長谷川中央高校。


 あのあとアキちゃんに聞いたら、確かに昔は純華高校だったらしい。

 共学になってからしばらくして制服は一新されて、今私たちが来ている制服になった(それを表すように校舎に新旧の制服が展示されている)。

 それと、実は校舎も新しくなった。

 昔は四つの校舎が列を成すように並んでいた。しかしこの街も少子化の影響を受けた影響で奥二つの校舎が取り壊された。

 その代わりと言ってはなんだが統廃合するように、大きな校舎が古い校舎の真横に建てられている。

 ちなみにだが図書室も、その新しい校舎にある。古い校舎よりも大きくなったらしく、読書好きにはたまらないらしい……とアキちゃんは言っていた。


 私が一年生の時にはすでに古い校舎はなくなり、新しい校舎は完成していた。だから今の校舎の並びが、私にとっては馴染みのある校舎になっている。


 だから実際、昔はこうだったと言われてもあまり実感が出来ずにいた。


 ……それでも勉強に励む毎日というのは代わりはしないが。


「しかし奇遇だね。真田くんの席の隣なんて」

「……まぁ」

「他の水泳部の子たちは大学か専門学校だったから、正直同じ水泳部がいてよかったかな。クラスの友達も専門学校に進学するって言ってたし」

「……まぁ、そりゃな」

「…………というか口数少なくない?」


 私が今いるのは2番目の校舎。

 実習関係の教室は軒並みこの校舎に存在しており、夏期講習の教室はその3階にある広めの教室で行われることになった。

 大きさとしては普通の教室二個分ほどだが、それでも満杯になる程生徒で溢れている。


 すでにみんな席に座っており、仲がいいものはそれぞれ会話に華を咲かせ、見知ったものがいない者は自分の世界に入り込んでしまっている。

 かくいう私も先述した通り、知り合いが軒並み進学なので少々心細い想いがあったのだが……直近で見知った相手がいるのは男子でも心強い。


 アキちゃんの彼氏候補というわけなので、せっかくだから話をしようと試みたものの……どうやらこの男、人見知り気味らしい。


「仕方ないだろ……藤波と話したことはないんだから……」


 しかも、呼び捨て。

 高校に入ると自然とくん付けさん付けになると思うのだが、真田くんはどうも違うらしい。

 距離感がバグってるのか、それとも高校で人付き合いがアキちゃん以外ほとんどなかったのか。

 まぁ、心では思うけど口に出すほどでもないので、指摘はしないけど。


 それよりもまず、私は真っ先に問いかけたいことがあった。


「アキちゃんとは付き合わないの?」

「あ゛っ!?」


 それほどまでに驚嘆する質問だったのだろうか。

 真田くんは素っ頓狂な言葉をあげて、周りから白い目を見られながらも慌てて私に大きな声で否定してきた。


「アキとはそんなんじゃねえよ!」


 ……その呼び捨てがすでに付き合ってることの証明になりうると気付いていないのだろうか?

 おかげで会話をしていたものはひそひそと何かを話し始める。

 おそらく真田くんが誰と付き合ってるかの話だろうが。


「…………ごめん。落ち着いてよ」

「……わるい」


 自分でも何をしでかしたのかが分かったところで申し訳なさろうに、真田くんは顔を俯かせる。


「ほんとごめん。今ので付き合ってないって分かったけど……でもさ。なんで付き合わないの?」

「なんでって……別に藤波に関係ないだろ」

「関係ないって言われたら関係ないけどさ……まぁ、一応ほら、アキちゃんとは義理の家族な訳だし……家族の恋愛事情には首を突っ込みたい的なやつかな」


 本当は家族とか関係なしに個人的に話を聞いておきたいものなのだが、それは黙っておく。


「……あぁ、そっか。藤波ってアキと家族なんだよな」

「義理のね。顔違うでしょ」

「まぁ……それは確かにそうか……」


 真田くんは一度考え込むような素振りを見せてから、まるで意を決したように私の目を見た。先ほどの怒りの様子は一才感じられない純粋な黒い瞳で。


「……アキは俺のこと、なんか言ってたか?」

「何かって言われたら……うーん」


 アキちゃんとしては伝えてほしくはないのだろう。

 アキちゃんならはっきりと伝える性格だ。なにせ家族のことを私に言ったのだから。


「特に何も聞いてないかなぁ。そもそも、真田くんとアキちゃんが仲良くしてるのなんて昨日知ったばかりだし」

「………そっか」


 真田くんは安堵したような、落胆したような態度を見せながら、私にふと問いかけた。


「藤波ってさ。本当のお父さんとお母さん、いないんだよな」


 その言葉には私の方が思わず眉を細めてしまった。

 突然そんなことを言われるとは思っても見なかったからだ。

 だがそのはっきりとした言動は、もしかしたらアキちゃんが私の話をしているのかも知れないと思った。

 だから私は頷いた。


「まぁね。行方不明ってやつ」

「……嫌じゃないか?家族がいなくなるって」

「まぁ……そうかな」


 正直なところ、物心がつく前の出来事だったので私は曖昧に返す。


「俺はさ。嫌なんだよ。身近な誰かがいなくなるのって」

「それは誰でも一緒じゃない?」

「誰でもそうなのかな。身近な誰かが突然消えちゃってさ、いつも通り過ごしてたはずがいつも通りの日々じゃなくなる……みたいなことって」

「確かにそうかもね」


 私は思わず同意してしまった。


「俺の家、父さんが……行方不明で、母さんは俺が生まれてすぐにに死んじゃったんだ。だからなんとなくかな、自分の大事な人っていなくなりがちなことに気付いちゃって。もしかしたらアキもって考えると……嫌なんだよな」

