三
ガラス張りのプール。
容赦なく直射日光が降り注ぎながらも、競泳用の水着に着替えた私と小中さんは共に十二分にストレッチをとってからプールに入った。
さすがにプールに入っていないと太陽の光が暑かったのもあるが、ウォーミングアップも兼ねて泳ぐ必要もあったから。
そうして8レーンの区切られた内4レーンを長谷川中央高校水泳部が借り切り、何周か泳いでいく。
私が泳いでいると男女含めた他の水泳部員たちも続々と入ってくる。
体を十分にほぐしたところで先に泳いでいた私たちはプールから上がり、プール側面にあるベンチに座り込んだ。
「おつかれー、カコ」
ちょうどいいタイミングで、二本のペットボトルを握ったアキちゃんがジャージ姿で走ってくる。先ほどのショックからはどうやら立ち直ったらしい。
私は内心でホッとする。
「アキちゃん。わざわざ持ってこなくても」
「泳いだあとの水分補給は大事だよ?ちゃんと飲まないと」
「いつもありがと」
私は差し出された一本のペットボトルを受け取る。
本当に気が利くマネージャーだと、感心させられる。
こんな感じでちゃんと気配りしてくれるから、私も水泳部にいられるんだと思う。
「ちょっとこれ、他の人に持っていくね。ちゃんと適度に水分補給してよ?」
アキちゃんはそう言うともう一つのペットボトルを持ちながら移動していく。
……心なしか浮き足立つような軽い足取りで。
私はてっきり別の友達に持っていくのだろうと思っていた。
しかし、それはどうやら違うようだ。
私の予想は大きく外れ、また裏切られた。
「………ん???」
アキちゃんの足取りを目で追っていくと、そこは私の位置から離れた壁沿いのベンチ。そこには一人の男子生徒がいた。
「え……?アキちゃん……?」
私は思わず唖然としてしまった。
真田早子なる生徒の説明をするとこうだ
私たちと同じ三年生で商業科の男子。
水泳部の実力としては折紙付で、父親が水泳で有名な選手だったということは有名である(私としては至極どうでもいいが)。
しかし性格に難あり、一匹狼のような堅物でコーチとよく喧嘩をする。そりゃあ練習にも来たがらず、周りと打ち解けようとしなければそうなるだろう。
……まぁ私から見れば水泳部を辞めたがってる風にも思えるが、その話はやめておこう。
しかし、真の問題は……真田くんと親しげに喋っているということ。
私はその光景をずっと眺めてしまった。
それはそうだ。アキちゃんはずっと家で見たことないような屈託ない笑顔で話している。仏頂面で寡黙な男子たる真田くんもまんざらではない様子だ。
……もしかして付き合っているのだろうか?
私はそう推測してしまう。そりゃあ確かに、ちょいちょいアキちゃんが別の友人と遊びに行っていることは無論分かっている。
だがその友人が誰だとかは一切知らない。むしろ義理の家族なのだから知る必要もないのだが。
だがもしや……その友人が真田くんだとしたら。
もし、付き合っているのであれば。
私は酷く動揺する。そして連動して心臓の鼓動も早くなっていくような気がする。
落ち着け、落ち着け私。そう思いながらもペットボトルの飲料水を口に含むが、手が震えているようで競泳水着にぼとりと飲料水が落ちてしまう。
落ち着け。
落ち着け、私。何を動揺することがある?
当たり前のことではないか?
アキちゃんにだって私以外の友人は無論、いる。彼氏がいたって不思議じゃない。
それにいつも通りの日常なんて、ない。
そう。ないんだ。
だからアキちゃんがいつかは私の元を去るなんて全然有り得ることなんだ。
「…………ふぅ」
そう思うと、私は急にリラックスできた。
そうだ。当たり前の日常はない。日常はいつも不変だ。
……だけど。いつかはこう言う時は来るんだよな。
私はふと、思ってしまった。
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