第28話 どんちゃんわたわた静かに暴れる
「いやいや、お二人が探さずとも拙僧が見れば分かりますので、そちらにいてもらえれば」
そんなある意味当然の申し出が残寿からあったので、私とベルは倉庫の隅に座り、じっと残寿の捜索活動を眺めていた。
残寿は骨董品を手に取って確かめたり、金色の細い棒に鈴が付いた何かを近づけてみたり、慎重に忠次の魂の器となりそうなものを探してくれていた。どういう基準で器足りえるのか、私たちにはさっぱりだし、とりあえず任せておくしかない。
私の隣にいるベルは、どことなく楽しそうだ。
「レティ、私、忠次さんとお話がしてみたいわ」
「んー、そうね、自分の中ではできなくても、別の器に移ればできるかも」
「ふふ、楽しみね」
呑気な話ではある。でも、ベルにとっては今の非日常な環境がワクワクするのだろう。
馬鹿な婚約者のことなど忘れ、まったく予想だにしていなかった将来の道に思いを馳せ、不思議なことに触れる。確かに、裕福な貴族令嬢であればそんな七顛八倒な人生は本来なかったはずだ。
そういう意味では、ベルは忠次には感謝の気持ちがあるのかもしれない。すでにお友達感覚かもしれないし、いや絶対お友達になろうとしている。その気持ちは分かる、私だってもう忠次に「姐さん」と呼ばれることに違和感を覚えなくなってきている。
周囲に迷惑をかけておきながら不謹慎ではあるが、私もベルも『楽しい』のだ。まるで物語に出てくる冒険をしているかのようで、悪いドラゴンも囚われのお姫様もいないけれど、異国の風情やてんやわんやの騒ぎ、次々起こる出来事への対処、どんどん進んでいく物事に、どうしたって心が弾む。
私たちは、貴族として生まれ、社交界に生きて、政略結婚の道具となって、後継を産んで、嫁ぎ先の家門を守って老いて死んでいく運命にあった。私がお転婆でベルがお淑やかで、なんて属性はごくごくちっぽけなもので、どう足掻いても与えられた
しかし、今、私たちは物語の
それが——いつまでも続いて、私たちは私たちだけの物語を歩むことができれば、そんなふうに願わずにはいられない。貴族という特権階級で生まれもって与えられた義務と責任どおりに、私たちだけの独自の運命を選び取れるなんて、贅沢にもほどがある。でも、やりたいのだ。私たちは、与えられた役割をこなす
その思いは、叶うのだろうか。
私もベルも、そうなればいいのにと願っているからこそ、ワクワクしている。
だから……——。
「そういえば、忠次という名がどこかで聞き覚えがあると思いましたが……あれは確か、伊州動乱のときに旗頭として叫ばれていた遊侠の名ですな」
残寿は思い出したように、木箱の中身を探しながら、手を止めずに語りはじめる。
「お二人はご存じないと思いますが、八十年以上前に我が国の伊州でやくざ者たちがお上とぶつかり合った大騒動がありまして。その者たちが言うには上総鉄次郎の後継者と目されていた忠次という遊侠がいなくなったために、一国を揺るがすほどの動乱となったのです」
私とベルは、顔を見合わせる。
ベルは「何のことかしら」という顔をしているが、私は思い当たる節があった。
上総鉄次郎、忠次が初めて私と出会い、名乗りを上げたときに聞いた名前だ。うろ覚えだったが、残寿の言葉ではっきりと認識できた。
——え、待って。八十年以上前に、忠次がいなくなったから、大事件が起きたの?
