできたものである。

 極めつきは、アリスウェイドに関してである。

「アリスウェイド……? どこかで聞いたことがあるような名前だな」

 アールとアフォンソは顔を見合わせ、

「……冗談だろ」

「本気で言ってる?」

 と聞き返し、

「?」

 という顔のサラディンに、

「……本気らしい」

 と唸った。それからしばらくして、

「ああ、剣聖のアリスウェイドか」

 と一人得心がいった彼に、

「親父さんはさぞかし案じながら逝ったことだろうね」

 呆れた口調でジェルヴェーズが呟き、ルグネツァが思わずジェルヴェーズ、とたしなめる。

「いいんだ。確かに俺は父上の目の上のたんこぶだったからな。父上はいつも、俺のことを心配しておられた」

 しんみりとした口調でサラディンが言い、アフォンソはあの日のことを思い出した。

 息子かわいさに大切なことを教えられなかったのが痛恨の極み。

「あ、陸だわ」

 ルグネツァが顔を上げた。

 遠くに黒い大陸が見えてきた。スムスだ。段々と近づいてくるその影は、かすかに煙を吐いているようにも見える。火山である。

 潮風に揺れる髪を押さえながら、ルグネツァはそれをじっと見つめた。

 あれが……私の故郷なの? 火山が故郷って、どういうこと? あそこに行けば、ラズグラドのことがなにかわかるの?

 不安で胸が一杯になる。

 なにかが起こる――なにかはわからないけれど、なにかが。

 ルグネツァは近づいてくる黒い影を見ながら、そんなことを考えていた。

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