第29話 死が二人を分かつまでと言うけれど
それからの私の活躍もとい暗躍は誰も褒めてはくれないものの、かなり頑張ったと自負している。
「
善意からベルを訪ねてやってきた残寿だが、普通に考えて貴族令嬢のところに深夜異国の旅僧がやってきたともなれば、あらぬ疑いをかけられてしまう。婚約破棄したから相手を呪い殺すために雇った、だとか言われては面倒くさい。なので、ヴェルグラ侯爵家の客人ということにして、一旦ヴェルグラ侯爵家の屋敷に連れて帰るほうがいいだろうと判断してのことだ。ほら、我が家なら男性陣が多いし、誰も私の客人だなんて思わない。
そんなこちらの都合でも、残寿は快諾してくれた。
「承知いたしました。かたじけのうございます」
「いえ、本来ならもっと歓待しなければならないところを、窮屈な思いをさせて申し訳ありません。どうかお気を悪くなさらぬよう」
「心得ておりますとも」
さすが長い旅を経験してきただけあって、年配の僧侶として残寿は懐が広い。
一方で、目を輝かせている忠次はジーッと私の様子を伺っていた。我慢できなくなったのか、こう尋ねてくる。
「姐さん、あっしは? 何をしやしょう?」
とりあえず、現状、忠次にやってもらうことはない。むしろ、今ここにいてもらって一番困る人物だ。
私は思いついたことをそのまま口に出してみる。
「えーと、姿を消せたりしない?」
すでに水色の半透明の体をしている忠次だ。そのまま薄く薄ーくなれば姿を消せそうだ、と思ったのだが、忠次は真面目にやろうとして頭を捻っていた。
そこに、残寿が助言する。
「ほれ、今のお主は
「本当か? んー」
ドラゴンになる。それが今の私には、どういう意味なのか、いまいち掴みきれていない。人が龍になる、という時点ですでに理解がいっぱいいっぱいだ。これもまた明日以降、残寿に聞いておかなければならない。
ところが、忠次は残寿の助言でコツを掴んだのか、「むっ!」と口を真一文字に結んで顔に力を込めた瞬間、体が小さく、細長くなっていった。
それを異国のドラゴンというのだということは、このとき私は初めて知った。枝のような角、鰐のような顔に、鱗をまとった蛇のような体。四肢は短くも爪をしっかり持っており、たてがみはフサフサ、左右に生えた二本の長いヒゲは体長の半分ほどもある。
全体的に水色の半透明の
「できやした!」
——あ、忠次だ、これ。
姿は消せずとも、これなら傍目に人間扱いはされない。いい塩梅に変化してくれて助かる。
「よし、私の首に巻き付いていて。ファーだって言って誤魔化すわ」
「へェ!」
誤魔化せるかどうかはさておき、それしかない。残寿には先にエントランスへ向かってもらい、私はうつらうつらしているベルに小さく声をかける。
「ベル、起きて。せめてベッドで寝ましょう」
「んん……」
先に使用人を呼んできて、ベルを自室のベッドまで運んでもらってもいいのだが——あまりことを大きくしたくない。起きられそうにないベルを前に、私は覚悟を決めた。
しゃがんで、ベルの背中と両膝にそれぞれ腕を差し込み、持ち上げる。
私の力でもベルの華奢な体はあっさりと抱き抱えられ、お姫様抱っこ状態になる。このまま倉庫から出て進み、ベルの部屋までダッシュだ。私は記憶を頼りにブランモンターニュ伯爵家の屋敷を駆け抜け、ベルを天蓋付きベッドに放り込み、布団をかけて起こさないよう速やかに離脱する。
思うところはある。私は貴族令嬢、でも武門のヴェルグラ侯爵家の末娘で、それなりに体は鍛えられているし、遺伝的にも腕力がある。そもそもあの大兄様が兄弟である時点で……と、言い訳は色々思いつくが、私はお姫様抱っこをする側ではなくされる側でありたかった。
——いや、ベルのためだったのだから、落ち込んでいる場合ではない。
私は自分を奮い立たせるように、小声で気合いを入れる。
「これでよし!」
私はそそくさとエントランスに向かい、ベルを心配する使用人へ「ベルは疲れているから休ませたわ。明日また来るから、起きたらしっかり美味しいものを食べさせてあげて」と言いつけて、残寿と忠次を連れて急いで我が家へ戻った。
我ながら、とてもスムーズに、滞りなく色々隠せたと思う。
傷ついた乙女心も隠して、私はため息を何度も呑み込んで、疲れのあまり意識朦朧としながら着替えもせずに自分のベッドに倒れ込んだ……ところまでは憶えている。
ただ、眠っている間も心配事の種について私の脳はしきりに考えていたらしく、全然寝た気がしなかった。朝日を眩しく感じて起き出した私は、ふかふかの枕に全身もたれかかってうつ伏せに眠っている忠次——小さいながらも異国のドラゴンの姿だ——を見て、ああやっぱり昨日のことは夢じゃなかった、と嘆いた。
呆けながら私がツンツンと角を触っていると、忠次は大あくびをして起きてきた。
「ふァー……おはようございやす、姐さん」
「うん、そうね、うん」
小さくても忠次は忠次だ、私の顔色が浮かないことを察してか、上目遣いに気遣ってくる。
「姐さん、どうかしやしたか?」
私は、弱音というわけではないが、つい考えていることをポロッとこぼした。
「えっとね、各方面にどう言い繕えばいいかとか、各人の目的達成の道筋調整とか、色々考えていたら、頭がこんがらがってきたわ」
外交使節団の話、ベルから忠次が分離した話、残寿から聞かなければならない話、ジーヴル子爵家襲撃の件、マント一味やシャリアたちの処遇。
それ以外にも、考えなければならないことはまだまだある。ようやく回りはじめた頭で、私は今日しなければならないことを立て並べる。
「そういえば、大兄様のほうはどうなったのかしら。あとでベルのところにも行かないと。それと、えーと」
——ああ、そうだ。私は目の前にいる、優先しなければならない存在のことを忘れていたようだ。
「そうだ! 忠次、あなたが人間になる方法を探しに行くのよね。残寿さんに話を聞いて、見通しを立てなくっちゃ」
そこではたと、私は気付く。
私はなぜか、見誤っていたようだった。
忠次はするんとベッドから降り、いつの間にか人間の姿になって、床に足を組んで座っていた。さらには少し背中を曲げつつ両手を床につき、私を見上げ、その目はじっと射抜くようだ。
忠次はその体勢のまま、大事な話だとばかりに固い声色でこう言った。
「姐さん」
「何?」
「一世一代の頼み事がありやす」
私の返事を聞く前に、忠次は床にぶつけるほど頭を下げ、先手を取ってとんでもないことを言い放つ。
「この忠次、姐さんに
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