何となく、嫌ーな気配が漂ってきていた。
「そりゃどういう」
「あー! はいはいそういうことね!」
「姐さん、何が」
「忠次!」
「へ、へェ」
「いい? これから私とベルは使節団に入る、つまりプランタン王国を代表する外交使節として異国を旅するの。それは忠次の故郷へ行くときも同じ、そんなときにあなたはどうしたい? 自分がいなかった間のことを知って、それから?」
「それから……?」
「復讐が目的なら、私たちはあなたと一緒に行けない。でも、本当にそんなことをあなたは望むの?」
「それは……いェ、姐さんのご心配のとおりだ。あっしは、死んだ人間だ。今更何があったってかまうこたねェ。姐さんやお嬢に迷惑をかけちまうような真似ァしねェと誓いやす」
「ごめんね!!!! でも、ありがとう!!!!」
「は、はァ……姐さん、どうかしやしたか?」
「何でもないわ! そういうわけですけど、何か見つかりました?」
何事もなかったかのように私は残寿へ進捗を尋ねる。
しかし、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「ございません」
「えっ!?」
「残念ながら、ここに魂の器として見合う品はない模様です」
「そ、そんな」
散々っぱら倉庫をひっくり返した結果がそれとはあまりにもひどい、ベルなど眠くて座ったままうつらうつらしている。
忠次の魂を入れる器がないとなると、見つかる場所まで最速で向かうしかない。残寿にもついてきてもらって、外交使節団で……などと私が思考を巡らせていると、残寿は木箱から手のひらサイズの筒状のものを取り出し、私の目の前に持ってきてこう言った。
「ただ、方法はまだあります。我が師匠がそのような手抜きをするわけがない、そう思っておりましたところ、やはり見つかりました。これです」
これ、つまり筒状のそれは、緑青色の木とも金属ともつかない円筒形のものだ。手のひらに収まるサイズで、何やら見知らぬ文字が一列刻まれている。
その文字を、残寿は指差して読む。
「
また何やら分からない言葉が並ぶ。私は必死に言葉を翻訳して、それがどういうものかを理解しようとして、一つの疑問に辿り着いた。
「
私の横で、ベルが「くしゅん」と小さなくしゃみをしていた。もう完全に寝落ちしている。
「説明するよりも、やってみせたほうがいいでしょう。魂の同化も始まっていると聞きますし、時間がありません」
「それはいいですけど、ベルは大丈夫なんですか? 何か問題が起きるとかそういうことは」
「ない、とは言い切れません。しかし、やらないよりはずっとマシです」
それもそうだ、と私はそれ以上追い縋ることはしなかった。
残寿はベルの左手のひらに円筒状のそれを置いて、聞き取れない言語の呪文のようなものをつぶやく。
手のひらから、血流が昇ってきたかのように筒は赤く染まる。血ではない、赤く光る何かだ、それは筒の中へと脈打ちながら入っていく。
おぞましい光景のようで、神秘的でもあり、私はひたすらにベルのことが心配だった。やがて、筒全体が赤く染まると、残寿はベルから離して——あろうことか、筒をバキッと折った。
何をやっているのか、驚く私は息つく暇もなく、筒の割れ目から現れた
「いったあああ!?」
「すいやせん、姐さん!」
——へ?
謝られた。私は頭をぶつけた相手を見る。
そいつは床にのたうっていたが、シャキッと立ち上がり、膝を突いて頭を下げていた。ボサボサの頭の後ろは鳥の尾羽のように一つに結び、バスローブのような仕組みの服を着ている。藍色っぽい服もそいつの体も顔も髪も、水色の半透明で、足先は煙のように消えたりしている。
よくよく見れば、そいつは顔の横に角が生えていた。両側にそれぞれ一本ずつ、木の枝のような小さな角だ。何だこれ、と私は角からゆっくり顔に視線を移す。
見知らぬ異邦人の男性だった。精悍な顔つきに二十代半ばほどの面影、いくつかの傷をこさえ、何よりもその目つきに私は見覚えがある。
睨め付け、射殺すような目は、ただただ心配の色をしていた。
私はそいつのことを——呼んでみた。
「忠次?」
すると、そいつは嬉しそうに答えた。
「へェ、姐さん! あっしは姐さんに返しようのねェ恩義を賜りやした、一生ついていきやす!」
忠次のテンションが高いところ悪いが、私はこう思った。
——これどうしよう。本当にどうしよう。
隣を見ると、ベルは寝ぼけ眼で忠次を見て、首を傾げていた。だめだ、期待できない。
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