第4章 私の思いつくかぎり、もっと先へ

1, 策謀の円卓

第21話 助け合うことができるならば

 私とベル、忠次には、次の目的地へ向かう前に、ちゃんと話し合っておかなくてはならないことができていた。


 平らな石畳の道を進む馬車の中で、私はベル——の中にいる忠次へ呼びかける。


「忠次」

「へェ」


 瞬時に表へ出てきた忠次へ、私は疑問を投げかけた。


「実はあなたとベルが対話できているとか言わない?」

「さすがにそれはできやせんねェ。あくまである程度、記憶が共有されてるだけでさァ」

「そういうものなの?」

「たとえば、さっきの爺さんとの話し合い、あれはお嬢が気絶しそうになっちまってたんで、あっしがちょいちょい出て支えてたってェわけです」


 忠次のその言葉に、私は息を呑み、顔に出そうな罪悪感を何とか心の中へと押し留めた。


 ベルが、ジュレ太公との話の最中に気絶しそうになっていて、それを忠次が支えていた。そこまでベルの状態が悪かったとは、私はまったく気付いていなかったのだ。


 確かに、ベルは今まであまり公式の場や舞踏会などにも出ておらず、よその家に出向いて緊張感たっぷりの話し合いなんてやってこなかったはずだ。それを私は無理矢理連れてきて、慣れないことを強いていた——ベルはいつふらりと倒れてもおかしくなかったのだ。


 自分の配慮が足りなかったことを後悔しつつ、私は大きなため息を吐く。


「はあ、ベルには負担よね。これから大兄様とブランモンターニュ伯爵のおじ様との話し合いだから気を張って、って言いたいところだけれど」


 ベルにこれ以上無理強いするのはよくない。それに、ベル自身も耐えられると思っていないのか、俯いてこんな弱気なことを口にした。


「もしよければ、あとのことは忠次さんにお任せしても大丈夫かしら?」


 私は即座に首を横に振る。


「いえ、ダメよ。大兄様に用事があるのはあなただし、婚約が成立するかもしれないのならなおのことベルが直接会わないとダメ。人任せにしていいことじゃないわ」


 そればかりは酷なようだがベルに頑張ってもらわなくてはならない。何せ、自分の人生の未来を左右しかねない話をしに行くのだから、たとえ倒れてもベルが行かなくては後々まで悔やんでも悔やみきれないことになる。


 少しかわいそうだが、ベルは納得してくれた。


「そ、そうね、レティの言うとおりだわ……ごめんなさい」

「ううん、でもおじ様との話なら忠次に任せても大丈夫よ。私が何とかサポートしておくから」


 一つ肩の荷が降りたことに、ベルはホッと胸を撫で下ろしていた。その様子で、私は何となく察した。


 ——ベルは、これは……実は今にも逃げ出したくて、倒れたくてたまらないくらい、つらいのでは?


 その空気を察した忠次がサッと出てきて、ベルになり変わって話を続ける。


「姐さん、お聞きしたいことがありやす」

「何?」


 改まった忠次は、真剣そのものになっていた。


「お嬢が言う、外交使節ってェのは……もしかして、あっしの故郷に行くつもりで?」


 それはきっとベルの構想で、私はそれを否定しない。


「そうね、多分そうだわ。忠次の魂を小瓶に封印するような人がいたところになら、魂をどうにかする手立てがあるかもしれない。たとえ外法と呼ばれていようと、あなたが自由になるなら手を尽くす価値があるわ」


 忠次の魂を封印した人物に出会うことはできないとしても、その技術を継いだ人物は今もなお忠次の故郷の国にいるかもしれない、と考えるのは至極自然なことだ。封印ができるのなら、逆もまた然り、何かに忠次の魂を移し替えるか、あるいは忠次の体がまだあれば戻すこともできる、その可能性はゼロではない。


 私よりもベルは骨董品関連なら異国のことに詳しいし、何か耳にした話などもあるかもしれない。ただ闇雲に、何のアテもなく言い出したわけではない、と私は信じていた。


 とはいえ、忠次がそれに異を唱えることは、私もベルも分かっている。


「あっしのことなんざ、どうだってかまやしやせん。今更、人生をやり直すつもりもねェし、早くお嬢から出ていってやらねェとと思うばかりでさァ。だからその、姐さんもお嬢も、あっしのことは考えなくたっていいでしょうに、どうしてそこまでなさって」


