第17話 親友のために、誰かのために

 私は小兄様の部屋が開かず、侵入を断念して図書室に戻ったところ、ベルとさっき会ったばかりの見知らぬ青年が待っていた。


「姐さん、お願いがありやす!」


 ——あ、ベルではないのね。忠次だわ、これ。


 忠次にそう言われては、とりあえず話を聞くしかない。私は見知らぬ青年マントとともに図書室の椅子を三つ引っ張ってきて、『お願い』を聞くことにした。


 結論から言えば——ジーヴル子爵がベルの婚約破棄事件から誘拐未遂事件までの黒幕だということが分かり、ついでにマントは誘拐未遂事件実行犯で、ジーヴル子爵に反旗を翻して自首してきたそうだ。急展開にもほどがある、私がため息を吐く暇もなく忠次に「どうしやすか、姐さん!」と問われればこう返すくらい、私は頭が冴えていた。


「ほどよく焼いた女性の死体を用意しなさい。顔や体型が分からないくらい炭化しているものがいいわ」


 忠次とマントの顔が一瞬強張って、それから忠次は「あァ、なるほど」と得心がいったようだった。マントは衝撃的すぎたのか、怖い顔をしたままつぶやいていた。


「死体を……焼く……」


 だいぶ端折ってしまったが、要するにこういうことだ。


 ジーヴル子爵家令嬢ウジェニーことシャリアを救出する。そうしてジーヴル子爵家屋敷に火を放ち、ウジェニーは焼死したことにするのだ。死んだ者を婚姻の道具として利用はできない、そこまですれば安心だ、という旨を私は説明したが、マントの顔の強張りの理由はそこではないと気付いていた。


「言いたいことは分かるわ。教会は基本土葬、死体を焼くと復活の日に体がないことになる。でも、これしかないのよ」

「いえ、おっしゃる意図は分かります。承知しました、やってみましょう」


 青い顔をしながらも、マントは引き受けてくれた。


「お願いね。さすがにこればかりは私たちではできないし、汚れ仕事ばかり任せることになってしまうけど」

「そんなことはありません。侯爵家や伯爵家のご令嬢が、俺やシャリアなんかのために力を貸してくださるなんて……」

「まあ、それはなりゆきというか、あなたたちを助ければこちらが得するという話だから、恩義を感じたりしなくていいわ。あなたにも大変なことを強いるわけだし」


 そう、この話は、私やベルにも得がある話なのだ。ジーヴル子爵家令嬢ウジェニーがいなくなれば、少なくともその名前でその身分の女性がいなくなったのなら、物事はスパッと片付く。もしウジェニーがそれを望んでいなかったら私もやろうとは思わなかったが、ジーヴル子爵家に嫌気が差しているようならちょうどいい。


 相談した手前解決方法が見つかって嬉しいのか、忠次は私を褒める。


「しかし、よく思いつくもんだ。さすが姐さん!」

「やめてよもー! 私だってもっとマシな方法を思いつけるくらい頭がよかったらって思っているんだから!」


 ——焼死体を用意する、なんて残酷で手間のかかる方法はマントだってドン引きしているわけだし。


 しかし、忠次はそこに抵抗感はないようで——多分宗教が違うからだろう——それよりももっと全体の話の収束について上手く話をまとめてくれた。


「いやァ、これ以上の案はないでしょうよ。じーゔる子爵の悪巧みは崩れ、豚面坊っちゃんは婚約者を亡くし、まんとは惚れた女を取り返せる。三方丸く収まるじゃァないですか」


 全然丸くはないが、そういうことにしておいたほうがよさそうだ。


 それから、もう一つだけやっておかなくてはならない大きな案件がある。私はマントへ、それについて協力を打診してみた。


「あとは……そうね、マントにお願いがあるんだけれど」

「俺にできることなら何なりと」

「国外脱出の手筈を整えるから、一緒にブランモンターニュ伯爵家へ行ってほしいの。やっぱり、マントとそのお仲間、それとウジェニーをこれからも無事に生活させるのなら、プランタン王国から出たほうがいいわ。となると、うちよりも商家のブランモンターニュ伯爵家を頼ったほうが確実。おじ様には私から話すし、それから」


