第4話 カチコミだめ、ぜったい

 ベルに忠次の魂が乗り移ってから三日後の夜、すなわち舞踏会の日。


 話は戻るが、私は舞踏会で婚約破棄という暴挙に出たイヴェール侯爵家のエルワンにこれでもかと啖呵を切ったベルこと忠次を引っ捕まえ、皆があんぐりと口を開けて呆けている間にホールから飛び出し、帰りの馬車に乗り込んだ。


 私は従者のエメリアに「ブランモンターニュ伯爵家へ、ベルはヴェルグラ侯爵家で落ち着かせるから心配しないでほしいと伝えて。また連絡するとも言っておくように!」と命じ、御者にさっさと舞踏会の会場から離れさせた。


 私の意を汲んでスピードを出す馬車は揺れるが、それどころではない。ゼエゼエと肩で息をして、ベルの体を馬車のソファに押し付けながら、私は雑念を振り払い、これからすべきことを口にする。


「どうしましょう、ああもう……とりあえず、うちの屋敷で作戦会議よ! 今後について計画を練り直さなくちゃ!」


 それを聞いた忠次の顔は不満げだ。


「どうしてですかィ? エルワンあいつにトドメを刺しにカチコミやしょうぜ」


 血気盛んに仕返しを望む忠次へ、私はそもそもの守らねばならない一線を認識させる。


「決まっているでしょう! ベルのご両親に心配をかけないためよ!」


 ああなるほど、と忠次はちょっとしゅんとした。自分が誰の体に乗り移っているかを思い出したようだ。


「しかし、お嬢の親御さんは商売でお忙しいでしょう。しばらくはやりすごせるかと」

「そうね、今日の噂が聞こえないかぎりはね! それでも、いずれは逃げ切れなくなるわ!」


 私は何か間違ったことを言っているだろうか? お世話になっているブランモンターニュ伯爵夫妻のため、そして友人ベルティーユのため、ここは忠次を隠し通さなくてはならない。嫁入り前の娘の体に、どこの馬の骨とも知れぬ男の魂が入り込んでいるなどと知られれば、下手すれば教会から悪魔祓い師エクソシストを連れてきて大ごとになる。忠次がどれほど物分かりがよくとも、だ。


 そして、そんな前歴を持つ貴族令嬢を、社交界は色眼鏡で見ないわけがない。悪魔憑きの娘だなどと言われれば、ベルの将来に大きく影響してしまう。商売敵の多いブランモンターニュ伯爵家は、評判を落とそうと躍起になる敵などごまんといる。


 そんなこと、ベルのためにも許してはならない。エルワンの婚約破棄についてはもうどうしようもないけれど、他で挽回しなくては。


「とにかくベルは悪くない。婚約破棄の件もつつがなく進むようにして、あとは次の婚約者を探して、そんなふうに物事を進めたいの。分かる?」

「へェ、あっしはその世界のこたァ分かりやせん。姐さんの言うとおりに」

「よし。じゃあ、エルワンが突然婚約破棄しようとしたからベルは人格が変わるほど怒った、ってことにしましょう。うんそうよ、それがいいわ。そしてベルは傷心中に次の婚約者を見つけてくる。うちのアレクサンデル大兄様にしましょう、まだ結婚していないしちょうどいいわ」


 我がヴェルグラ侯爵家次期当主たる長兄のアレクサンデルは、女性が苦手な軍人であるものだから二十七にもなって未だに結婚できていない。婚約者を決めようと父が張り切るたび、慌てて戦争に出かけるものだからどうにもならない。


 それならまあ、ベルを一時預ける分には安心だ。基本的に誠実な性格だし、可哀想な境遇のベルを手籠にしたりせず、大事に扱ってくれるだろう。


 しかし、私のこの妙案に忠次は反対した。


「ちっと待ってくだせェ、姐さん。お嬢の気持ちも確認せずに婚儀を進めるってぇのはいただけねェ!」


 ——姐さんの言うとおりにって言ったのに前言撤回早いわね、忠次。


 私はため息を堪え、ベルの保護者面が板についてきた鼻息荒い忠次を説得する。


「あなたがまず、うちの大兄様を品定めすればいいでしょう? それでもしよければ、ベルが起きたら事情を話して、大兄様なら大丈夫だって証明すればいいのよ」


 貴族令嬢らしからぬ粗野なしかめ面をしていた忠次は、首を傾げてしばし考えたのち、それがベルのためになると判断したようだった。


「よし、やってやりやしょう!」

「うん、頑張って。ダメなら大至急、他を探すわ」


 揺れる馬車で、やる気満々の勇ましい顔をしたベル——忠次は、どこかベルのようにも見えて、やっぱりベルではない別人なのだと私は思った。


 大人しく、淑やかで、のんびりほんわかした少女。それがベルだと私は知っているから、忠次の見せるベルの顔はとても新鮮だ。


 ベルもこのくらい天真爛漫に、元気よくなればいいのに。ちょっとだけ、私は友人としてそう思わずにはいられない。


 ただ、淑女が足を組むことだけはダメなので、私は急いでベルの右足を掴んで下ろさせた。

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