「……別に付き合ったからってアキちゃんが消えることはないでしょ」

「他の人だとそう思うよな。でも俺からするとそう思えちゃうんだよ。大袈裟な言い方なんだけどさ。俺の人生には多分いつも通りなんてないんだよ。だからアキと付き合ったら、多分アキはどこかに行っちゃう気がするんだ」


 それはそうかも知れない。

 不思議と私も真田くんの言動には同意できた。

 家族だからといって、いつまでも一緒にいられるとは限らない。

 私の実の両親もそうだし、アキちゃんだって、おじさんやおばさんだってそうだ。

 いつまでも一緒なわけがない。


「ま、ぶっちゃけいつも通りの日常ってどこにもないよね」


 だから自然と私はそう口にした。


「……藤波もそう思うのか?」

「まぁね。真田くんは人生の言い方を仰々しいって言ったけど、私も正直そう。まぁこの街に住んでたら、そう思わない日はないんじゃない?」

「そりゃそうだよな。そういえば、俺がよく行ってた喫茶店があったんだけど、潰れちゃったんだ。理由は分からないけど」

「もしかして近くの?」

「あぁ。アキと行ってた場所だったんだけど、なくなっちゃってさ。アキも残念そうだったな。藤波とよく行ってたって話もしてた」

「そう、なんだ」


 やっぱりアキちゃんは真田くんとも喫茶店行ってたんだ、という話はさておき。


「真田くんはどう思ったの?」

「俺は単純に嫌だったな……。初めてだったんだ、友達とああいう場所に行くこと。だから思い出がなくなるってこういうことなんだなって思って寂しかった」

「……正直、私も同じ気持ちかな」

「そうだよな、やっぱりそう思うよな」


 悲観的に真田くんは話すが、真田くんはどうも嬉しそうな表情をしていた。

 ……もしかしたら同類がいて、嬉しいのかも知れない。

 確かに私は真田くんとは同類だ。同じく家族はいないし、同じ気持ちを持ち合わせている。

 だけど、そんな会話をする知り合いなんてアキちゃん以外はいなかったのだろう。


 だから同類……というよりそういう友達を見つけたのが嬉しかったのかも知れない。


「でも、真田くん。アキちゃんのことを優先してあげなよ……やっぱりどこかで付き合いたいって気持ちがあるから」

「……アキがそう言ったのか?」

「あ……まぁまぁ」

「まぁまぁ……ってはぐらかすなよ」

「言ったわない」

「なんだよ、その誤魔化した言い方」

「まぁまぁ」

 

 危ない。不用意な発言をしてしまうところだった。

 しかし真田くんとしては、アキちゃんと付き合いたいという気があるらしい。それもそうだと思う。下の名前で呼んでるし。


「アキちゃんはさておきとしてさ。別に付き合ったとしても、何も変わらないと思うよ?」


 ……多分変わるのは私の方。

 アキちゃんのあり方は変わると思う。

 アキちゃんがいるいつも通りの日常ではない、たまにアキちゃんがいるいつも通りの日常。そりゃ家族なんだから、時間を見れば私の方が長くいれると思う。

 でも向き合い方は変わってくる。

 家族と恋人では。

 

 私としてはアキちゃんには真田くんの方を優先して欲しい。

 だってそれが恋愛ってものだから。

 だから、いつも通りどこかに寄って、どこかに遊びに行くなんて、頻度は少なくなる……いや、無くなると思う。


「……なぁ、藤波」

「なに?」

「なんでそんな泣きそうな表情してるんだ……?」

 

 自分でも気付かなかった。

 自分の顔に意識してみると、確かに鼻の先が妙に熱くなるような感覚を覚える。


「大丈夫。大丈夫だから」

「……本当に大丈夫か?」

 

 ……どうして私はここまで泣きそうになっているのだろう。

 いいじゃない。アキちゃんが真田くんと付き合って。

 別に付き合うことに問題はない。真田くんの人となりも少しは見えたわけだし。

 それでも、どこか心にぽっかり穴が空いた気分になってしまうのは……私も嫌なのだろうか。


 変わっていく環境というものが。


「……絶対大丈夫じゃないって。なぁ、保健室行くか?」


 真田くんの言葉に、私は顔を抑えつつ首を傾げた。


「……どうして保健室?」

「いや……だって具合が悪いのかなって」

「なんで真田くんと話してるだけで具合が悪くなるのよ?」

「いや、分からないけど……こういう場合って保健室に連れて行った方がいいのかなって」


 私は真田くんの言葉に、思わず「ぷっ」と小さく吹き出してしまった。


「バカだね、真田くん。こういう時は慰める方がいいんだよ」

「え……慰めるって言ったって……何を慰めればいいんだ?」

「アキちゃんがもし落ち込んでいる時とかあったらどうするつもり?」

「そりゃ……何があったか聞いてから、なんか慰めるけど……正直、藤波が何で慰めてほしいのか分からないんだよ」

「例えばアキちゃんが取られちゃうことの悲しみとか?」

「俺がアキを取る?アキは俺のものじゃない。誰からも取ったりはしないよ。アキは友達……というか親友なんだから」


 私はその言葉で安心してしまった。

 真田くんは本当にアキちゃんと付き合うつもりはないらしい。

 それと同時に、私の心が嫌になってしまった。


 真田くんの言動。

 それは私への当てつけではないかと思えた。


 いつも通りいるアキちゃんを、まるで私はモノのように扱っているようにも思えたからだ。

 

 そしてそれを私は否定は出来なかった。

 アキちゃんという家族がいる日常を、私はもしかして概念として扱っているのではないだろうか?

 ぽっかりと空いた穴に埋める為のパズルのピースのように。

 

 そう思うと、私は自分が嫌になってきた。

 いつも通りの日常が崩れることを嫌う自分の心が。

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