 チラリ、と私は忠次を見た。もう忠次はだいぶベルのフリが上手くなって、言われなければベルティーユ・ブランモンターニュそのものなのだが、私は何となく今は忠次だなと判別できる。


 いつのまにか、少なくとも今朝まではベルだったはずなのに、中身が忠次になっているということは、ひょっとするとかもしれない。


「忠次、ベルに替わることはできる?」

「やってみやす」


 快諾した忠次は、両目を閉じた。すう、と息を静かに吸って、止めて——吐き出したころ、ベルの瞼がゆっくりと開く。


 雰囲気が変わったことに気付いた私は、試しに質問してみる。


「ベル? お屋敷のあなたの部屋の扉の色は何色?」

「し、白色」


 ——うん、よし、今はちゃんとベルだ。


 私はベルの両肩を持って、真剣に説得する。


「よし、ベルね。ベル、大兄様と相談次第になるけれど、あなたもこの国から出なさい」


 ベルとマントは当然ながら驚いていた。しかし、ベルは何となくその可能性も考えていたのか、小声で「そっか」と言って俯いた。


 私は、その決断に至った理由を説明する。


「マントたちを安住の地へ連れていって、忠次の魂を何とかする方法を見つける。これはもう、この国にいてはできないことばかりだわ。それに、あなたは婚約者を亡くしたエルワンに同情しかねないし」

「……うん、そうかもしれないわ」

「これから私はまず大兄様を捕まえて相談して、それからブランモンターニュ伯爵家へ行く予定よ。あなたも同席できれば、お願い」


 本当なら、プランタン王国ですべての解決策を見つけて、実行できれば最善だった。


 でも、できそうにないのだ。教会のフロコン大司教様さえ忠次の魂を救う手立てを持っておらず、本を読んだところでもしその方法があったとしても見つけるまで年単位で時間がかかってしまうだろう。それまでベルと忠次の魂が混ざらない、どちらかあるいは両方が消えない、人格や記憶が保たれる保証はどこにもない。


 さらにブランモンターニュ伯爵家の名誉を守り、かつベルと忠次を守る。そのためには、何かと敵の多いプランタン王国の社交界から離れたほうが都合がいい。ただし、それはあくまでベルの意思を無視した話だ。


 箱入り娘のベルを、いきなり国外へ連れていく。そんな話、誰だって気が進まない。私だってそうだ。


 だから、私は——ベルを一人で追い出すなんてことはしない。


「もちろん、私もベルと行くわ」


 目をまんまるくして、ベルが驚きというよりも、ひどく戸惑っていた。


「え? レティも? ど、どうして?」

「ベルを一人で……ああえっと、ベルと忠次だけに全部背負わせて、国を出ていかせるなんておかしいでしょう? 乗りかかった船よ。それに、もし大兄様がベルについていくとなったら、私も一緒に行ったってかまわないはず」

「待って、レティにそこまでさせたくない。あなたはだって、ヴェルグラ侯爵家の」


 すっと私はベルの口に人差し指を立てて、それ以上の言葉を口にさせない。


 ベルはそう言うだろうと、私はよく知っていた。おとなしく、人見知りをして、ふんわりしていて、箱入り娘で、たとえできることがわずかであっても自分にできることをやろうとする子。


 ——それが、私の親友なのだ。私はその親友を助けたいし、そのためならば利用できるものを片っ端から利用してやる。国も、家門も、婚約もお金も身分も、そんなものはベルのために使ってしまえるんだ。


 私は、精一杯胸を張る。


「私は、ベルティーユ・ヴィクトル・アンリエット・マルゴー・ド・ラ・ブランモンターニュの親友、レティシア・ヴェルグラよ。親友のためなら何だって巻き込んで、まんまとやりおおせてやるんだから」


 ここから、私の一世一代の大仕事が始まる。


 まずは、大兄様を捕まえるのだ。

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