第30話 恩義と恋愛は同じジャンルのもの

 私はたっぷり十秒考えた。


 とはいっても、そのうちの九割以上は無心だったのだが、とりあえず忠次の申し出について真剣に受け止め、考えはした。


 その結果、こういうことを思いついたのだ。


 ——待てよ? これは諸外国に対する外交使節団結成と異国歴訪のいい口実となるのでは?


 先に言っておくが、別に忠次の気持ちを無視しているわけではない。それはそれ、これはこれだ。忠次はどのような感情を下敷きにしているにせよ、私を慕ってくれている。むしろ、それについてはもっと熟慮と慎重な付き憑き合い方を必要としている。要するに、認識のズレがあってはならないからちゃんと話し合いをしなくてはならない事柄、ということだ。


 頭を上げて、見上げてくる忠次へ、私は問いかける。


「忠次」

「へェ」

「今、私は二つの事柄を思いついたの」

「二つ、ですかィ」

「一つは、龍化したあなたの存在が外交使節団で必要とされるということ」

「あっしが? いや、姐さんのためになるなら悪い話でもねェと思いやすが」

「もう一つは、あなたの申し出に答える前に、あなたは人間に戻る気はないのか、ということを聞いておかなければならないこと」


 この質問は、ある意味では残酷で、物分かりのいいふうの忠次にとってはなおのことつらいだろう。


 忠次が馬鹿ではないことくらい分かっている。本当に無教養で無節操なギャングラ・ミリュのような人間なら、取り憑いていたベルのふりなんて真面目にしない。私の言うことだって聞かなかっただろうし、何もかもがめちゃくちゃになっていたはずだ。


 忠次は自分で希望を捨てたのだ。もう元には戻れないと割り切って、誰かのためにと奮闘した。現実的ではあるが、なぜそれを選んだのかと言われれば、きっと忠次はこう答えるだろう。


「迷惑をかけちまったお嬢はもちろん、恩義ある姐さんのためにはそれが一番でさァ」


 私は忠次の性分を漠然とだが理解してきていた。他人の気持ちをよく察して、誰かのために怒り、抗う。よくしてもらったなら全力で応えるし、理に沿うならば素直に頷く。プライドよりも道義が重要で、そのためなら無茶だってする。


 まったくもって忠次は子どものようで、清々しいほど。だからこそ、私の問いへの答えが容易に想像できてしまう。


 案の定、忠次は私の想像どおりの答えを返した。


「前にも言いやしたが、あっしはとうに死人でさァ。それに、あのクソ坊主に魂を封じられたときから八十年も経っちまってると分かりゃァ、戻る気もそうそう起きやしやせん。むしろ、人間じゃない龍になっちまったからこそ、この身を目一杯使ってできることをしてェ、そう思いやす」


 私はそれを、鼻で笑う。


「つまりそれは、人間に戻って私と結婚したいとか、そういう気持ちはないということね?」


 思わず口をポカンと開けた忠次は、突如頭を左右にブンブン力一杯振って、それからまた頭を下げてこう叫ぶ。


「致し方ねェ、正直に申し上げまさァ!」

「どうぞ」

「姐さん、お慕い申し上げておりやす!」


 投げやり気味に、恥ずかしさを振り切ったかのような告白だ。風情も雰囲気もあったものではない。


「それでも、あっしはただの遊侠。体もなく、この時代の人間でさえねェ。なら、この半端な龍の身で姐さんのために何ができるか考えたとき、せめて姐さんの傍で尽くしてェと願った次第!」


 はっきりと、忠次はそこまで言って、やっと静かになった。


 忠次は頭を下げたまま動かない。答えを待っているようで、私はその答えをさっきから用意していた。


 私、レティシアはヴェルグラ侯爵家の末娘で、婚約はしていないけれど高位貴族の令嬢としていずれはどこかの貴族と結婚するだろう。安易にロマンス小説の中の恋愛結婚に憧れたりはしないし、結婚は契約で義務だと知っている。


 しかし、それ以上に重んじるべき道理があるとすれば?


 恋や愛には無数に種類がある。そして、


「じゃあ、こうしましょう。外交使節団の目的の一つは、あなたを人間に戻すこと。それが叶ったら、また改めて尋ねるわ」


 つまりはこうだ。今度作られるプランタン王国外交使節団は、国交のない異国との外交と通商を目的とする外遊のための集まりで、同伴する異国の客人——龍の忠次を人間に戻す方法を探すという大義名分もあり、そのために奔走することもある。


 それならば、私は忠次を堂々と連れていける。大義名分があれば諸外国の同情を買うことができて国にもメリットがある。


 望みは薄いだろう。だがそれがもし、実現できたとすれば?


 私にも忠次にも、プランタン王国にも、偉業を成し遂げ凱旋した物語を生み出せるのなら、メリットしかない。


 もちろん、


「もし今回あなたが人間に戻れなかったとしても、また挑戦すればいい。もし私の人生の間に叶わなかったとしても、いつか未来の私の子孫が実現すればいい。それでもいいなら、私についてきてくれない?」


 忠次は頭を上げなかった。でも、涙声でこう言った。


「えェ、一生涯、憑いていきやす、姐さん!」

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