第一章 6



 一週間が経って、あれから何事もなくシフォという大きな国に到着した。ずっと野宿続きだったし、新しい年を迎えて初めの月、水仙になっていたから、この辺で休息をしようということになった。

「あったかい風呂に入りたいな」

「そうだな」

 アールとアフォンソは街の風呂屋に行って、野宿で冷え切った身体を存分に温めた。そこでアリスウェイドの肉体を見た二人は、傷だらけの剣聖の身体を見て、歴戦の戦士の身体とはこういうものなのかと唾を飲み込むことになる。

 さて宿を決め、食事の時間になり、酒を飲んでいい具合に腹が満たされて、すっかりいい気分になったところで、明日の朝食の話になった。

「俺はめんたまやきだな」

 アフォンソが言うと、アールが、

「目玉焼きだ」

 と言い直した。ムッとした顔でアフォンソが、

「めんたまやきだ」

 と言うと、負けずにアールが、

「目玉焼きだ」

 と言う。

「めんたまやき」

「目玉焼き」

「めんたまやき」

「目玉焼き」

「めんたまやき!」

「目玉焼き!」

 声は次第に大きくなっていき、両者は一歩も引き下がらない。アリスウェイドは知らん顔で酒を飲み続け、ルグネツァはおろおろとして二人を交互に見続ける。

「めんたまやきだ」

「目玉焼きだ」

 とうとうアフォンソが叫んで立ち上がり、それにつられるようにしてアールが立ち上がった。

「めんたまやき!」

「目玉焼き!」

「やめて二人とも」

 ルグネツァが消え入るような声で止めるが、聞いたものではない。

「止めてアリスウェイド」

「放っておきなさい。男の子にはよくあることだ」

「でも……」

「めんたまやき!」

「目玉焼き!」

「やれやれ」

 アリスウェイドがため息混じりで呟いた時、あちらから酒瓶が飛んできた。それはガシャン、という音を立てて、アフォンソの頭の上で割れた。アールは酒瓶が飛んできた方向を見た。

「うるさい。落ち着いて食事もできない」

 銀髪の女戦士が、不機嫌そうにそこに立っていた。

「静かにできないのか」

 低い、打ち据えるような声。これは、戦場では味方を鼓舞し、敵を絶望させるそれだ。 歴戦の戦士のものである。

「目玉焼きもめんたまやきも同じだ。卵を割ったやつ。どっちだっていい」

 アールもアフォンソもその女戦士の迫力に負けてしまって、言葉が出ない。

「これは失礼。彼らは若いので歯止めが利かないようだ。食事の邪魔をしてしまったね」 女は歩み寄ったアリスウェイドの背格好を見て戦士と見て取ると、

「……あんた、名前は?」

「私か。私はアリスウェイドという」

「……ジェラコヴィエツィエ?」

「ああ」

「剣聖の?」

「そうとも呼ばれている」

「……」

 女はなにかを考えているようである。しかし、そのままぷいっと背を返したかと思うと、さっと二階へ行ってしまった。アリスウェイドはそれを見送り、まだ険悪な雰囲気の自分のテーブルへ戻り、

「さあもう終わりにしよう。明日も早い」

 と言って、そのまま自分も二階へ行った。

 翌朝、アールもアフォンソも無口だった。出てきた目玉焼きを、二人とも無言で食べた。 ルグネツァはどうしていいのかわからなくて、ただただおろおろとして二人を見比べている。

「いいことを教えてやろう。大陸の東では目玉焼き、西ではめんたまやきだ。仲直りしろ」

 と、やってきたのはゆうべの女戦士である。朝日の射すなかで見ると、その瞳は美しい空色であることがわかる。

 アリスウェイドは顔を上げて女を見た。

「思うことあって、あんたの旅についていく。異論は認めない」

 追随を一切認めない口調であった。

 女はそこに座った。

「私はジェルヴェーズだ。ほら、仲直りしろ」

「……めんたまやきだ」

「目玉焼きだ」

「俺は西派だ」

「俺は東流だ」

「それでいいな」

「それでいい」

「よろしい」

 ジェルヴェーズはそう言うと、自分も目玉焼きを注文した。

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