第20話 骨董品が繋いだ仲

 ジュレ太公リシャール。


 彼の長兄のレオポールは王位を約束された存在で、その敵とならぬように、と次兄のルーシュは生まれてから死ぬまでの十五年を病床で惨めに過ごした。そして、三男として生まれたリシャールは、呪いの言葉をかけられて育った。


「お前のようなチビが生きていられるのは、レオポール殿下がお優しいからだよ。お前が王位に就くことはない。お前のようなみっともなく、醜いやつは王族でもなければ生かされていなかっただろう。哀れだな、いつまでもお前は子どものようだ」


 大人になっても大して背の伸びなかったリシャールを嘲笑ったのは、リシャールの母である正妃と次兄ルーシュ以外の全員だ。王城でのリシャールはいつも悪意と嘲りの的にされ、長兄レオポールと将来の王を産んだ側妃を持ち上げるために使われてきた。


 そのいじめを長く耐えてきたリシャールだったが、ある日次兄ルーシュの主治医から明かされた事実によって、豹変する。


 次兄ルーシュの母は側妃の一人で、鉛中毒によってルーシュを産んですぐ亡くなった。ルーシュは母の鉛中毒の影響を受けて生まれてからずっと健康状態が思わしくなく、一度も自分の足で歩いたことさえなかった。


 だが、それは延々と仕組まれつづけた毒のためで——その確証は得られなかったものの、もはや自然に人体が摂取する量では到底なく、しかし主治医程度ではこの事実は握りつぶされてしまう。何よりルーシュが死ねば、次はリシャールだろうことは考えるまでもない。寝たきりの王子さえ殺そうとするのだ、多少醜くとも背が低かろうとも健康な王子がいるのなら、それも正妃の子なら、毒を盛りつづけた犯人は玉座に触れられまいと排除すべく企むだろう。


 ——そうはさせるものか。


 ルーシュの死の前に、リシャールはついに撃って出た。腐敗した貴族の粛清を先導し、父王と緊密に連携した。潰された貴族の家門が持つ土地財産は接収、一時的にリシャールが一元的に管理するよう仕向け、一代限りのジュレ太公という身分を得た。リシャールは父王へ向くはずだった抵抗の圧力を自らへと集め、貴族たちと激しく策謀をぶつけ合い、血も毒も区別なく飛び散る惨劇の中を生き抜いた。


 その結果が、国王レオポールとジュレ太公というプランタン王国の二大派閥の成立と相なった。貴族にとっては恐怖の象徴であるジュレ太公はプランタン王国の中にもう一つの国を持つかのごとく強大な権勢を維持し、少なくともレオポールかその部下のやらかした汚い手について追及こそしなかったものの下手人を多数処刑することで震え上がらせた。


 ルーシュ王子ならびにその母へ毒を盛った嫌疑がかけられた者を、王城の大臣からメイド、牢屋番、問屋の荷運び人夫まで処刑台に送り、鉛を輸入した実績のある商家をしらみ潰しに調査して合計六つの商会と三十の犯罪組織、鉛入りワインを取り扱ったとして十一のワイナリーと農園を徹底的に根絶した。


 リシャールは恨みを買った。当然、貴族からも市民からも、王族からも蔑視され、それでもなおリシャールを支持する者たちによって命を守られてきた。誰彼構わず会うこともできず、次兄ルーシュとその母が遺したいくつかの古いオルゴールを直すことだけが趣味となって孤独を深めていった。


 殊更矮躯で醜い顔のリシャールと結婚したがる令嬢などおらず、ましてやジュレ太公の身分は一代限り、リシャールが死ねば財産はすべて国庫へ納められる。つまり、親族が相続することはできない。財産目当ての人間すらも寄せ付けず、友もいないリシャールは、気付けばその年齢は六十に近くなっていた。


 もう父王もレオポールもおらず、現王は叔父のリシャールを怖がっているばかり。貴族たちも代替わりして、伝聞調で語られる伝説は知っていても、昔の凄惨な時代を思い出せなくなってきた。


 そんなリシャールがベルティーユと出会うには、とあるきっかけがあったのだ。


 リシャールはネージュ公爵夫人から珍しく手紙をもらって、パーティーに誘われた。「あなた骨董品はお好き? オルゴールもあるから見にいらっしゃいな」と。隣国ルトン王国王室から嫁いできたネージュ公爵夫人は、リシャールを怖がらない希少な存在だった。


 そのときは気が向いて、リシャールはふらりと指定されたブランモンターニュ伯爵家へと足を運んだ。八代前にプランタン王国へやってきた商人から始まったブランモンターニュ伯爵家は、貴族の道楽品ともいえる芸術品を中心に扱う商家で、大貴族の覚えもよく仕入れた品の内々のお披露目会を開いていた。そこへリシャールは誘われた、というわけだった。


 ほんの四、五人の大貴族たちが集まり——それでも力を合わせればこの国をひっくり返すには十分すぎる武力と権力を握っている——ブランモンターニュ伯爵と、小さな可憐な少女ベルティーユが一生懸命白磁の器を抱いている様子を笑顔で囲んでいた。


 普段はしかめ面か澄まし顔しかしない貴族たちも、ベルティーユの前ではまるで孫に甘い祖父母も同然で、猫可愛がりをしている。しかもベルティーユは商家の子だからか、売り込みがとても上手い。あとになって分かったのは、ベルティーユは骨董品アンティークが好きでその話題だけはよく喋れても、他のことはてんで口下手だということだ。そういう欠点もまた「可愛い」としてチヤホヤされていたものである。


 ネージュ公爵夫人も見たことのないような和やかな笑みを浮かべ、ベルティーユを膝に乗せていた。


「可愛いわねぇ。この子ったら自慢の品をたくさん見せてくれるものだから、私たちが欲しくなって買ってしまうと分かると泣きそうになって……でもまた今度屋敷に来たら見せてあげるから、と約束すると途端に笑顔になるのよ。そういうところ、子どもっぽくて可愛らしくて、ついいじわるしてしまうわ」


 ——お前のところの外孫は小憎たらしいことばかりしているからな。


 そう思っても、リシャールはネージュ公爵夫人に突っかかったりはしない。この場は政争の場ではない、骨董品を鑑賞して購入して……ベルティーユと仲良く遊ぶ場だ。そんな暗黙の了解が出来ていた。


 とはいえ、だ。


 このベルティーユとの出会いによって、リシャールは自分の欲しかったものを思い知ってしまった。


 なるべくならば意識しないように、と孤独を貫いてきた老人は、今更になって後悔したのだ。


 自分しか守れなかったがゆえに、家族も友も作ってこなかったことを。


 それらを持つ人間が羨ましいがゆえに、近づかなかったことを。


 今となってはもう遅く、しかし——ここに来れば同じ趣味の仲間と、ブランモンターニュ伯爵家令嬢ベルティーユが出迎えてくれる。



 このことは一切外には漏らさずに、リシャールはブランモンターニュ伯爵家主催のお披露目会を通じて他の大貴族やベルティーユと交友を持っていたわけだが、それを知っていればイヴェール侯爵家のエルワンやジーヴル子爵とて婚約破棄など企図しなかったことだろう。



 孫娘代わりの令嬢を自身の憤りによって回り回って傷つけてしまったことを悔いた老人は、今度は令嬢を全力で後押しすることを決めた。


 すなわち——『プランタン王国国王名代としての世界一周外交および通商使節団の設立』の奏上だ。

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