エピローグ

 目の前いっぱいに広がる、紅い光。


 暑い……まぶしい……の……朝……昼?




 目を開けると、カーテンの隙間から差し込むぎらぎらとした日光が目に飛び込んでくる。


 顔をずらして光を避けて、定まらない視線で壁掛け時計を探し当てる。


 でも、時計の針がぼやけていて今の時刻がわからない。


 自然にあくびが口から溢れ出て、無意識に目を擦りながら枕元にあるメガネを探し求める。




 メガネを掛けると時計の針が定まり、上を向いていることがわかる。


 いつものようにお父さんとお母さんはお仕事で出かけていて、たぶんここにはいない。


 1階に降りればお母さんが作ってくれたご飯が置いてあると思う。




 おなかはぐーぐーと音を立て、みづきに何か食べてほしいとお願いをしている。


 だけど……ごめんなさい。


 そんなおなかさんにはわるいけど、みづきは何も食べたくないの。


 だって、一緒にご飯を食べてくれる人が誰もいないから。




 前はそんなことは平気だったのに。


 一人旅……じゃなかったけど……をしてから、みづきはむしろ弱い子になってしまったような気がする。




 あれからタクシーのおじさんに助けられて、そのまま一緒に病院に行った。




 お父さんお母さんが呼び出されて、この4日間でなにが起きたのか――海岸でのあれこれはなかったことにして――を報告しなければいけなかった。


 凜霞ちゃんのお父さんは、やっぱり姿を見せなかった。


 もしかしたら……というか間違いなく、顔を見せるつもりはまったくないのかもしれない。




 あれから亜紀さんと蛍さんには連絡を取り合った。


 亜紀さんに連れられて次の日とその次の日に病院を訪れてみたものの、受付のお姉さんに面会を断られてしまい、まだ凜霞ちゃんには一度も出会えていない。


 もし1週間しても面会できなかったら、蛍さんにも手伝ってもらって夜にこっそり忍び込んでやろう、と亜紀さんと一緒に企んでいる。


 そう、みづきは皆が思っているよりも、ずっと、ずーっと悪い子なのだから。




 私は旅をして大人になったのかな。


 なんとなく、むしろ子供に戻ってしまったような気がする。




 孤独な時間。




 昼もだけど……特に夜。


 凜霞ちゃんが独りで寂しがって、病院のベッドで泣いたりしてはいないかと思うとなかなか眠りにつけない。


 そんな時には無意識にスマートフォンを手に取る。


 指でなぞって、くらげわーるどで撮った写真を再生する。


 そこには驚いて慌てている凜霞とかしこまって固まった表情の凜霞が残されている。


 もう何度見直したかわからないけれど、この写真を見直せばあの出来事は夢じゃなかったんだと実感できて安心する。


 みづきには凜霞ちゃんが必要で、凜霞ちゃんもきっと同じ、だと思う。だから――




 玄関のポストからカタン、と小さな物音がして、窓の外からバイクがエンジンを鳴らして走り去っていった音がする。




 何か来たのかな?




 階段を降りて玄関を見てみると……一枚の葉書が落ちていた。


 手に取ってみると宛先はみづきで、送り主は……『鈴羽凜霞』と書いてあった。


 そうか、面会できなくても手紙なら届くんだ!


 さすが凜霞ちゃん。私達と違って頭がいいな。


 みづきも早速くらげわーるどの記念写真を送って、そして毎日何かを書いてみよう。




 凜霞ちゃんが、手紙を出せるくらいに元気があるのなら大丈夫。


 いつかまた、元気になった凜霞ちゃんと会えるはず。




 それならみづきは、みづきにしかできないことをやってみよう。




 お父さんとお母さんにお願いをするの。


 うまくいくかどうかわからないけど。


 何度も呆れられたり怒られたりするとは思うけど。




 でも、絶対に負けない!




 みづきはもう、子どもじゃないんだから。


 弱い子のままじゃ、いけないんだから。




 だからご飯をしっかり食べて、お父さん、お母さんの帰りを待とう。


 毎日、うんというまでお願いを止めないから。




『凜霞ちゃんっていう素敵な女の子を、みづきの妹にしたい』




 って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オトナになれないみづきと凜霞の4日間逃亡生活 らんでる @randel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