 私の口から、本日二度目のため息が出た。


 人間、言わなきゃ分からないことも多々ある。ベルが口にしないことなら、私が伝えるしかない。


「あのね、忠次。ベルはあなたを助けるって目的があるから、今の状況に耐えられているのよ」

「というと?」

「婚約破棄、ベルは相当ショックだったと思うわ」


 まさに鳩が豆鉄砲を喰らったような顔——貴族令嬢にあるまじき驚きの表情を浮かべた忠次は、どうにも理解できていないようだった。


 それは仕方がない、貴族同士で結んだ婚約を破棄する重さは貴族にしか分からないし、ましてや忠次はベルではなく、元は貴族令嬢でもなく、深窓の令嬢でもない。


 隠していたベルの気持ちを代弁するようで気が引けるが、私は意を決してそれを言葉にする。


「自分が必要とされていない、ってことを突きつけられるのはつらいわ。それも、ベルは婚約者としてエルワンに尽くすつもりがあったから、なおさらつらかったはずよ。口にしないだけで、心の中ではとても自分を責めていたのかもしれないわ」

「それは、あっしが余計なことを」

「違うのよ」


 親友としての贔屓目を除いても、ベルは真っ直ぐで、純粋なところがある。変に世間ズレしておらず、誰かと喧嘩したこともなく、主張の違いを飲み込むことはあっても戦わせることなどしたことはないだろう。


 だから、本来ベルはエルワンの婚約破棄に抵抗することなんてできなかった。エルワンもそれが分かっていただろうからあんな暴挙に出て認められると踏んでいたのだろうし、ベルが倒れでもしてくれればいちゃもんをつけてやると企んでいたのかもしれない。そのくらいで倒れる程度の娘に貴族の妻は務まらない、などと分かったようなことを言って。


 自分の力不足のせいだ、努力が足りなかったからだ。そんなふうに内省的に抱え込むであろうベルは——一歩間違えれば、思い詰めてしまっていただろう。


 そんなとき、忠次がエルワンへ啖呵を切って小気味よくあの場を収めてくれたことが、どれほどベルにとって救いとなっていたか。 


「むしろ、忠次のおかげよ。あれでよかったと思う。それでもね、ベルは大人しくて、気弱なところがあるから……私みたいに打たれ強い人間じゃない。本当ならもっとゆっくり静養させてあげなくちゃいけないくらいだわ」


 ——でも、それは許されない。


 なぜなら、私たちは貴族だから。家の名誉にかけて負けてはいけないのだ。


 私はベルのためを思って行動している、しかしベルにとっては不本意で、泣きたくなるようなことかもしれない。


 そこに、ある程度自分の代わりに動いてくれる忠次がいてくれたおかげで、ベルは本来の負担をだいぶ軽減できていると思うのだ。


「そういうわけだから、あなたを助けるっていう目的へ邁進して、集中することができれば、気が紛れるでしょう? ベルを助けると思って、助けられてくれない?」


 ちょっと我ながら強引な気もするが、ベルは忠次を助ける、忠次はベルを助ける、お互いWIN-WINな関係が今構築されているのなら、今しばらくはそれを続けてほしいのが私の本音だ。


 幸い、その勝手な道理を、忠次はすぐに飲み込んでくれた。


「分かりやした。そういうことなら、あっしはこれ以上言いやせん。すべて姐さんとお嬢にお任せしやす」

「ありがとう。あなたにだって都合はあるのに、私たちの都合に付き合ってくれて」

「何の、もしあっしが体を得られたら、お二人に返しようのない恩ができることになりやす。その際にはしっかり! 一生かけて恩返しをさせていただきたく!」

「あ、うん、まあ、それはそのとき考えましょ。状況がどうなるか分からないから」


 どうどうと忠次をなだめて、私たちは次の目的地へと向かう。


 ジュレ太公が先に連絡を入れてくれたおかげで、私たちはそのまま馬車を乗り入れることのできる——本当は許されないそこへと、馬車を乗り付ける。


 王城近衛兵隊駐在地ならびにプランタン王国軍務長官邸。貴族といえど滅多に近寄ることは許されないそこには、大兄様が呼び出されているはずだ。


 車寄せには大兄様が率いる第一竜騎兵大隊の旗が掲げられ、私たちはマスケット銃を携えたずらりと並ぶ屈強な兵士たちに出迎えられた。

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